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第五章:それは追加契約になります(10)
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「だから、イリヤ。オレたちはもう少し、夫婦に見えるような関係になったほうがいいと思うのだが?」
「それは、そのときに対応します」
暴れる心臓を抑え込むように、イリヤは胸に手を当てる。
急にクライブが立ち上がったため、イリヤは驚いて身体を震わせた。そんな彼は、イリヤの隣に座り直す。
「ち、近いです。閣下……」
「クライブと……名前で呼べ」
「む、無理です」
呼ぶか呼ばないかではなく、無理なのだ。
途端にクライブの顔が曇った。
「どうして無理なんだ?」
とにかく、鼓動がうるさかった。近くにいるクライブに聞こえてしまうのではないかと、不安になるほど。
「そ、そんなの。恥ずかしいに決まってるじゃないですか!」
イリヤは両手で赤くなった顔を隠した。これ以上は、何も言えない。
隣のクライブが、ごそごそと何か動いているようにも感じられたが、今はそれを気にする余裕すらない。
エーヴァルトを名前で呼ぶのは平気だった。もちろん、使用人たちも名前で呼べる。だけど、クライブだけは駄目なのだ。彼の名前を口にしようとすると、恥ずかしい。
「……イリヤ」
こうやって優しく耳元で名前をささやくのは卑怯である。だが、はたと気づいた。
クライブはあのときからずっと、イリヤを名前で呼んでいる。初対面のときは「お前」と呼んでいたはずなのに。
「オレたちが人前で夫婦に見えるように、今からきちんと練習しておいたほうがいいと思うのだが?」
「善処します」
その言葉で彼が納得したかどうかはわからないが、少しだけイリヤの耳元から距離を取った。
そこから、二人の間に言葉はなかった。イリヤもクライブからは視線をそむけて、ぼんやりと窓際に視線を向ける。
ただ、心臓だけは高鳴っていた。
屋敷に戻るとマリアンヌを抱いたナナカが出迎えてくれた。それでもマリアンヌはイリヤの姿を見つけると腕を伸ばして抱っこしてと意思表示をしてくる。こうやって求められるのは、悪い気はしない。母親であると認められているような感じがするからだ。
「ただいま、マリー」
「雑菌……」
クライブがぼそりと呟く。やはり彼は根に持っている。
「月齢も高くなりましたから、気にしなくてもよろしいかと?」
作り笑いを浮かべて、イリヤは答える。ただ、こうやって答えてしまった以上、今後はクライブに「雑菌」と言えなくなるのが悔しい。
「まんま~まんま~」
クライブが、ひくっと身体を震わせる。
「今、ママと言わなかったか?」
「気のせいです」
最近のクライブは、マリアンヌに対する執着がエーヴァルトに似てきている。
「マリー、パパと言ってくれ」
「まんまんまんま~」
「パパ」
「まんまん~」
「パパ」
「旦那様! マリーはまだおしゃべりができません。しつこい男は嫌われますよ」
マリアンヌを腕に抱くイリヤは、彼に背を向けた。
とにかく、クライブがおかしい。イリヤがマリアンヌの代わりに聖女になると答えた昨夜からだ。いつもよりも絡みが多い気がするし、何よりも執拗に名前を呼べと迫ってくる。
そこまで言われると、頑なに呼んでやるものかという対抗心が芽生えてしまうのだ。
クライブに主導をとられるのが、ちょっと悔しいから。
「ま~ま~」
マリアンヌがイリヤの頬をぺちぺちと叩いた。
「マリー、今、ママって呼んだ?」
「それは、そのときに対応します」
暴れる心臓を抑え込むように、イリヤは胸に手を当てる。
急にクライブが立ち上がったため、イリヤは驚いて身体を震わせた。そんな彼は、イリヤの隣に座り直す。
「ち、近いです。閣下……」
「クライブと……名前で呼べ」
「む、無理です」
呼ぶか呼ばないかではなく、無理なのだ。
途端にクライブの顔が曇った。
「どうして無理なんだ?」
とにかく、鼓動がうるさかった。近くにいるクライブに聞こえてしまうのではないかと、不安になるほど。
「そ、そんなの。恥ずかしいに決まってるじゃないですか!」
イリヤは両手で赤くなった顔を隠した。これ以上は、何も言えない。
隣のクライブが、ごそごそと何か動いているようにも感じられたが、今はそれを気にする余裕すらない。
エーヴァルトを名前で呼ぶのは平気だった。もちろん、使用人たちも名前で呼べる。だけど、クライブだけは駄目なのだ。彼の名前を口にしようとすると、恥ずかしい。
「……イリヤ」
こうやって優しく耳元で名前をささやくのは卑怯である。だが、はたと気づいた。
クライブはあのときからずっと、イリヤを名前で呼んでいる。初対面のときは「お前」と呼んでいたはずなのに。
「オレたちが人前で夫婦に見えるように、今からきちんと練習しておいたほうがいいと思うのだが?」
「善処します」
その言葉で彼が納得したかどうかはわからないが、少しだけイリヤの耳元から距離を取った。
そこから、二人の間に言葉はなかった。イリヤもクライブからは視線をそむけて、ぼんやりと窓際に視線を向ける。
ただ、心臓だけは高鳴っていた。
屋敷に戻るとマリアンヌを抱いたナナカが出迎えてくれた。それでもマリアンヌはイリヤの姿を見つけると腕を伸ばして抱っこしてと意思表示をしてくる。こうやって求められるのは、悪い気はしない。母親であると認められているような感じがするからだ。
「ただいま、マリー」
「雑菌……」
クライブがぼそりと呟く。やはり彼は根に持っている。
「月齢も高くなりましたから、気にしなくてもよろしいかと?」
作り笑いを浮かべて、イリヤは答える。ただ、こうやって答えてしまった以上、今後はクライブに「雑菌」と言えなくなるのが悔しい。
「まんま~まんま~」
クライブが、ひくっと身体を震わせる。
「今、ママと言わなかったか?」
「気のせいです」
最近のクライブは、マリアンヌに対する執着がエーヴァルトに似てきている。
「マリー、パパと言ってくれ」
「まんまんまんま~」
「パパ」
「まんまん~」
「パパ」
「旦那様! マリーはまだおしゃべりができません。しつこい男は嫌われますよ」
マリアンヌを腕に抱くイリヤは、彼に背を向けた。
とにかく、クライブがおかしい。イリヤがマリアンヌの代わりに聖女になると答えた昨夜からだ。いつもよりも絡みが多い気がするし、何よりも執拗に名前を呼べと迫ってくる。
そこまで言われると、頑なに呼んでやるものかという対抗心が芽生えてしまうのだ。
クライブに主導をとられるのが、ちょっと悔しいから。
「ま~ま~」
マリアンヌがイリヤの頬をぺちぺちと叩いた。
「マリー、今、ママって呼んだ?」
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