16 / 44
第二章(4)
「やぁ、お疲れ様」
円になって集まる後輩たちに、アーヴィンは片手をあげて陽気に声をかけた。
「アーヴィン先輩、イレーヌ先輩も……」
今まで泣きそうなくらい不安げな顔をしていた現生徒会長のマティウスが、アーヴィンの姿を見たとたん、その表情をぱっと輝かせる。
「君たち、今日は俺のために朝早くから準備をしてくれてありがとう」
「あなたのためじゃないわよ。卒業生みんなのために彼らは頑張ったの」
私がいつものように突っ込めば、後輩たちもクスクスと笑い出す。
「アーヴィン先輩たちと今日でお別れだと思うと……寂しいです」
マティウスの言葉に、他のメンバーもしゅんとし始めた。
「そう思うなら、今日というこの日を、俺にとって一生忘れられないような日にしてほしい。君たちならそれができるだろう?」
まるで煽るような言い方に、彼らも互いに顔を見合わせ戸惑っている。
「あなたたちなら、大丈夫。絶対にできる。去年もそう言って、やりきったでしょう?」
一年前、卒業パーティーを取り仕切る側だった私の姿をマティウスたちも知っている。なによりも一緒に成し遂げたのだから。
「ありがとうございます、アーヴィン先輩。イレーヌ先輩」
いつものマティウスの姿に私も安心した。
「そろそろ始まるわね。私たちは、向こうで待っているわ」
彼らに言葉を告げ、その場を離れようとすれば、ちゃっかりアーヴィンもついてくる。
「どうしたの? あなたも友達のところへ行けば?」
「だから友達のところに来ているだろう?」
そんなやさしい声をかけられたら、また勘違いしそうになってしまう。
「それともイレーヌは、婚約者と一緒のほうがよかった?」
「……意地悪ね」
シオドアと婚約したといってもただそれだけのことで、そこから二人の関係が一気に進んだとか、そのような事実は一切ない。そもそもクラスも違うから、学園では一緒にいる機会すらないのだ。
「でも、後で挨拶に行くわ」
行きたくないけれど。
と心の声がつい漏れそうになって、ぐっと堪えた。
婚約してもシオドアとの関係は相変わらずである。彼は私の顔を見るたびに「魔女」だと言ってくるし、特別な用事がなければ顔を合わせる機会もない。いや、同じ学園に通っているから、シオドアが何かを思い出したときに私に嫌みを言いにくるくらい。
変化のない幼稚な言動に閉口してしまうが、二年後には結婚する相手なのだからとできるだけ寄り添おうという努力はしていた。
しかし彼には他に恋人がいるという噂もある。それについて追求する気はさらさらないが、結婚するまでには心を入れ替えてくれるのを願うしかない。
「イレーヌさん」
声をかけられ、はっとしたが、すぐに笑顔を作る。パーティーが始まるまでに、私はたくさんの級友に声をかけられ、懐かしい学園生活を思い出していた。
時間になれば楽団の軽快な音楽が流れ、マティウスの開会宣言と共にパーティーが始まった。
食べて飲んで喋って、卒業生も在校生もそして先生たちも一緒に楽しいひとときを過ごす。
「……では、ダンスの時間です。まずは前生徒会長と書記のお二人に踊っていただきたいと思います」
飲み物片手に歓談に耽っていた私は、思わず噴き出しそうになった。
「大丈夫かい? イレーヌ」
アーヴィンが心配そうな表情を浮かべながらも、口の端には笑みを浮かべている。
「ちょっ……聞いてないわよ」
「うん、言ってないからね」
反論する暇もなく、彼は私の手を取って広間の中央へと連れていく。
「ほら、みなも期待のまなざしを向けているだろう? 演技だよ。せっかくのパーティーなんだから、見世物になるのも悪くはない」
抗議の意味も含めてマティウスたちに顔を向ければ、彼らはパチパチと拍手をし始める。これでは踊らないという選択肢はあり得ないだろう。
「もう、強引なんだから」
この様子を見れば、マティウスも共犯者だ。いや、マティウスだけではなく、現生徒会役員全員。
アーヴィンの言うように、ここは見世物役に徹底しよう。
明るくしっとりとした旋律が流れ、私はスカートの裾をつまんでアーヴィンに向かって礼をする。彼が差し出す手を取ると力強く抱き寄せられ、ゆっくりステップを踏み始めた。
「さすが成績トップはダンスも一流だ」
「あなたもね」
こんな何気ないやりとりが好きだった。軽口を叩き、冗談を言い合い、たまには叱責しあって励まし合う。
心が折れそうになったとき、彼の存在が支えになった過去は何度もある。今だけは音楽に酔いしれ、彼との時間を堪能したい。
音楽は盛り上がり、ダンスも終盤にさしかかった。
「イレーヌ。君と共に過ごした時間。俺は忘れないよ?」
「えぇ……私も。あなたは良き友で良きライバルだった」
「そうか……」
音楽が止み、私たちは二人で手を繋いで深々と頭を下げた。いつもより長めに頭を下げたのは、こぼれそうになる涙を堪えていたからだ。
「……イレーヌ」
アーヴィンの声に無理やり笑顔を作ってから顔を上げた。
そして彼がこの国から出ていったと聞いたのは、卒業式を終えてから十日ほど過ぎたとき。
知見を深めるために近隣諸国を見て回るらしい。国王陛下の右腕となって、国政を担っていくために――。
円になって集まる後輩たちに、アーヴィンは片手をあげて陽気に声をかけた。
「アーヴィン先輩、イレーヌ先輩も……」
今まで泣きそうなくらい不安げな顔をしていた現生徒会長のマティウスが、アーヴィンの姿を見たとたん、その表情をぱっと輝かせる。
「君たち、今日は俺のために朝早くから準備をしてくれてありがとう」
