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第三章:お仕事はきっちりとこなします(5)
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ひくりと、エーヴァルトのこめかみが動いた。
「離乳食? マリアンヌが?」
「はい。正確な月齢はわからないのですが、生後半年は過ぎているのかなと思いまして。おすわりはまだ不安定ですが、腰はしっかりとしてきていますし。よく見たら、歯も生えそうなんですよね。涎もいっぱい出ているようですし」
「なるほど。それで今から離乳食を? 私がそれに立ち会えると?」
エーヴァルトはマリアンヌの初めての離乳食の場にいられることに、喜びを感じているようだ。
「待たせたな」
着替えを終えたクライブがやってきた。
「クライブ様。今、陛下にもお伝えしたのですが、今日からマリーは離乳食を始めます」
「昨日もそんなことを言っていたな。ジムには今朝、伝えておいた」
ジムとは料理長の名である。イリヤがマリアンヌの離乳食について相談しにいったところ、クライブからも話があったとのことで、彼はすでにメニューを考えていたようだ。
「では、食事にしよう。陛下のお口に合うかどうか、わかりませんが」
クライブの眼鏡が、シャンデリアの光を反射させてきらりと光った。
「それとも、マリアンヌと同じ離乳食のほうがよろしいでしょうか?」
「クライブ、冷たい」
「オレが帰ろうとしたところを勝手に着いてきた人は誰ですか? お前だろ? マリアンヌと同じ席で食事ができるだけでも、ありがたく思え」
クライブは相手が国王であろうが動じない。だが、今までのエーヴァルトの様子を見ていると、クライブのこの態度も納得できるような気もしないでもない。
「あ~あ~」
テーブルの上に料理が並べられると、マリアンヌは楽しそうに手足をばたつかせる。
「マリー。今日はご飯を食べてみましょうね」
初めての離乳食は、オートミールを水で煮て裏ごししたもの。イリヤの妹たちもこれを食べていたし、ジムもこれがいいだろうと言っていた。
エーヴァルトは料理に手をつけず、じっくりとマリアンヌを見ている。
「マリー、あ~ん」
イリヤ自ら離乳食を与えるのは、イリヤの希望でもある。妹たちにもこうやってあげていたし、何よりもマリアンヌを自分の手で育てたいと思っていた。
「あ~」
マリアンヌが口を開けた隙に、スプーンを口の中に入れる。上顎にこすりつけるようにしてスプーンを引くと、マリアンヌはもごもごと口を動かしている。
「マリアンヌが食べた。これは、感動ものだ」
親より馬鹿になっているエーヴァルトは、瞳をきらきらと輝かせている。
「だ~」
だが、マリアンヌのお口に合わなかったのか、口から少しだけ出した。
「その顔もかわいい」
「いいいから、お前は黙って食べろ」
そう言ったクライブの手も動いていなかった。みな、マリアンヌの食べる様子を、固唾を飲んで見守っていたのだ。
「奥様、お預かりします」
ナナカの手には哺乳瓶がある。
「あ~あ~」
哺乳瓶に手を伸ばそうとしているマリアンヌを、ナナカが抱き上げた。
今日は一匙だけ。少しずつ、食べる量を増やしていく。
ナナカの腕の中で、マリアンヌは哺乳瓶に手を添えてごくごくと勢いよくミルクを飲んでいた。
「あぁ。マリーがかわいすぎる。それに、なんて素直なんだ。これなら、王城に連れて帰っても問題ないな?」
「やめてください。誰がマリアンヌの世話をするんですか? オレにだって仕事があります。公私混同したくない」
むしろ目の前の国王の公私混同が酷すぎるような気がする。
「離乳食? マリアンヌが?」
「はい。正確な月齢はわからないのですが、生後半年は過ぎているのかなと思いまして。おすわりはまだ不安定ですが、腰はしっかりとしてきていますし。よく見たら、歯も生えそうなんですよね。涎もいっぱい出ているようですし」
「なるほど。それで今から離乳食を? 私がそれに立ち会えると?」
エーヴァルトはマリアンヌの初めての離乳食の場にいられることに、喜びを感じているようだ。
「待たせたな」
着替えを終えたクライブがやってきた。
「クライブ様。今、陛下にもお伝えしたのですが、今日からマリーは離乳食を始めます」
「昨日もそんなことを言っていたな。ジムには今朝、伝えておいた」
ジムとは料理長の名である。イリヤがマリアンヌの離乳食について相談しにいったところ、クライブからも話があったとのことで、彼はすでにメニューを考えていたようだ。
「では、食事にしよう。陛下のお口に合うかどうか、わかりませんが」
クライブの眼鏡が、シャンデリアの光を反射させてきらりと光った。
「それとも、マリアンヌと同じ離乳食のほうがよろしいでしょうか?」
「クライブ、冷たい」
「オレが帰ろうとしたところを勝手に着いてきた人は誰ですか? お前だろ? マリアンヌと同じ席で食事ができるだけでも、ありがたく思え」
クライブは相手が国王であろうが動じない。だが、今までのエーヴァルトの様子を見ていると、クライブのこの態度も納得できるような気もしないでもない。
「あ~あ~」
テーブルの上に料理が並べられると、マリアンヌは楽しそうに手足をばたつかせる。
「マリー。今日はご飯を食べてみましょうね」
初めての離乳食は、オートミールを水で煮て裏ごししたもの。イリヤの妹たちもこれを食べていたし、ジムもこれがいいだろうと言っていた。
エーヴァルトは料理に手をつけず、じっくりとマリアンヌを見ている。
「マリー、あ~ん」
イリヤ自ら離乳食を与えるのは、イリヤの希望でもある。妹たちにもこうやってあげていたし、何よりもマリアンヌを自分の手で育てたいと思っていた。
「あ~」
マリアンヌが口を開けた隙に、スプーンを口の中に入れる。上顎にこすりつけるようにしてスプーンを引くと、マリアンヌはもごもごと口を動かしている。
「マリアンヌが食べた。これは、感動ものだ」
親より馬鹿になっているエーヴァルトは、瞳をきらきらと輝かせている。
「だ~」
だが、マリアンヌのお口に合わなかったのか、口から少しだけ出した。
「その顔もかわいい」
「いいいから、お前は黙って食べろ」
そう言ったクライブの手も動いていなかった。みな、マリアンヌの食べる様子を、固唾を飲んで見守っていたのだ。
「奥様、お預かりします」
ナナカの手には哺乳瓶がある。
「あ~あ~」
哺乳瓶に手を伸ばそうとしているマリアンヌを、ナナカが抱き上げた。
今日は一匙だけ。少しずつ、食べる量を増やしていく。
ナナカの腕の中で、マリアンヌは哺乳瓶に手を添えてごくごくと勢いよくミルクを飲んでいた。
「あぁ。マリーがかわいすぎる。それに、なんて素直なんだ。これなら、王城に連れて帰っても問題ないな?」
「やめてください。誰がマリアンヌの世話をするんですか? オレにだって仕事があります。公私混同したくない」
むしろ目の前の国王の公私混同が酷すぎるような気がする。
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