このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに

澤谷弥(さわたに わたる)

文字の大きさ
74 / 88

第七章:新しいお仕事にはまだ慣れません(6)

しおりを挟む
 イリヤがクライブの名を呼ぶと、男の顔からさっと血の気が引いた。

「クライブ……? ファクト公爵? 宰相閣下ですか?」
「そうだが、何か?」
「い、いえ。なんでもありません。まさか、聖女様のお相手が閣下だったとは思っておりませんでした。閣下と聖女様はどういった関係ですか?」

 相手がクライブであったと知っても、なかなか引かないその心意気だけは褒めてやりたい。

「オレとイリヤの関係? イリヤはオレの妻だが?」

 ――言った。この人、本当に言った。しかもこの場で。

 なぜかイリヤの心臓がドキドキとうるさい。このドキドキは何からくるドキドキなのか。

「妻? 閣下ご結婚されていたのですか? 聖女様と?」

 男の声が少しだけ大きくなった。周囲も何事かと聞き耳を立て始める。

「ああ。結婚してそろそろ半年経つな」
「では、聖女様と結婚したわけではなく?」
「結婚してから聖女だとわかっただけだ。イリヤ、他にも挨拶をせねばならない。行くぞ」

 イリヤは男に軽く頭を下げて、クライブと共にその場を去る。

 一人に話せば、ああいった話はあっという間に広まるだろう。それにクライブはこれから挨拶ついでにそれを口にするつもりでいるのだ。

「いいか、イリヤ。これから紹介する人物が面倒くさい奴らだ。顔を合わせるたびに、聖女召喚云々を言い、さっさと聖女をミルトの森へ送れと言っているような者たちだ」
「わかりました」

 クライブと並んで歩くだけなのに、好奇の目がイリヤにまとわりついた。
 状況を見て、声をかけようとする者もいるのだろう。

 だがクライブはそういった人物を敏感に感じ取ると、その者から彼女をかばおうとする。けれどもイリヤは、それについては何も言わなかった。

 ここははっきりいって敵陣のような場所である。
 聖女という好意的な視線の奥には、本物か偽物か見極めてやろうという思惑が漂っているのだ。

「リグナー公爵」

 クライブが声をかけると、でっぷりとした年配の男性が顔をしかめた。

「私の名を呼ぶとは? 貴殿は? いや、それよりも隣にいるのは聖女殿か?」
「リグナー公爵。私の顔も忘れたのですか? とうとう耄碌もうろくしたと?」

 クライブの声に、リグナー公爵はじとっと睨みつける。

「まさか……その目の色……ファクトの若造か」

 失礼な言い草であるが、クライブも彼らのいないところではかなり失礼なことを言っていたので、おあいこだろう。

「イリヤ、リグナー公爵に挨拶を」
「リグナー公爵。はじめまして、イリヤ・ファクトです」

 ドレスの裾をつまみあげ、淑女の礼をする。
 イリヤの言葉に、リグナー公爵は顔をしかめる。

「……まさか聖女殿が、マーベル子爵令嬢であったことにも驚いたが……もしや、さっさと聖女殿と婚姻関係を結んだのか? ファクト公爵」
「なにをおっしゃっているのやら。私がイリヤと結婚したのは、半年も前のことですよ? 聖女だから結婚したのではなく、好いた女性がたまたま聖女であった。そういうことですが?」

 リグナー公爵のこめかみがひくひくとうごめいている。

 さすがクライブが口うるさい奴らと言っていただけのことはあるのだろう。何かと、クライブにつっかかり、クライブをぎゃふんと言わせたいような、そんな雰囲気が醸し出されている。

「閣下。我々にも聖女様を紹介していただけませんか」

 クライブ対リグナー公爵の構図は、他の第三者によって強制的に終了となった。
 それからイリヤはクライブに連れられ、王城に出入りできるような者たちを紹介される。ようは、それなりの身分で地位もある者だ。

「イリヤ……」

 ふと声をかけられ、イリヤは振り返った。

「サブル侯爵……」
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

【完結】義姉上が悪役令嬢だと!?ふざけるな!姉を貶めたお前達を絶対に許さない!!

つくも茄子
ファンタジー
義姉は王家とこの国に殺された。 冤罪に末に毒杯だ。公爵令嬢である義姉上に対してこの仕打ち。笑顔の王太子夫妻が憎い。嘘の供述をした連中を許さない。我が子可愛さに隠蔽した国王。実の娘を信じなかった義父。 全ての復讐を終えたミゲルは義姉の墓前で報告をした直後に世界が歪む。目を覚ますとそこには亡くなった義姉の姿があった。過去に巻き戻った事を知ったミゲルは今度こそ義姉を守るために行動する。 巻き戻った世界は同じようで違う。その違いは吉とでるか凶とでるか……。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

【完結】そうは聖女が許さない〜魔女だと追放された伝説の聖女、神獣フェンリルとスローライフを送りたい……けど【聖水チート】で世界を浄化する〜

阿納あざみ
ファンタジー
光輝くの玉座に座るのは、嘘で塗り固められた偽りの救世主。 辺境の地に追いやられたのは、『国崩しの魔女』の烙印を押された、本物の奇跡。 滅びゆく王国に召喚されたのは、二人の女子高生。 一人は、そのカリスマ性で人々を魅了するクラスの女王。 もう一人は、その影で虐げられてきた私。 偽りの救世主は、巧みな嘘で王国の実権を掌握すると、私に宿る“本当の力”を恐れるがゆえに大罪を着せ、瘴気の魔獣が跋扈する禁忌の地――辺境へと追放した。 だが、全てを失った絶望の地でこそ、物語は真の幕を開けるのだった。 △▼△▼△▼△▼△ 女性HOTランキング5位ありがとうございます!

巻き込まれ召喚された賢者は追放メンツでパーティー組んで旅をする。

彩世幻夜
ファンタジー
2019年ファンタジー小説大賞 190位! 読者の皆様、ありがとうございました! 婚約破棄され家から追放された悪役令嬢が実は優秀な槍斧使いだったり。 実力不足と勇者パーティーを追放された魔物使いだったり。 鑑定で無職判定され村を追放された村人の少年が優秀な剣士だったり。 巻き込まれ召喚され捨てられたヒカルはそんな追放メンツとひょんな事からパーティー組み、チート街道まっしぐら。まずはお約束通りざまあを目指しましょう! ※4/30(火) 本編完結。 ※6/7(金) 外伝完結。 ※9/1(日)番外編 完結 小説大賞参加中

聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!

さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ 祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き! も……もう嫌だぁ! 半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける! 時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ! 大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。 色んなキャラ出しまくりぃ! カクヨムでも掲載チュッ ⚠︎この物語は全てフィクションです。 ⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

処理中です...