「あなたのためじゃないわよ。卒業生みんなのために彼らは頑張ったの」
私がいつものように突っ込めば、後輩たちもクスクスと笑い出す。
「アーヴィン先輩たちと今日でお別れだと思うと……寂しいです」
マティウスの言葉に、他のメンバーもしゅんとし始めた。
「そう思うなら、今日というこの日を、俺にとって一生忘れられないような日にしてほしい。君たちならそれができるだろう?」
まるで煽るような言い方に、彼らも互いに顔を見合わせ戸惑っている。
「あなたたちなら、大丈夫。絶対にできる。去年もそう言って、やりきったでしょう?」
一年前、卒業パーティーを取り仕切る側だった私の姿をマティウスたちも知っている。なによりも一緒に成し遂げたのだから。
「ありがとうございます、アーヴィン先輩。イレーヌ先輩」
いつものマティウスの姿に私も安心した。
「そろそろ始まるわね。私たちは、向こうで待っているわ」
彼らに言葉を告げ、その場を離れようとすれば、ちゃっかりアーヴィンもついてくる。
「どうしたの? あなたも友達のところへ行けば?」
「だから友達のところに来ているだろう?」
そんなやさしい声をかけられたら、また勘違いしそうになってしまう。
「それともイレーヌは、婚約者と一緒のほうがよかった?」
「……意地悪ね」
シオドアと婚約したといってもただそれだけのことで、そこから二人の関係が一気に進んだとか、そのような事実は一切ない。そもそもクラスも違うから、学園では一緒にいる機会すらないのだ。
「でも、後で挨拶に行くわ」
行きたくないけれど。
と心の声がつい漏れそうになって、ぐっと堪えた。
婚約してもシオドアとの関係は相変わらずである。彼は私の顔を見るたびに「魔女」だと言ってくるし、特別な用事がなければ顔を合わせる機会もない。いや、同じ学園に通っているから、シオドアが何かを思い出したときに私に嫌みを言いにくるくらい。
変化のない幼稚な言動に閉口してしまうが、二年後には結婚する相手なのだからとできるだけ寄り添おうという努力はしていた。
しかし彼には他に恋人がいるという噂もある。それについて追求する気はさらさらないが、結婚するまでには心を入れ替えてくれるのを願うしかない。
「イレーヌさん」
声をかけられ、はっとしたが、すぐに笑顔を作る。パーティーが始まるまでに、私はたくさんの級友に声をかけられ、懐かしい学園生活を思い出していた。
時間になれば楽団の軽快な音楽が流れ、マティウスの開会宣言と共にパーティーが始まった。
食べて飲んで喋って、卒業生も在校生もそして先生たちも一緒に楽しいひとときを過ごす。
「……では、ダンスの時間です。まずは前生徒会長と書記のお二人に踊っていただきたいと思います」
飲み物片手に歓談に耽っていた私は、思わず噴き出しそうになった。
「大丈夫かい? イレーヌ」
アーヴィンが心配そうな表情を浮かべながらも、口の端には笑みを浮かべている。
「ちょっ……聞いてないわよ」
「うん、言ってないからね」
反論する暇もなく、彼は私の手を取って広間の中央へと連れていく。
「ほら、みなも期待のまなざしを向けているだろう? 演技だよ。せっかくのパーティーなんだから、見世物になるのも悪くはない」
抗議の意味も含めてマティウスたちに顔を向ければ、彼らはパチパチと拍手をし始める。これでは踊らないという選択肢はあり得ないだろう。
「もう、強引なんだから」
この様子を見れば、マティウスも共犯者だ。いや、マティウスだけではなく、現生徒会役員全員。
アーヴィンの言うように、ここは見世物役に徹底しよう。
明るくしっとりとした旋律が流れ、私はスカートの裾をつまんでアーヴィンに向かって礼をする。彼が差し出す手を取ると力強く抱き寄せられ、ゆっくりステップを踏み始めた。
「さすが成績トップはダンスも一流だ」
「あなたもね」
こんな何気ないやりとりが好きだった。軽口を叩き、冗談を言い合い、たまには叱責しあって励まし合う。
心が折れそうになったとき、彼の存在が支えになった過去は何度もある。今だけは音楽に酔いしれ、彼との時間を堪能したい。
音楽は盛り上がり、ダンスも終盤にさしかかった。
「イレーヌ。君と共に過ごした時間。俺は忘れないよ?」
「えぇ……私も。あなたは良き友で良きライバルだった」
「そうか……」
音楽が止み、私たちは二人で手を繋いで深々と頭を下げた。いつもより長めに頭を下げたのは、こぼれそうになる涙を堪えていたからだ。
「……イレーヌ」
アーヴィンの声に無理やり笑顔を作ってから顔を上げた。
そして彼がこの国から出ていったと聞いたのは、卒業式を終えてから十日ほど過ぎたとき。
知見を深めるために近隣諸国を見て回るらしい。国王陛下の右腕となって、国政を担っていくために――。
あなたにおすすめの小説
三度裏切られた私が、四度目で「離婚」を選ぶまで
狛犬
恋愛
三度、夫に裏切られた。
一度目は信じた。
二度目は耐えた。
三度目は――すべてを失った。
そして私は、屋上から身を投げた。
……はずだった。
目を覚ますと、そこは過去。
すべてが壊れる前の、まだ何も起きていない時間。
――四度目の人生。
これまでの三度、私は同じ選択を繰り返し、
同じように裏切られ、すべてを失ってきた。
だから今度は、もう決めている。
「もう、陸翔はいらない」
愛していた。
けれど、もう疲れた。
今度こそ――
自分を守るために、家族を守るために、
私は、自分から手を放す。
これは、三度裏切られた女が、
