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第五章:それは追加契約になります(8)
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「マリアンヌとイリヤが共に召喚された場合、皆、イリヤを聖女だと思うだろう」
希望を持っている者から見れば、聖女が赤ん坊であるという考えは無意識的に避けるにちがいない。その心理を使おうとしているのだ。
「そこで、少しだけイリヤが魔法を見せればよい。神官長が聖女の証を見せたほうがいいだろうとか言っていたからな。オレたちからしたら、魔力も聖なる力も区別はつかない。ただ、聖なる力には瘴気を祓う力があるだけで、魔法と同じようなものだと言っていた」
「だから、みんなの前で私が何かしら簡単な魔法を使えばいいと?」
「できるか?」
乗りかかった船だ。いや、もうとっくに船は沖に出ている。ここまできて帰りたいとは言えない。
「ええ。気中の水分を花にでもかえましょうか? こんなふうに」
イリヤがパチンと指を鳴らすと、小ぶりの花がぽんと生まれて、ふわふわと落ちていく。もう一度指を鳴らせば、それはぱっと消えた。
「イリヤ嬢、すばらしい。これなら、あの口うるさい奴らを黙らせることができるな」
エーヴァルトが勝ち誇った笑みを浮かべている。
「だが、イリヤ。聖女の代役になるということは、これからイリヤは聖女として扱われるということだ」
クライブが、少しだけ苦しそうに言葉を吐き出した。
「子どもを守るのは母親の役目です。マリアンヌのために引き受けます。ですが、閣下。最初は聖女の母親役ということで今回の仕事を引き受けました。それでも聖女の代役となれば、最初の契約内容と異なります。ここは、追加契約ということでよろしいですか?」
「なんの契約だ?」
クライブは眉間に深くしわを刻んだ。
「そんなの、決まっているじゃないですか。私と閣下の雇用契約です」
それを聞いたエーヴァルトが盛大に笑っていた。
帰りの馬車の中では、クライブがずっとイライラしていた。まだ日が高いというのに、イリヤが帰ると言ったらクライブがついてきたのだ。
イライラするくらいなら、ついてこなければいいのに。
「閣下、どうかされました?」
イリヤとしては、イライラしたままマリアンヌに会ってほしくない。
「どうもしない」
「どうもしないって、明らかに怒っていらっしゃいますよね?」
「そういうつもりはない」
「そうですか?」
イリヤは穴があくくらいにじぃっとクライブを見つめる。
クライブはその視線から逃れるように顔を背けたが、あまりにもイリヤが見てくるものだから根負けしたようだ。
はぁ、と大きく息を吐く。
「閣下。ため息をついたら、幸せが逃げていきますよ」
イリヤが微笑むと、クライブは困ったような視線を向けてきた。
「一つ、尋ねてもいいか?」
「はい?」
「なぜイリヤは、陛下を名前で呼ぶ?」
なぜと聞きたいのはイリヤのほうである。なぜ彼はそのようなことを尋ねたのか。だが、聞かれたのであれば答えなければならないだろう。当時のエーヴァルトとのやりとりを思い出す。
希望を持っている者から見れば、聖女が赤ん坊であるという考えは無意識的に避けるにちがいない。その心理を使おうとしているのだ。
「そこで、少しだけイリヤが魔法を見せればよい。神官長が聖女の証を見せたほうがいいだろうとか言っていたからな。オレたちからしたら、魔力も聖なる力も区別はつかない。ただ、聖なる力には瘴気を祓う力があるだけで、魔法と同じようなものだと言っていた」
「だから、みんなの前で私が何かしら簡単な魔法を使えばいいと?」
「できるか?」
乗りかかった船だ。いや、もうとっくに船は沖に出ている。ここまできて帰りたいとは言えない。
「ええ。気中の水分を花にでもかえましょうか? こんなふうに」
イリヤがパチンと指を鳴らすと、小ぶりの花がぽんと生まれて、ふわふわと落ちていく。もう一度指を鳴らせば、それはぱっと消えた。
「イリヤ嬢、すばらしい。これなら、あの口うるさい奴らを黙らせることができるな」
エーヴァルトが勝ち誇った笑みを浮かべている。
「だが、イリヤ。聖女の代役になるということは、これからイリヤは聖女として扱われるということだ」
クライブが、少しだけ苦しそうに言葉を吐き出した。
「子どもを守るのは母親の役目です。マリアンヌのために引き受けます。ですが、閣下。最初は聖女の母親役ということで今回の仕事を引き受けました。それでも聖女の代役となれば、最初の契約内容と異なります。ここは、追加契約ということでよろしいですか?」
「なんの契約だ?」
クライブは眉間に深くしわを刻んだ。
「そんなの、決まっているじゃないですか。私と閣下の雇用契約です」
それを聞いたエーヴァルトが盛大に笑っていた。
帰りの馬車の中では、クライブがずっとイライラしていた。まだ日が高いというのに、イリヤが帰ると言ったらクライブがついてきたのだ。
イライラするくらいなら、ついてこなければいいのに。
「閣下、どうかされました?」
イリヤとしては、イライラしたままマリアンヌに会ってほしくない。
「どうもしない」
「どうもしないって、明らかに怒っていらっしゃいますよね?」
「そういうつもりはない」
「そうですか?」
イリヤは穴があくくらいにじぃっとクライブを見つめる。
クライブはその視線から逃れるように顔を背けたが、あまりにもイリヤが見てくるものだから根負けしたようだ。
はぁ、と大きく息を吐く。
「閣下。ため息をついたら、幸せが逃げていきますよ」
イリヤが微笑むと、クライブは困ったような視線を向けてきた。
「一つ、尋ねてもいいか?」
「はい?」
「なぜイリヤは、陛下を名前で呼ぶ?」
なぜと聞きたいのはイリヤのほうである。なぜ彼はそのようなことを尋ねたのか。だが、聞かれたのであれば答えなければならないだろう。当時のエーヴァルトとのやりとりを思い出す。
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