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【第一部】堅物騎士団長から妻に娶りたいと迫られた変装令嬢は今日もその役を演じます
1.押し倒されました
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これはどこからどう見ても押し倒されている。誰がどう見ても。しかも、目の前の人物がこんなにお見目麗しく、堅苦しい素敵な騎士様とかなら、押し倒された側が女性であった場合、嬉しい悲鳴をあげてしまうかもしれない。
まあ、自分も生物学的上は女性ではあるが。
だが今は、男性用のタキシードを着て、女性であることを隠していた。
「この手をどけていただきたいのですが」
押し倒されている側の女性、エレオノーラが冷静に言葉を放った。彼女が言うこの手とは、自分の右胸に乗っているその騎士様の左手。しかもその騎士様、どけて欲しいと言ったにも関わらず、その左手をもみもみと動かした。
挙句。
「君は、女性か?」とまで確認をしてきた。
「生物学的上は、それに分類されますが。ですが、今の私に性別は関係ありません。申し訳ありませんが、この後も仕事があるため、この手をどかしていただけると大変助かります」
エレオノーラは極めて冷静に言った。そう、彼女はいたって冷静。
この押し倒されているという過程の途中で、その騎士様と自分の唇があたってしまったという事故もあったが、それは事故であるため気にしない。
だがその事故を気にしている人がいるらしい。それが目の前の騎士様。
エレオノーラは脳みそをフル回転させた。この騎士様は誰だっけかなぁと。今日のこの任務は第一騎士団との合同と言っていたような気もする。ということは、第一騎士団の人。年は三十前後と見た。自分の兄たちより少し年上くらい。
エレオノーラの脳内データベースを検索した結果、それに該当する人物は第一騎士団団長のジルベルト・リガウンがヒットした。
「おい、レオ。無事か? って何をやってるんだ、お前たちは」
なかなか姿を現さないエレオノーラを心配したのだろう。もしかしたら任務失敗と思ったのかもしれない。エレオノーラの上官かつ兄であるダニエル・フランシアがやって来た。
ダニエルは見てはいけないものを見てしまった、という表情をしている。そしてわざとらしく咳払いをしてから。
「リガウン団長、できれば私の部下を解放していただけると非常に助かります」
またジルベルトの左手がもみっと動いた。だが、ダニエルに気付きやっとエレオノーラを解放した。
「レオ、悪いが三階の東階段から仕掛けてくれ。行けるか? 残りは第一が押さえているようだ」
ダニエルも冷静にエレオノーラに命令をくだす。
「承知いたしました」
今まで押し倒されていましたという事実が無かったかのように、エレオノーラはすぐにその命令に従う。ただ、少し乱れてしまった衣服を直す。それが終わると、さっと駆け出した。そしてすぐに彼女の後ろ姿は見えなくなった。
「貴殿は諜報部のフランシア部長」
「はっ。第零騎士団諜報部ダニエル・フランシアであります。この度は、我が部下がご迷惑をおかけしたようで、申し訳ございません」
「いや。迷惑をかけたのは私のほうだ。ところで、先ほどの女性は?」
女性、という言葉にダニエルは敏感に反応した。今回のエレオノーラの任務は、男装したうえでの潜入捜査だ。見た目はどこからどう見ても男性。仲間にさえも、その事実は隠している。だが、なぜに女性とバレたのか。
「失礼ですが、リガウン団長。なぜあれを女性と?」
「ああ、すまない。触ってしまった」
どこに、と言わなくても、触って女性と気付く場所と言えば限られている。ダニエルは思わず吹き出しそうになったが、ここでも至って冷静という名の面をかぶる。
「そうでしたか。できればその事実を隠していただきたいのです。あれは私の妹ですが、諜報部の潜入班として所属しております故。本日、あれはこの酒場の男性店員です」
この建物は大きな高級酒場。ここで盗賊団が密売をしているという情報を仕入れ、ダニエルはエレオノーラを送り込んだ。エレオノーラには変装という特技がある。特技というよりは趣味ではないか、とダニエルは常々思っているのだが、あのエレオノーラの変装はとにかく見破ることができない。外見もそうであるが、内面も。
そしてこの酒場に潜入していたエレオノーラが、盗賊団の密売の決行日が本日であるという情報を仕入れた。そこでその盗賊団を押さえるために、第一騎士団を投入した、というところである。
盗賊団の粗方は第一騎士団のほうで取り押さえたようだが、肝心の親玉を取り逃がしたらしい。そこで、今、ダニエルはエレオノーラを差し向けるために彼女を探していた。この酒場の男性店員としてのエレオノーラであれば相手も油断するだろう、という考え。
「フランシア殿」
ダニエルがエレオノーラの後を追うためにその場を離れようとしたとき、ジルベルトに呼ばれた。相変わらずいいガタイをしているし、オールバックにしている髪型もその存在感を強調している。
「後日、貴殿の屋敷に伺ってもよいだろうか」
「何か、あれが失礼なことを?」
