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第一章:お仕事募集中です(6)
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丈の長い濃紺のテイルコートは襟が立っているし、中のシャツの前立てにもレースがついていて、見るからに文官である。アイビーグリーンの目は、鋭く周囲を威嚇し、銀縁眼鏡が彼をより冷たい印象に仕立て上げる。
「宰相閣下……こちらの不審者を追い払おうとしていたところです」
とうとうイリヤは不審者扱いとなってしまった。
「……不審者? オレには淑女のようにしか見えないが。それとも、物売りの商人か?」
まるで騎士の対応が不当であったかの言いようである。となれば、イリヤの味方と考えてもいいのだろうか。
「いえ。身分を偽って王城に入り込もうとしている娼婦です」
娼婦と言われ、イリヤの心に反抗心が燃え始めた。折れかかった気持ちは、奮い立つ。
それに、柄の悪い騎士は、この男を宰相閣下と呼んだ。となれば、この男に話を通すのが手っ取り早いのでは。
「違います。ケノン職業紹介所の求人票を見てきたんです」
ひくっと黒髪の男はこめかみを震わせた。
「それなのに、この方たちが私を娼婦扱いするのです。紹介状もあります」
イリヤは突っ返された紹介状と求人票を、黒髪の男に押しつける。
「……お前。この求人票を見て、ここに来たのだな?」
「そうです。さっきからそう言っているのに、この方たちが全然信じてくれないのです」
「この求人票……なんて書いてある?」
もしかして、この宰相閣下も字が読めないのだろうか。
「先ほども同じことをこちらの騎士様にも聞かれましたが。もしかして、みなさん。目が悪いのですか?『求む! 家庭教師。子どもの相手が得意な方。性別年齢国籍問わず。住み込み可。詳細は面接にて』ってこんなに大きく書いてあるじゃないですか!」
ひくひくっと、黒髪男の唇が動いた。
「お前……名前は……イリヤ・マーベル? マーベル子爵の令嬢か?」
紹介状の内容を確認したのだろう。
「それが、何か?」
「そうです、宰相閣下。この娘、あの悪名高いマーベル子爵令嬢なんですよ」
柄悪騎士が黒髪男にすり寄っている。
「いや……なんでもない。だが、この娘を通してやれ。これから面接だ」
「やった!」
と声が出そうになったところを、イリヤは慌てて口元を押さえた。
「オレは、クライブ・ファクト。おそらく、お前の雇い主になるだろう」
彼は眼鏡を人差し指で押し上げると、そう名乗った。
名前だけは聞いたことがある。若いながらも宰相を務めており、なによりもファクト公爵家の当主でもある。
「イリヤ・マーベルです。よろしくお願いします」
イリヤは深く頭を下げた。そして頭を上げたところで、柄悪騎士に向かって、あっかんべーとしてやる。
その姿は、見事クライブに見られていたようだ。森の中を思わせるようなアイビーグリーンの瞳が笑っていた。
クライブに連れられて、王城内を歩く。
たったそれだけのことなのに、先ほどから変な視線がまとわりついている。
「気にするな。オレが女を連れて歩いているから、珍しいだけだ」
「つまり、私がイリヤ・マーベルだから見られているわけではないということですね?」
その言葉に、クライブは、ふんと息を吐く。
「どれだけ自惚れているんだ? オレだって、お前の顔は知らなかった。オレの隣にいる女性がイリヤ・マーベルであると知っているのは、先ほどの門番くらいだろう」
「てことは、不思議ですよね。みな、私の顔を知らないのに、私のことを勝手に悪女とか毒婦とか言うのですよ。先ほどの騎士様も、私がイリヤ・マーベルだと知った途端、態度を豹変させたのです」
いや、もともと態度の悪い柄悪騎士だったが、それがいっそう酷くなったのだ。
「なるほどな……」
そう呟いたクライブが何を思ったのかは知らないが、毒婦とか悪女とか男を手玉にとるとか、そういった噂と実際のイリヤは違うということを知ってもらえれば、それでいい。
「宰相閣下……こちらの不審者を追い払おうとしていたところです」
とうとうイリヤは不審者扱いとなってしまった。
「……不審者? オレには淑女のようにしか見えないが。それとも、物売りの商人か?」
まるで騎士の対応が不当であったかの言いようである。となれば、イリヤの味方と考えてもいいのだろうか。
「いえ。身分を偽って王城に入り込もうとしている娼婦です」
娼婦と言われ、イリヤの心に反抗心が燃え始めた。折れかかった気持ちは、奮い立つ。
それに、柄の悪い騎士は、この男を宰相閣下と呼んだ。となれば、この男に話を通すのが手っ取り早いのでは。
「違います。ケノン職業紹介所の求人票を見てきたんです」
ひくっと黒髪の男はこめかみを震わせた。
「それなのに、この方たちが私を娼婦扱いするのです。紹介状もあります」
イリヤは突っ返された紹介状と求人票を、黒髪の男に押しつける。
「……お前。この求人票を見て、ここに来たのだな?」
「そうです。さっきからそう言っているのに、この方たちが全然信じてくれないのです」
「この求人票……なんて書いてある?」
もしかして、この宰相閣下も字が読めないのだろうか。
「先ほども同じことをこちらの騎士様にも聞かれましたが。もしかして、みなさん。目が悪いのですか?『求む! 家庭教師。子どもの相手が得意な方。性別年齢国籍問わず。住み込み可。詳細は面接にて』ってこんなに大きく書いてあるじゃないですか!」
ひくひくっと、黒髪男の唇が動いた。
「お前……名前は……イリヤ・マーベル? マーベル子爵の令嬢か?」
紹介状の内容を確認したのだろう。
「それが、何か?」
「そうです、宰相閣下。この娘、あの悪名高いマーベル子爵令嬢なんですよ」
柄悪騎士が黒髪男にすり寄っている。
「いや……なんでもない。だが、この娘を通してやれ。これから面接だ」
「やった!」
と声が出そうになったところを、イリヤは慌てて口元を押さえた。
「オレは、クライブ・ファクト。おそらく、お前の雇い主になるだろう」
彼は眼鏡を人差し指で押し上げると、そう名乗った。
名前だけは聞いたことがある。若いながらも宰相を務めており、なによりもファクト公爵家の当主でもある。
「イリヤ・マーベルです。よろしくお願いします」
イリヤは深く頭を下げた。そして頭を上げたところで、柄悪騎士に向かって、あっかんべーとしてやる。
その姿は、見事クライブに見られていたようだ。森の中を思わせるようなアイビーグリーンの瞳が笑っていた。
クライブに連れられて、王城内を歩く。
たったそれだけのことなのに、先ほどから変な視線がまとわりついている。
「気にするな。オレが女を連れて歩いているから、珍しいだけだ」
「つまり、私がイリヤ・マーベルだから見られているわけではないということですね?」
その言葉に、クライブは、ふんと息を吐く。
「どれだけ自惚れているんだ? オレだって、お前の顔は知らなかった。オレの隣にいる女性がイリヤ・マーベルであると知っているのは、先ほどの門番くらいだろう」
「てことは、不思議ですよね。みな、私の顔を知らないのに、私のことを勝手に悪女とか毒婦とか言うのですよ。先ほどの騎士様も、私がイリヤ・マーベルだと知った途端、態度を豹変させたのです」
いや、もともと態度の悪い柄悪騎士だったが、それがいっそう酷くなったのだ。
「なるほどな……」
そう呟いたクライブが何を思ったのかは知らないが、毒婦とか悪女とか男を手玉にとるとか、そういった噂と実際のイリヤは違うということを知ってもらえれば、それでいい。
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