このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに

澤谷弥(さわたに わたる)

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第四章:新しいお仕事ですか?(7)

「寂しいわね。けれども、マリアンヌが結婚するのは、あと十年以上も先でしょう? そのときにはあなたの考えもかわっているのではなくて? それに、子どもが結婚して手が離れたら、私たちの生活なんて余生よ、余生」
「でしたらその余生は、一人で好きなことをして楽しみたいですね」

 イリヤが明るい声で応えると、トリシャは大きくため息をついた。

「どうかされました?」
「いいえ。ただ、クライブはかわいそうねと思っただけよ」

 その言葉をトリシャが口にするのかと思わずにはいられないのだが、それは呑み込んだ。先ほどから目の前のケーキが美味しそうで気になっていたのだ。一通り話が終わったところで、イリヤはやっとそれに手を出す。
「イリヤは、どんなお菓子が好きなの?」

 そうやって尋ねてくれるということは、次回は好きなお菓子を準備してくれるのだろうか。やはり、王城の料理人たちが作るデザートは別格である。

「そうですね、基本的にはなんでも好きなんですけれども。キャラメルが使われているお菓子は好きですね」
「わかったわ。今度、準備しておくわね」

 どうせこれからも王城を訪れる機会はあるのだ。それもこれもすべてエーヴァルトのせいなのだが。
「あ」と、イリヤは声をあげた。

「トリシャ様にお願いがあるのですが」
「いいわよ。イリヤの頼みならお安いご用よ」

 トリシャの微笑み方も上品である。

「陛下の件なんですけど……」

 イリヤがそう切り出しただけで、トリシャの顔は曇った。

「マリアンヌは十日に一回、王城に連れてくるっていうところは譲れないわ。むしろイリヤ、あなたマリアンヌと一緒にこちらに住まない?」
「それは……閣下と相談しないと返事はできませんね」
「クライブは、その誘いを何度も断っているみたい。だからあなたにお願いしようと思ったのだけれど」

 そうであれば、イリヤが王城に通うのが面倒だから、こちらで寝泊まりしましょうと言ったところで、クライブが了承するとは思えない。

「でしたら、無理ですね」

 さらりと答えて、ケーキをぱくりと食べた。

「その閣下からの伝言です。陛下にきちんと政務をこなすようにと伝えてほしいとのことです。政務をさぼるようであれば、マリアンヌは連れてきません、と。閣下は何度もそう言っているようなのですが」
「わかったわ。あのクライブのことだから、へそを曲げたら本当にマリアンヌを独り占めしそうよね。もちろん、イリヤもね」
 ぱちんと片目を瞑ったトリシャであるが、イリヤを独り占めしたところで、あのクライブにうま味があるとも思えない。

「ぅわ~ん」

 マリアンヌの泣き声が聞こえた。すると、周囲の調度品がふわふわと浮き始める。

「え?」

 イリヤはおもわずマリアンヌを振り返る。クライブとエーヴァルトは慌ててマリアンヌを宥めているが、彼女が泣き止む様子はいっさいない。

「ぼく、わるくないもん」

 たいてい子どもはこう言うもの。トリシャも慌てて立ち上がり、アルベルトに話を聞きにいく。
 イリヤはマリアンヌを抱きかかえると、背中をぽんぽんと叩きながら宥める。

「何があったんですか?」

 話が聞けそうな成人男性二人を見やる。それでも、そう問うた口調は厳しい。

「すまない、イリヤ嬢。アルベルトが、座っていたマリアンヌを押した」
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