【R18】記憶をなくした女騎士、子育てに奔走していたら元彼が追いかけてきたらしい

澤谷弥(さわたに わたる)

文字の大きさ
18 / 94

第二章(6)

 モンクトン家の屋敷を後にし、庭園を抜けようとしたそのとき、ふいに声がかかった。

「シア。待ってくれ」

 ボブが大きな身体を上下に揺らしながら走ってくる。だが、ヘリオスはお腹が空いて不機嫌そうだ。仕方なく息子を抱き上げた。

「ボブ、何かありましたか?」
「あぁ。六日後に王太子殿下を招いて晩餐会を開くのだが、料理に使う香辛料が足りなくて。王都の支店から運んでもらいたいんだ。それから演出に使うための魔石も足りなかった」

 魔石とは魔力が込められた石のこと。魔力を持つ人間はゼロではないが数少ない。たいていは魔石が持つ魔力を使って、灯りにしたり火をつけたりしている。今回は王太子をもてなすことから、魔石の力で光の演出をしようとしていた。

 貴重な魔石ではあるが、モンクトン商会はいくつか鉱山を所有しているため、安価で質のよい魔石が比較的楽に手に入る。

「在庫は確認していたはずなのに。実際に今日、準備を始めたらどちらも在庫が足りないことに気づいてね」

 そこでボブはシアに手紙を渡す。

「この手紙を明日の朝、王都まで運んでもらえないか? 定期便に追加で送るよう書いてある」

 シアは鳩を飼っている。どうやら記憶を失う前から飼っていた鳩で名前はぽっぽちゃんという。それを教えてくれたのはシェリーだった。

 そしてぽっぽちゃんは通信文をやりとりできる伝書鳩でもある。サバドと王都間を今までも何度も往復していた。

 さすがにこれからの時間にぽっぽちゃんを飛ばすのは気が引けたので、明日の朝と言ってもらえたのはありがたい。ボブだって急いでいるだろうに。

 彼に別れを告げて家路を急ごうとすれば、また声をかけられる。

「シアさん。家まで送りますよ」

 モンクトン商会の従業員のフランクだ。赤茶の髪を短く清潔に刈り上げている彼は、女性従業員からも客からも評判がよい。

 シアを追いかけるボブについてきたのだろう。ボブは屋敷へと戻っていったが、フランクはそこにとどまってシアに声をかけてきたのだ。

「え? でも、すぐそこですし……」

 借りているアパートメントはモンクトン商会と養護院の間にあって、その三点を線で結べば三角形になり、歩いて行き来できる距離。

「ええ、ですが今日は人の出が多いでしょう? おいで、ヘリオス。肩に乗せてあげる」

 魅力的な言葉を聞いたヘリオスは、フランクに向かって腕を伸ばす。お腹が空いたとぐずっていたのに現金なものだ。

 ヘリオスはモンクトン商会に育ててもらっているといっても過言ではない。その従業員のフランクだからこそ、ヘリオスも喜んで彼の肩に乗る。

「たかいね~」
「暴れるなよ、落ちるぞ」

 フランクもヘリオスが落ちないようにと、小さな足をしっかりと握っているが、子どもの動きとは予想などできないもの。暴れて頭から落ちることだってじゅうぶんにあり得るのだ。

「あい」

 元気よく返事をしたヘリオスは、フランクの頭をぎゅっと掴んだ。

「実は、会長夫人から言われたんです」

 家路を急ぐなか、フランクがふと口を開いた。

「思いを寄せる相手がいるなら、他人を頼らず自分でいけって」

 それは先日、コリンナから好みの男性を聞かれた話と通ずるものがある。

「でも、僕は臆病だから……。こうやって、少しずつ僕を知ってもらう作戦に出ました」

 それではまるで、遠回しに好きだと言われているような気もするのだが、自惚れだろうか。

「シアさんも仕事があるし。僕も会長の下でいろいろと学ばせてもらっている時期ですけど。送ることくらいはできるかなって」

 ほんのりと彼の頬が赤くなっているのは、沈みかけの太陽のせいだろうか。
感想 27

あなたにおすすめの小説

夫の幼馴染が「あなたと結婚できなかった」と泣いた日、私は公爵夫人をやめると決めました

柴田はつみ
恋愛
舞踏会で、エレノアは聞いてしまった。 「あなたと結婚できなかったことが、今でも苦しいの」 そう泣いたのは、夫アレクシスの幼馴染ローズだった。 優しい夫。けれど、その優しさはいつも彼女へ向けられる。 公爵夫人として隣にいるのは自分なのに、彼の心だけは別の場所にあるのだと思っていた。 だからエレノアは、静かに決める。 もう、あなたの妻でいることを望みません。

