このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに

澤谷弥(さわたに わたる)

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第八章:これは雇用契約なので溺愛は不要です、と思っていたはずなのに(3)

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「グルルルルルぅ」
「あっ」

 魔物の爪がイリヤの背を引き裂こうとしたのだ。しかし、寸でのところでクライブが助けてくれたため、抱っこひもの背の部分が切られただけで済んだ。

「マリー!」

 勢いよくクライブに引き寄せられたため、マリアンヌはするっとイリヤの腕から抜け出て、まるでたかいたかいをされているかのように宙を飛ぶ。

「え~ば~」
「だから言っただろう? マリアンヌは私が守ると」

 エーヴァルトはマリアンヌに腕を伸ばして、彼女を抱きとめた。

「エーヴァルト様! マリーを……きゃっ」

 呑気に会話をしている場合ではない。魔物が肉を求めて襲いかかってきた。

「私を信用しろ。マリーだけは何があっても守る」

 その言葉を信じられるのが怖かった。エーヴァルトがそう言った以上、それは絶対に守られる。なによりも相手がエーヴァルトだからだ。

「イリヤ。ああ見えても陛下は強い。マリアンヌをお願いしよう」

 クライブと背中合わせになり、イリヤは次の魔法を放つために魔力をため始める。

 クライブは剣を振り、襲ってくる魔物を次々に斬っていく。ちらっとしか剣捌きをみていないが、イリヤから見てもそれが達者であるとわかった。

 頭もきれて、剣術もできて、顔がいいとは、ちょっと悔しい。

「もぅっ!!」

 その悔しさを火の魔法にのせてみた。バシュっと魔物にあたって、こんがりと毛と肉の焼けるにおいが漂う。

「あだ、あだ、あだだだだ」

 エーヴァルトに抱きかかえられながら、マリアンヌが手足をばたつかせる。彼女の周囲の魔物はふわふわと浮かび上がり、そのままドンと地面に叩き付けられた。

 忘れていたわけではないが、マリアンヌは聖女であり魔法が使える。そして、エーヴァルトを眠らせないほどの激しい夜があったとも聞いている。

「キャイン」

 地面に転がっている魔物を、エーヴァルトが剣で切り裂く。もちろん、片手でマリアンヌを抱きしめたまま。

「ギャウ」

 意外といいコンビなのかもしれない。

「あうあう~」

 エーヴァルトの腕の中で、マリアンヌは手を振って何かを命じているように見えた。

「イリヤ。大丈夫か?」

 魔物のどす黒い返り血が、クライブの頬を濡らしていた。

「あ、はい。魔法を放った直後は、ちょっと力が抜けた感じがしてしまって」

 だからぼうっとしてしまう。すぐに思考を取り戻すのだが、それでもほんの少し、心ここにあらずの時間が生まれる。

「なるほど。だが、オレが近くにいる」
「……はい」

 魔力が戻ってきたところで、もう一度かまえる。

 魔物の数は、だいぶ減っていた。
 アレン率いる第四騎士隊と、そしてなにげにエーヴァルトとマリアンヌコンビの活躍が大きい。

「あれで最後だ」

 クライブの言葉に頷き、イリヤはもう一度魔力を込める。だが今までの感覚と異なった。魔力が抜けていくような、そんな感覚。穴の空いた水桶に水をためていくような。

 魔力の限界が見えてきた。先ほどまでの火の魔法は放てない。

 となれば――

「クライブ様、剣をかかげてください」

 イリヤの言葉をすぐさま理解したクライブは、手にした剣先を天に向ける。
 イリヤはクライブに向かって魔法を放つ。正確には、彼の剣に向かって。

 その剣を手にしたクライブは、残りの魔物に向かって剣を振り回す。
 バシュっと、鈍い音が響き、毛が焼け肉の焦げるにおいがした。

「ギャアア!」

 先ほどから聞こえてくるのは、魔物の咆哮ばかり。最後の咆哮が響き、騎士たちは肩を大きく上下させて呼吸を整える。

「これで、終わりか?」
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