このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに

澤谷弥(さわたに わたる)

文字の大きさ
70 / 88

第七章:新しいお仕事にはまだ慣れません(2)

 イリヤにもその母親の血が流れているからこそ、今回の聖女代理という役目を引き受けてくれたにちがいない。

「イリヤ様。次は、お披露目のパーティーがありますので、王城へとの移動となります」

 神官長の言葉に、イリヤはにっこりと微笑んではいるが、口の端はひきつっていた。彼女がそのような場所を苦手としているのは、クライブも重々理解しているつもりだ。
 この日のために、二人でこっそりとダンスの練習もした。

「……あっ」

 そイリヤが小さく声をあげると、腕の中のマリアンヌがビクンと大きく身体を動かした。イリヤは慌ててマリアンヌを包み込むように抱き直す。

「イリヤ、どうかしたのか?」

 クライブが小声で尋ねると、彼女は顔をしかめた。

「え? このあと、お披露目パーティーですよね。つまり、クライブ様とダンスが……」

 何をいまさらとも思うが、彼女の視線はマリアンヌに注がれていた。
 さすがにダンスとなれば、マリアンヌを抱いたままでは不可能だろう。誰かに預けなければならないが、練習のときはナナカがみていた。

 しかし今日のパーティーでは、そこまで考えていなかった。
 目の前のエーヴァルトがニコニコしていたが、気づかぬふりをした。

 *~*~*

 神殿から王城への移動は、馬車を使う。腕の中にマリアンヌはいるものの、隣にクライブはいるし、目の前にはエーヴァルトと神官長もいるし、そしてこの馬車の周囲は近衛騎士とか王宮魔法使いとかに囲まれている。
 いつもの移動とは異なる。

 それだけでも、イリヤの気持ちはピリリとした。
 聖女として皆の前に立った。これでもう、後戻りはできない。

「……あばぁ」

 マリアンヌが目を覚ました。彼女がまたたくだけで、この場が和む。

「まんま、まんま!」

 伸びてきた小さなふくふくとした手が、イリヤの頬に触れた。

「おはよう、マリー」

 マリアンヌはきょろきょろと周囲を見回している。

「どうした? マリー」

 クライブもマリアンヌの顔をのぞき込む。

「ぱ~ぱ~」

 腕を伸ばしたマリアンヌが狙っているのは、クライブの眼鏡である。

「マリー、めっよ、めっ!」

 マリアンヌはすぐにクライブの眼鏡を狙うのだ。
 クライブはすかさず眼鏡を外して、マリアンヌにかけた。

「あ~あ~?」

 マリアンヌも眼鏡をクライブからもらえるとは思っていなかったようで、ぶんぶんと首を振っている。
 その様子を見て、笑いをかみ殺しているのはエーヴァルトである。

 マリアンヌの行動一つで、緊張に包まれていたこの場がやわらいだ。
 クライブはひょいと眼鏡を取り返した。

「あ~う~」

 するとマリアンヌは、またクライブの眼鏡に手を伸ばす。

「マリーはクライブの眼鏡が気に入っているのだな」

 やっとエーヴァルトが口を開いた。

「クライブ。もう、眼鏡を外したほうがいいのではないか? 邪魔だろう?」

 エーヴァルトもクライブが、視力が悪くて眼鏡をかけているわけではないのを知っているようだ。昔からの馴染みのような関係であるから、この二人の間には隠し事もないのかもしれない。

「それに、これからイリヤ嬢のお披露目パーティーだ。君がエスコートするのだろう? クライブ」

 その予定である。契約とはいえ、イリヤはクライブと夫婦なのだ。そしてクライブは、これを機にイリヤとの婚姻関係を知らせると言っていた。だからクライブほど、エスコートに適している人間はいないのだが。

 イリヤはちらりと隣に顔を向けた。マリアンヌはまだ頑張って、クライブに手を伸ばしている。

「クライブ様。やはり眼鏡を外しましょう」

 イリヤの言葉に、クライブは眉根を寄せる。

「なんだ? 眼鏡は不満なのか?」
感想 33

あなたにおすすめの小説

聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!

さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ 祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き! も……もう嫌だぁ! 半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける! 時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ! 大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。 色んなキャラ出しまくりぃ! カクヨムでも掲載チュッ ⚠︎この物語は全てフィクションです。 ⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!

転生小説家の華麗なる円満離婚計画

鈴木かなえ
ファンタジー
キルステン伯爵家の令嬢として生を受けたクラリッサには、日本人だった前世の記憶がある。 両親と弟には疎まれているクラリッサだが、異母妹マリアンネとその兄エルヴィンと三人で仲良く育ち、前世の記憶を利用して小説家として密かに活躍していた。 ある時、夜会に連れ出されたクラリッサは、弟にハメられて見知らぬ男に襲われそうになる。 その男を返り討ちにして、逃げ出そうとしたところで美貌の貴公子ヘンリックと出会った。 逞しく想像力豊かなクラリッサと、その家族三人の物語です。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

おひとりさまの準備してます! ……見合いですか?まぁ一度だけなら……

松ノ木るな
恋愛
 ストラウド子爵家の長女・エレーゼ18歳はお父様が大好きだ。このままお父様と同じ屋敷で暮らし、いつかお父様を私が看取る、そんな将来設計があるので結婚はしたくない。だがこれでも貴族令嬢、そういうわけにもいかなくて。  ある日、仕方なく見合いに赴くことになったのだが。  見合い相手はプラチナブロンド煌めくひたすら優美な王子様、いや辺境伯の跡取り息子。  見た目も家柄もファビュラスなのに、彼は今までことごとく見合い相手に断られ、挙句エレーゼのところに話が回ってきたという訳あり物件。  この話、断る? 断られるよう仕向ける?  しかし彼は言ったのだ。「こちらの条件のんでくれたら、結婚後、自由にしていい」と。つまり、実家暮らしの妻でOKだと!  名を貸し借りする程度の結婚でいいなんて。オイシイじゃない? で、条件とは何ですの?  お父様だけがもつ“私への無限の愛”しか信じない令嬢エレーゼが、何を考えているのだかよく分からない婚約者エイリークと少しずつ絆を深めていく、日常みじみじラブストーリーです。    ※第4話④⑤、最終話⑧⑨は視点を切り替えてヒーローサイドでお送りしております。

【完結】竜王に嫁いだら、推しの半竜皇子の継母になりました〜冷酷な夫には興味ありませんが、闇落ち予定の皇子は私が全力で幸せにします!〜

せりもも
恋愛
転生したのは、web小説の世界だった。物語が始まる前の時間、隣国の竜王へ嫁ぐ薄幸の王女、デジレに。 結婚相手である竜王ワッツァは、冷酷非道で人間を蔑む恐ろしい竜人だ。彼はデジレを、半竜(半分竜で半分人間)である息子の養育係としかみていない。けれどその息子バートラフこそ、前世の「わたし」の最オシだった。 この世界のバートラフはまだ5歳。懸命に悪ガキぶっているけど、なんてかわいいの!? 小説のバートラフは、闇落ちして仲間の騎士たちに殺されてしまうけど、そんな未来は、絶対に許さないんだから!  幼いバートラフに対する、愛情いっぱいの子育ての日々が始まる。やがて彼の成竜への通過儀礼を経て、父の竜王は、デジレに対して執着を見せ始める。 ところが、竜と人間の戦争が始まってしまう。おとなになったバートラフは人間側につき、聖女の騎士団に入った。彼は、父の竜王に刃を向けられるのか? そして、転生者デジレに与えられたスキル「プロットを破断する者」を、彼女はどう発動させるのか。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。