冷酷王子に嫌われているはずが、なぜか毎晩呼び出されます

すみひろ
恋愛
 王城の大広間が、静まり返っていた。  誰もが息を呑み、視線を集める先――そこには、第一王子レオンハルト殿下と、その婚約者である私、リリアーナが立っている。 「リリアーナ・エヴァンズ。君との婚約を破棄する」  冷え切った声だった。  まるで氷を削ったような、感情のない声音。  周囲からざわめきが広がる。  けれど私は驚かなかった。  だって、この日が来ることはずっと前から分かっていたから。

この結婚は間違いじゃない〜告白相手を間違えた令嬢は、溺愛されていることに気づかない〜

涙乃(るの)
恋愛
「別れよう、リディア。 元々、この結婚は間違いだった。お互いの……いや、私達三人のためにも、なかったことにしよう」 夫であるフレデリック・アシュモフ伯爵から、突然離縁宣言をされたリディア。 そこには、とある事情があった。 リディアは再婚であり、最初の夫である騎士のアーサーは、7年前から行方不明となっていた。 そのアーサーが、7年ぶりに帰還するという報せを受け取ったのだ。 その為、フレデリックはリディアの為に離縁を決意する。 リディアは、別れたくなくて取り乱してしまい、フレデリックを転倒させてしまう。 倒れた拍子に頭を打ったせいで、フレデリックが記憶喪失に……? ゆるふわっとした1万字程度の短編です。 こちらの作品のMV制作していただきました

結局最後まで、旦那様は私の警告に気づかないのでした

黄枯茶
恋愛
本来なら喜ぶべき旦那からのプレゼント。しかしそれは妻の望まないものでしかなかった。

「つかれてる」と彼氏に拒まれる金曜の夜

唯崎りいち
恋愛
大好きだった彼は、最近私を「つかれてる」と拒絶する。 職場で無視され、家でも冷たく突き放され、ついに私は限界を迎えた。 涙とともに眠りについた、ある金曜日の夜。 変わり果てた二人の関係は、予想もしない結末を迎える。

旦那さまは私のために嘘をつく

小蔦あおい
恋愛
声と記憶をなくしたシェリルには魔法使いの旦那さまがいる。霧が深い渓谷の間に浮かぶ小さな島でシェリルは旦那さまに愛されて幸せに暮らしていた。しかし、とある新聞記事をきっかけに旦那さまの様子がおかしくなっていっていく。彼の書斎から怪しい手紙を見つけたシェリルは、旦那さまが自分を利用していることを知ってしまって……。 記憶も声もなくした少女と、彼女を幸せにするために嘘で包み込もうとする魔法使いのお話。

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

夫に相手にされない侯爵夫人ですが、記憶を失ったので人生やり直します。

MIRICO
恋愛
第二章【記憶を失った侯爵夫人ですが、夫と人生やり直します。】完結です。 記憶を失った私は侯爵夫人だった。しかし、旦那様とは不仲でほとんど話すこともなく、パーティに連れて行かれたのは結婚して数回ほど。それを聞いても何も思い出せないので、とりあえず記憶を失ったことは旦那様に内緒にしておいた。 旦那様は美形で凛とした顔の見目の良い方。けれどお城に泊まってばかりで、お屋敷にいてもほとんど顔を合わせない。いいんですよ、その間私は自由にできますから。 屋敷の生活は楽しく旦那様がいなくても何の問題もなかったけれど、ある日突然パーティに同伴することに。 旦那様が「わたし」をどう思っているのか、記憶を失った私にはどうでもいい。けれど、旦那様のお相手たちがやけに私に噛み付いてくる。 記憶がないのだから、私は旦那様のことはどうでもいいのよ? それなのに、旦那様までもが私にかまってくる。旦那様は一体何がしたいのかしら…? 小説家になろう様に掲載済みです。