9 / 94
第一章(8)
しおりを挟む
アリシアはコリンナとシェリーと共に、モンクトン商会が所有する馬車へと乗り込んだ。御者はなかなかやってこないコリンナたちにやきもきしていたらしい。これ以上遅くなるようであれば、捜索願を出すところだったと半泣き状態だった。
それから、コリンナが言っていたお付きの者ことフランクも合流した。コリンナたちとはぐれてしまった後、血眼になって捜していたようだ。
コリンナがアリシアを紹介するとフランクは「ありがとうございます、ありがとうございます。奥様とお嬢様に何かあれば、僕が旦那様に殺されてしまうところでした。あなたは命の恩人です」と手を握られながらわけのわからぬ感謝のされ方をした。だが、彼の手に触れてわかった。彼もかなりの剣の使い手のようだ。
モンクトン商会の馬車は、しっかりとした造りで立派なものだった。これならば長時間座っていてもお尻が痛くならないのでは、とアリシアは少しだけウキウキしていた。なにしろ、ここからサバドまで馬車で三日かかるのだ。夜間は中継点で休むが、コリンナが言うにはきちんとした宿を用意してあるとのこと。さすが、モンクトン商会だ。きっとその関係の宿に違いない。
乗り合い馬車なら、納屋のような場所で雑魚寝しなければならなかっただろう。
それを思えば、コリンナの要求を受け入れてよかったのだ。
馬が二頭立ての馬車には、コリンナとシェリーの親子、侍女のサマンサ。そしてアリシアとフランク。御者兼護衛の男性が二人。
「シアさんは、どのような仕事をされていたの?」
コリンナはもてあます時間を埋めるかのように、アリシアに質問してくる。
「あ、えと……人に教える仕事です」
騎士団に所属しているとは言えない。伝令とは人に伝えることだが、それを教えると言い換える。
「まぁ。先生だったのね?」
その言葉には曖昧に微笑む。嘘はつきたくないが、本当のことは言えない。
「シア。ぽっぽちゃんは?」
シェリーは今年で四歳になるところだという。よほどぽっぽちゃんが気に入ったようだ。
「ぽっぽちゃんは、シェリーを守るために、馬車の周りを飛び回っています」
さすがに鳩まで馬車に乗せることはできない。シェリーはそれを残念がっていたが、アリシアが説得した。
それにぽっぽちゃんは賢い。異変があればすぐに教えてくれる。だから馬車より先に進んで、怪しいところがないかを確認しているのだ。多分。
馬車の旅はそれなりに快適だった。
この馬車に乗っているのがこの国の王女であったら、護衛が何十人もついての大移動となったであろう。だが、安全性に配慮して派手に移動すれば、逆に狙われる可能性も高くなる。守らなければならないものだからこそ護衛が多いと、悪巧みする者たちは考える。
だから彼らは、一般民が乗るような乗り合いの馬車は襲わない。襲ったところで盗れるものなど限られているため、体力の無駄である。
モンクトン商会はそれをわかっているのか、馬車の内装は素晴らしいのに、外装はいたって普通だった。乗り合い馬車と同じような、そんな簡素のものに見える。
金持ちが街と街を移動するような長旅をするときの、野盗避けの常套手段だ。
だが、そんな彼らだって、街中を移動するときは家紋の入った豪華な馬車で見せびらかすようにして移動する。
そうやって状況に応じて使い分け、自分たちの価値をどこでどう見せるかも戦略の一つとも言われている。
その日、太陽がだいぶ傾き空が橙色に染まる時間帯、そろそろ今日の宿場町に入ろうとしていた頃。
コツコツコツと馬車の窓を叩かれる。
「ぽっぽちゃん、ぽっぽちゃん」
最初に気づいたのはシェリーだった。
「どうしたのかしら?」
アリシアは首を傾げる。ぽっぽちゃんは馬車の周辺を飛び回っていたはずだが、もしかして中に入りたいのだろうか。
そのとき、馬車がガタガタッと大きく傾いた。
「え? 何?」
馬のいななく声が聞こえ、アリシアが窓から外の様子を確認すれば、馬が暴れている。御者は宥めようとしているが、完全に馬は我を失っている。
「フランクさん、このままでは馬車が……」
アリシアの言葉にフランクも外の状況を確認し、大きく頷く。
「奥様、お嬢様。このまま馬車に乗り続けるのは危険です。すぐにでも馬車から下ります」
「シェリー」
アリシアは小さなシェリーを抱き寄せる。
扉を開け、フランクとサマンサはコリンナを守るようにして馬車から飛び降り、アリシアは全身でシェリーを守りながら馬車から転げ落ちた。
それから、コリンナが言っていたお付きの者ことフランクも合流した。コリンナたちとはぐれてしまった後、血眼になって捜していたようだ。
コリンナがアリシアを紹介するとフランクは「ありがとうございます、ありがとうございます。奥様とお嬢様に何かあれば、僕が旦那様に殺されてしまうところでした。あなたは命の恩人です」と手を握られながらわけのわからぬ感謝のされ方をした。だが、彼の手に触れてわかった。彼もかなりの剣の使い手のようだ。
モンクトン商会の馬車は、しっかりとした造りで立派なものだった。これならば長時間座っていてもお尻が痛くならないのでは、とアリシアは少しだけウキウキしていた。なにしろ、ここからサバドまで馬車で三日かかるのだ。夜間は中継点で休むが、コリンナが言うにはきちんとした宿を用意してあるとのこと。さすが、モンクトン商会だ。きっとその関係の宿に違いない。
乗り合い馬車なら、納屋のような場所で雑魚寝しなければならなかっただろう。
それを思えば、コリンナの要求を受け入れてよかったのだ。
馬が二頭立ての馬車には、コリンナとシェリーの親子、侍女のサマンサ。そしてアリシアとフランク。御者兼護衛の男性が二人。
「シアさんは、どのような仕事をされていたの?」
コリンナはもてあます時間を埋めるかのように、アリシアに質問してくる。
「あ、えと……人に教える仕事です」
騎士団に所属しているとは言えない。伝令とは人に伝えることだが、それを教えると言い換える。
「まぁ。先生だったのね?」
その言葉には曖昧に微笑む。嘘はつきたくないが、本当のことは言えない。
「シア。ぽっぽちゃんは?」
シェリーは今年で四歳になるところだという。よほどぽっぽちゃんが気に入ったようだ。
「ぽっぽちゃんは、シェリーを守るために、馬車の周りを飛び回っています」
さすがに鳩まで馬車に乗せることはできない。シェリーはそれを残念がっていたが、アリシアが説得した。
それにぽっぽちゃんは賢い。異変があればすぐに教えてくれる。だから馬車より先に進んで、怪しいところがないかを確認しているのだ。多分。
馬車の旅はそれなりに快適だった。
この馬車に乗っているのがこの国の王女であったら、護衛が何十人もついての大移動となったであろう。だが、安全性に配慮して派手に移動すれば、逆に狙われる可能性も高くなる。守らなければならないものだからこそ護衛が多いと、悪巧みする者たちは考える。
だから彼らは、一般民が乗るような乗り合いの馬車は襲わない。襲ったところで盗れるものなど限られているため、体力の無駄である。
モンクトン商会はそれをわかっているのか、馬車の内装は素晴らしいのに、外装はいたって普通だった。乗り合い馬車と同じような、そんな簡素のものに見える。
金持ちが街と街を移動するような長旅をするときの、野盗避けの常套手段だ。
だが、そんな彼らだって、街中を移動するときは家紋の入った豪華な馬車で見せびらかすようにして移動する。
