このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに

澤谷弥(さわたに わたる)

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第一章:お仕事募集中です(13)

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 クライブは困惑の色を瞳に浮かべている。突然、知り合ったばかりの相手と結婚しろと言われたのなら、クライブの態度が自然だろう。

 イリヤは生きるためだと思って割り切っている分もある。むしろ、クライブと結婚したほうが彼らの魔の手から逃げられるかも知れないと考えたのも事実。

「あ、そうそう。マリアンヌが聖女であるというのは、召喚の儀に立ち会った者だけの秘密だ。彼女は、孤児院で見つけた魔力の強い子どもとして保護をし、それでクライブが養女とした。そういうことになっている」
「なるほど。マリアンヌ様が聖女様であると、周囲に知られないようにしろってことですね」

 その通りだと、エーヴァルトは頷く。
 マリアンヌについては話が作られているが、それがこの国と彼女を守るためなのだろうと理解した。そしてその話を信じ込ませるだけの権力も見せつけられた気分である。

「よし、そうと決まれば。いろいろと準備が必要だろう」

 そう言ったエーヴァルトによって、まずは王妃のトリシャとアルベルト王子が呼び出された。

「よかったわねぇ? クライブ。あなたにも素敵な伴侶が見つかって」

 トリシャのその言い方に少しだけ棘を感じたが、エーヴァルトは「昔からこの二人は仲が悪いのだ」と耳打ちしてくれた。
 そういえばエーヴァルトとトリシャも、政略結婚ではあるものの、幼い頃から顔を合わせていた仲というのは聞いたことがある。
 アルベルト王子は活発な子で、マリアンヌが寝ていようがいまいが、近づいて何かしらちょっかいを出そうとしている。しかし、やっとマリアンヌが眠って落ち着いたこの時間を、エーヴァルトは壊したくなかったようだ。

「そっとしておきなさい」

 何度もアルベルトに言葉をかけていた。

「では、マリアンヌの新居はクライブの屋敷でかまわないな?」

 イリヤとしては、反対はない。むしろ住む場所がないのだから、準備していただきたい。

「ええ。オレはかまいません。どうせ、部屋はあまっていますしね」
「乳母やメイドはどうする?」
「それは、おいおいと。オレの妻になる人物は子守りに自信があるようですからね?」
「え?」
「なんだ? オレがいなくても、一人で聖女様を育て上げようとしたのではないか?」
「そうですけど……」
「別に雇わないとは言っていない。お前も聖女様も、これから慣れない場所で暮らすんだ。そこに見知らぬ人間がたくさんいたら、聖女様が……また、あ~、ほら。まぁ、そういうことだ」

 クライブはマリアンヌが不安定になるような要素を、極力減らしたいのだろう。

「クライブ。マリアンヌはすでにお前の娘なのだから、いつまでも聖女様と呼ぶのはいかがなものか。これからマリアンヌと呼びなさい。なぁ? イリヤ嬢」
「あ、はい」

 エーヴァルトのその言葉は、きっとイリヤにも向けられているのだろう。聖女マリアンヌはイリヤの娘。

「では、この書類を頼む」

 婚姻の書類にクライブとイリヤがサインをした。証人者は国王である。

「よし、これでクライブとイリヤ嬢の結婚は成立した。そしておめでとう。聖女マリアンヌは君たちの娘だ」

 いつの間にか目を覚ましていたのか、マリアンヌは「きゃ、きゃ」と声をあげている。アルベルトが近くにいるからか、機嫌はよいようだ。

「あの……マリアンヌ……を抱いても?」

 書類上はイリヤの娘となった。

「もちろん、問題はない。だが、まぁ、イリヤ嬢なら心配はないだろう」

 寝台の上で手足をバタバタ動かしていたマリアンヌを、イリヤは抱き上げた。ずっしりとした命の重みを感じる。

「こんにちは、マリアンヌ。今日から私がママよ」
「……あぶっ」
「マリアンヌが喜んでいる……奇跡だ……」

 エーヴァルトが感極まり、今にも泣きそうである。いったい、マリアンヌは今までどれだけのことをしてきたのか。
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