四度目の人生で「選び直す」物語。
「仲睦まじい夫婦」であるはずのわたしの夫は、わたしの葬儀で本性をあらわした
ぽんた
恋愛
サヤ・ラドフォード侯爵夫人が死んだ。その葬儀で、マッケイン王国でも「仲睦まじい夫婦」であるはずの彼女の夫が、妻を冒涜した。その聞くに堪えない本音。そんな夫の横には、夫が従妹だというレディが寄り添っている。サヤ・ラドフォードの棺の前で、夫とその従妹はサヤを断罪する。サヤは、ほんとうに彼らがいうような悪女だったのか?
※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。
結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です
柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。
そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。
真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。
けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。
「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」
彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。
アンリは実は、亡き国王の婚外子。
皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。
あなたの隣に私は必要ですか?
らんか
恋愛
政略結婚にて、3年前より婚約し、学園卒業と共に嫁ぐ予定であったアリーシア。
しかし、諸事情により結婚式は延期され、次の結婚式の日取りさえなかなか決められない状況であった。
そんなアリーシアの婚約者ルートヴィッヒは、護衛対象である第三王女ミーアの傍を片時も離れようとしない。
月1回の婚約者同士のお茶会もすぐに切り上げてしまい、夜会へのエスコートすらしてもらった事がない。
そんな状況で、アリーシアは思う。
私はあなたの隣に必要でしょうか? あなたが求めているのは別の人ではないのでしょうかと。
* 短編です。4/4に完結します。
ご感想欄は都合により、閉じさせて頂きます。
理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました
ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。
このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。
そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。
ーーーー
若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。
作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。
完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。
第一章 無計画な婚約破棄
第二章 無計画な白い結婚
第三章 無計画な告白
第四章 無計画なプロポーズ
第五章 無計画な真実の愛
エピローグ
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
【完結】私に可愛げが無くなったから、離縁して使用人として雇いたい? 王妃修行で自立した私は離縁だけさせてもらいます。
西東友一
恋愛
私も始めは世間知らずの無垢な少女でした。
それをレオナード王子は可愛いと言って大層可愛がってくださいました。
大した家柄でもない貴族の私を娶っていただいた時には天にも昇る想いでした。
だから、貴方様をお慕いしていた私は王妃としてこの国をよくしようと礼儀作法から始まり、国政に関わることまで勉強し、全てを把握するよう努めてまいりました。それも、貴方様と私の未来のため。
・・・なのに。
貴方様は、愛人と床を一緒にするようになりました。
貴方様に理由を聞いたら、「可愛げが無くなったのが悪い」ですって?
愛がない結婚生活などいりませんので、離縁させていただきます。
そう、申し上げたら貴方様は―――
【完結】旦那様、わたくし家出します。
さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。
溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。
名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。
名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。
登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*)
第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中