ダニエルは自分がいない間にエレオノーラがジルベルトに無礼を働いたのかと思った。
「いや。責任を取らせていただきたい」
「何の?」
ダニエルも思わず素が出てしまった。
「貴殿の妹を、妻に娶りたい」
まあ、自分も生物学的上は女性ではあるが。
だが今は、男性用のタキシードを着て、女性であることを隠していた。
「この手をどけていただきたいのですが」
押し倒されている側の女性、エレオノーラが冷静に言葉を放った。彼女が言うこの手とは、自分の右胸に乗っているその騎士様の左手。しかもその騎士様、どけて欲しいと言ったにも関わらず、その左手をもみもみと動かした。
挙句。
「君は、女性か?」とまで確認をしてきた。
「生物学的上は、それに分類されますが。ですが、今の私に性別は関係ありません。申し訳ありませんが、この後も仕事があるため、この手をどかしていただけると大変助かります」
エレオノーラは極めて冷静に言った。そう、彼女はいたって冷静。
この押し倒されているという過程の途中で、その騎士様と自分の唇があたってしまったという事故もあったが、それは事故であるため気にしない。
だがその事故を気にしている人がいるらしい。それが目の前の騎士様。
エレオノーラは脳みそをフル回転させた。この騎士様は誰だっけかなぁと。今日のこの任務は第一騎士団との合同と言っていたような気もする。ということは、第一騎士団の人。年は三十前後と見た。自分の兄たちより少し年上くらい。
エレオノーラの脳内データベースを検索した結果、それに該当する人物は第一騎士団団長のジルベルト・リガウンがヒットした。
「おい、レオ。無事か? って何をやってるんだ、お前たちは」
なかなか姿を現さないエレオノーラを心配したのだろう。もしかしたら任務失敗と思ったのかもしれない。エレオノーラの上官かつ兄であるダニエル・フランシアがやって来た。
ダニエルは見てはいけないものを見てしまった、という表情をしている。そしてわざとらしく咳払いをしてから。
「リガウン団長、できれば私の部下を解放していただけると非常に助かります」
またジルベルトの左手がもみっと動いた。だが、ダニエルに気付きやっとエレオノーラを解放した。
「レオ、悪いが三階の東階段から仕掛けてくれ。行けるか? 残りは第一が押さえているようだ」
ダニエルも冷静にエレオノーラに命令をくだす。
「承知いたしました」
今まで押し倒されていましたという事実が無かったかのように、エレオノーラはすぐにその命令に従う。ただ、少し乱れてしまった衣服を直す。それが終わると、さっと駆け出した。そしてすぐに彼女の後ろ姿は見えなくなった。
「貴殿は諜報部のフランシア部長」
「はっ。第零騎士団諜報部ダニエル・フランシアであります。この度は、我が部下がご迷惑をおかけしたようで、申し訳ございません」
「いや。迷惑をかけたのは私のほうだ。ところで、先ほどの女性は?」
女性、という言葉にダニエルは敏感に反応した。今回のエレオノーラの任務は、男装したうえでの潜入捜査だ。見た目はどこからどう見ても男性。仲間にさえも、その事実は隠している。だが、なぜに女性とバレたのか。
「失礼ですが、リガウン団長。なぜあれを女性と?」
「ああ、すまない。触ってしまった」
どこに、と言わなくても、触って女性と気付く場所と言えば限られている。ダニエルは思わず吹き出しそうになったが、ここでも至って冷静という名の面をかぶる。
「そうでしたか。できればその事実を隠していただきたいのです。あれは私の妹ですが、諜報部の潜入班として所属しております故。本日、あれはこの酒場の男性店員です」
この建物は大きな高級酒場。ここで盗賊団が密売をしているという情報を仕入れ、ダニエルはエレオノーラを送り込んだ。エレオノーラには変装という特技がある。特技というよりは趣味ではないか、とダニエルは常々思っているのだが、あのエレオノーラの変装はとにかく見破ることができない。外見もそうであるが、内面も。
そしてこの酒場に潜入していたエレオノーラが、盗賊団の密売の決行日が本日であるという情報を仕入れた。そこでその盗賊団を押さえるために、第一騎士団を投入した、というところである。
盗賊団の粗方は第一騎士団のほうで取り押さえたようだが、肝心の親玉を取り逃がしたらしい。そこで、今、ダニエルはエレオノーラを差し向けるために彼女を探していた。この酒場の男性店員としてのエレオノーラであれば相手も油断するだろう、という考え。
「フランシア殿」
ダニエルがエレオノーラの後を追うためにその場を離れようとしたとき、ジルベルトに呼ばれた。相変わらずいいガタイをしているし、オールバックにしている髪型もその存在感を強調している。
「後日、貴殿の屋敷に伺ってもよいだろうか」
「何か、あれが失礼なことを?」
ダニエルは自分がいない間にエレオノーラがジルベルトに無礼を働いたのかと思った。
「いや。責任を取らせていただきたい」
「何の?」
ダニエルも思わず素が出てしまった。
「貴殿の妹を、妻に娶りたい」
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