そうやって状況に応じて使い分け、自分たちの価値をどこでどう見せるかも戦略の一つとも言われている。
その日、太陽がだいぶ傾き空が橙色に染まる時間帯、そろそろ今日の宿場町に入ろうとしていた頃。
コツコツコツと馬車の窓を叩かれる。
「ぽっぽちゃん、ぽっぽちゃん」
最初に気づいたのはシェリーだった。
「どうしたのかしら?」
アリシアは首を傾げる。ぽっぽちゃんは馬車の周辺を飛び回っていたはずだが、もしかして中に入りたいのだろうか。
そのとき、馬車がガタガタッと大きく傾いた。
「え? 何?」
馬のいななく声が聞こえ、アリシアが窓から外の様子を確認すれば、馬が暴れている。御者は宥めようとしているが、完全に馬は我を失っている。
「フランクさん、このままでは馬車が……」
アリシアの言葉にフランクも外の状況を確認し、大きく頷く。
「奥様、お嬢様。このまま馬車に乗り続けるのは危険です。すぐにでも馬車から下ります」
「シェリー」
アリシアは小さなシェリーを抱き寄せる。
扉を開け、フランクとサマンサはコリンナを守るようにして馬車から飛び降り、アリシアは全身でシェリーを守りながら馬車から転げ落ちた。
489
あなたにおすすめの小説
国の英雄は愛妻を思い出せない
山田ランチ
恋愛
大幅変更と加筆の為、再掲載しております。以前お読み下さっていた方はご注意下さいませ。
あらすじ
フレデリックは戦争が終結し王都へと戻る途中、襲われて崖から落ち記憶の一部を失くしてしまう。失った記憶の中には、愛する妻のアナスタシアの記憶も含まれていた。
周囲の者達からは、アナスタシアとは相思相愛だったと言われるがフレデリックだが覚えがない。そんな時、元婚約者のミレーユが近付いてくる。そして妻のアナスタシアはどこかフレデリックの記憶を取り戻す事には消極的なようで……。
記憶を失う原因となった事件を辿るうちに、中毒性のある妙な花が王城に蔓延していると気が付き始めたフレデリック達はその真相も追う事に。そんな中、アナスタシアは記憶がなく自分を妻として見れていない事を苦しむフレデリックを解放する為、離婚を決意する。しかし陰謀の影はアナスタシアにも伸びていた。
登場人物
フレデリック・ギレム
ギレム侯爵家の次男で、遠征第一部隊の隊長。騎士団所属。28歳。
アナスタシア
フレデリックの妻。21歳。
ディミトリ・ドゥ・ギレム
ギレム侯爵家当主。フレデリックの兄。33歳。
ミレーユ・ベルナンド
ベルナンド侯爵の妻で、フレデリックの元婚約者。26歳。
モルガン
フレデリックの部下。おそらく28歳前後。
愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください
無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――
勘違い妻は騎士隊長に愛される。
更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。
ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ――
あれ?何か怒ってる?
私が一体何をした…っ!?なお話。
有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。
※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。
婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。
目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。
「あなたは、どなたですか?」
その一言に、彼の瞳は壊れた。
けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。
セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。
優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。
――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。
一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。
記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。
これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
大好きなあなたを忘れる方法
山田ランチ
恋愛
あらすじ
王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。
魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。
登場人物
・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。
・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。
・イーライ 学園の園芸員。
クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。
・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。
・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。
・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。
・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。
・マイロ 17歳、メリベルの友人。
魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。
魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。
ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。
私たちの離婚幸福論
桔梗
恋愛
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。
しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。
彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。
信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。
だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。
それは救済か、あるいは——
真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる