このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに

澤谷弥(さわたに わたる)

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第六章:そのお仕事、お引き受けいたします(9)

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 エーヴァルトが両手を差し出すと、アルベルトはぷいっと顔を背ける。

「ぐぬぬぬぬ。アル。君の父親は私だ。そこの堅物眼鏡のクライブではない」
「おとうさま。ぼくがマリーとけっこんしたら、クライブはぼくの父にもなるわけです。今から、なかよくしておいたほうがいいと思います」

 三歳とは思えぬ発言であるが、クライブは笑いをこらえている。

「だそうですよ、陛下」
「ぐぬぬぬぬ……。まあ、いい。今はこれで勘弁してやる。それよりも、聖女イリヤよ」

 エーヴァルトはイリヤのことを聖女と呼んだ。

「悪いが、お披露目の儀が五日後に決まった。それを伝えにきたんだ」
「なんだって急ですね」

 クライブが眉をひそめる。

「仕方ない。あいつらが、さっさと聖女様を魔物討伐へ送り出せと言い始めたからな」
「それって、あれですかね? 聖女が異界から召喚された女性ではなくて、イリヤだったから……」

 だから嫌がらせのように、さっさと魔物討伐へ行けと言い出したにちがいない。

「聖女様は異界人でなければならないと思っている者は一定以上いる。イリヤの力を疑う者もいた」

 苦しそうにエーヴァルトが顔をゆがめた。

「そうですね。それは、仕方ありませんね」

 偽物の聖女ですから――

 イリヤはその言葉を呑み込んだ。それは、必要最小限の人物しか知らない極秘事項。軽々しく口にしていい言葉ではない。

「はやく魔物を蹴散らして、マリーと平穏な生活が送れるように、頑張るしかないですね」
「まっま~、まっま~」

 マリアンヌを手放したくないと決めたのはイリヤだ。だから彼女を守るために、聖女になりきるしかない。聖なる力はなくとも、魔物を倒すくらいならできる。ようは、魔物の数が減ったように見せかければいいのだ。多分。

「ところで、お披露目の儀とは何をするのでしょう?」

 それがまったくわからなかった。




 イリヤが聖女(代理)として召喚されてから、あっという間の五日間であった。
 今日は聖女として、人々の前に立つ初めての日である。

「なんだ、緊張しているのか?」

 夜が明ける前に目が覚めた。
 今日もまた、すっぽりと彼に抱かれて眠っていたようだ。しかもクライブは相変わらず半裸で寝ている。この状況にイリヤも慣れたものである。

「そうかもしれませんね、偽物だとバレないように振る舞う必要がありますから」

 偽物であることが知られてしまったら――それが怖かった。
 そうなれば、イリヤだけの問題ではない。聖女召喚の儀に立ち会った者たち、ファクト家に関わる者たち、そしてマーベル家の家族。みんなに迷惑をかける。いや、迷惑だなんて一言で済むような、そんなかわいいものではないだろう。

「大丈夫だ。イリヤならできる」
「だけど、聖女でないのに聖女と名乗って、みんなを騙すわけですよね……」

 一度やると決めたのに、それでもどこか怖じ気づいている自分がいる。

「騙す……そう考えるから、気が落ちるんだ。これは、必要な嘘だと思えばいい」
「必要な嘘?」

 嘘をつくのはよくないこと。人を騙すのはよくないこと。
 幼い頃から、そう教えられてきた。
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