このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに

澤谷弥(さわたに わたる)

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第四章:新しいお仕事ですか?(3)

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 *~*~*

 少しだけ肌寒い朝には、ぬくぬくとする寝台の中は心地よい。いつまでもこれにくるまって微睡んでいたいと、そう願ってしまうくらいに。

「おはよう」
「……ひぃっ」

 何度目になるかわからない朝、目が覚めて最初にクライブの顔が視界に入るのは、心臓に悪い。しかも彼は、イリヤが何度お願いしても寝るときに服を着ない。
 今日もあたたかいなぁと思っていたのは、毛布が作り出すぬくもりではなかった。

「人の顔を見た途端、それは失礼ではないのか? むしろ寝ぼけているのか?」

 クライブの指がむにっとイリヤの頬をつねった。

「おひてまふ!」

 ペシッと頬をつねる彼の手を叩く。

「いつも言ってるじゃないですか。寝るときは服を着てください。これから寒くなるのに……そう、風邪、風邪をひきます!」
「心配してくれているのか?」

 イリヤはこくこくと小刻みに頷く。

「だが、心配するな。オレは今まで風邪を引いたことがない」
「あぁ、馬鹿は風邪引かないと言いますもんね」
「体調管理ができていると言ってほしい」

 イリヤはクライブの胸元を手で押しのけようとするが、彼の腕ががっしりとイリヤの背に回っているためびくともしない。

「閣下。この手を放してください。なんでこんなにくっついてるんですか!」
「それはイリヤがくっついてきたからだろう? 寒いのかと思ってこちらの毛布に入れてやったんだが?」

 ――またやってしまった。

 こういったやりとりを繰り返すたびに反省をするのだが、イリヤは寝相が悪かったらしい。

 いや、安っぽい宿の狭い寝台で眠っていたときは、こんなにごろごろと動かなかったはず。これほど動いたら、眠っている間に寝台から落ちてしまう。

「毎度のことながら、申し訳ありません。閣下の安眠を妨害してしまいまして」
「これはこれで、存外寝心地のいいものだから、気にするな」
「閣下が気にしなくても、私が気にします」

 うぬうぬっと彼の胸元辺りを押しのけようとすると、やっとクライブが解放してくれた。

「それでは、また朝食の時間に」

 イリヤは、寝台からおりようと身体を起こす。

「イリヤ。今日は、登城の日だ」

 クライブがイリヤの手をきゅっと握って言った。その表情は「申し訳ない」と言っているようで、おりている前髪と眼鏡のないその顔が、どこか捨てられた子犬のようにも見えた。

「いえ、閣下のせいではございません。すべては陛下のせいかと……」
「ああ、それは否定しない」

 クライブにまじまじと見つめられ、イリヤの頬はどんどんと熱くなる。朝から、心臓がもたない。

「では、着替えてまいりますので」

 クライブはイリヤの手をぱっと離した。
 彼から解放されたイリヤは、するりと寝台から抜け出し自室へと向かう。
 サマンサに手伝ってもらって、蒲公英色のドレスを着る。この色のドレスはマリアンヌのお気に入りの色でもあるのだ。




 イリヤは十日に一回、マリアンヌを連れて登城していた。それが今日。

 もう何度訪れたか覚えていないが、彼と結婚して二か月が経ったことを考えると五、六回くらい。

 クライブと一緒に馬車に揺られて、王城へと向かう。イリヤの膝の上でマリアンヌはお座りしており、ぱっちりと大きな目を開けて声をあげている。

 向かい側にはクライブはいるが、彼の視線はマリアンヌを捕らえていた。眼鏡の奥のアイビーグリーンの目尻が下がり、その表情はやわらかい。

 出会ったときのキリリとした無表情な感じが、ここにはないのだ。

「ん? どうかしたのか?」
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