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第三章(12)
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ボーン、ボーン、ボーン……。
時を打つ柱時計の重厚な音が、遠くから響いてきた。
はっと目を開けたシアは、ここはどこだと思案する。部屋は明るい。それに見たことのある部屋だ。
どうやら自分は寝台で横になっていたようだ。身体を起こそうとしたとき、ズキリと肩が痛み、身体は鉛のように重い。
「うっ……」
予想外の痛みに、シアは息を呑んだ。
「お目覚めですか? シアさん」
「あ……サマンサさん……」
サマンサはモンクトン家で働く年配の侍女だ。コリンナがギニー国から連れてきたと聞いている。コリンナが嫁いだばかりの頃は、ボブに対して不満を隠さなかったサマンサだったが、彼の誠実さとコリンナへの深い愛情を目にするうちに、この屋敷での生活を受け入れるようになったらしい。
「あっ……」
シアの足元にしがみつくようにして、ヘリオスが眠っていた。幼い寝息が、部屋の静けさに溶け込んでいる。
「フランクさんがヘリオス坊ちゃんを連れてきたのですが……シアさんから離れなくて。仕方なく、そのままにしておきましたら、眠ってしまわれたようです」
ここはモンクトンの屋敷にある客室だ。シアが今のアパートメントに移り住む前に使っていた部屋。
「今は、何時でしょう?」
「えぇ、夜の十時です。シアさんは三時間ほど、眠っておられました。着替えは私のほうでさせていただきました。その……服がやぶけておりましたので……」
サマンサが言うように、シアはガウンを羽織っていた。肩の傷を覆う包帯が、ガウンの下でかすかに感じられる。
「何から何まで申し訳ありません。ありがとうございます」
シアが礼を口にすると「とんでもございません」とサマンサは笑顔で返す。
「今、人を呼んできます。起きたら、薬を飲ませたいとおっしゃっていたものですから」
サマンサの話を聞いて、シアも記憶を探った。
フランクにヘリオスを預け、モンクトン商会の屋敷にやってきた。そこで晩餐会が行われている大広間に行き、刺客に狙われた王太子をかばい、肩に矢がかすった。かすっただけだから、大した怪我ではないと思っていたのだ。
犯人を捕まえるべく二階のギャラリーへ向かったところまでは覚えているが、そこからパタリと記憶がない。
(やはり、毒……)
ランドルフに向かって放たれた矢には、毒が塗られていたのだ。傷が浅かったからと油断していたところ、毒が身体に回ってしまい、気を失ったと考えるのが無難だろう。
遠慮がちに扉を叩く音がした。
「はい」
扉がゆっくりと開き、廊下の薄明かりが室内に入り込む。逆光の中に立つ人影が、魔石ランプによって照らされた。
「ジェイラス……さん?」
部屋に現れたのは、なぜかジェイラスだった。王太子の側では冷静沈着な表情をしている彼だが、今はその顔には焦りが浮かんでいた。
「目が覚めたようでよかった。傷はどうだ? 痛まないか?」
その声には、どこか安堵の色もにじむ。
「あ、はい。大丈夫です。ご迷惑をおかけしたようで……申し訳ありません……」
「いや……こちらも、侵入者に気がつかなかった。君がすぐに動いてくれたから、殿下はかすり傷一つ負わなかった」
そこまで言ったジェイラスの視線は、真っすぐにヘリオスを捉えている。彼は、子どもが好きなのだろうか。昨日の子どもたちへの指導からも、そんな様子が感じられた。
「息子です。そこで眠ってしまったみたいで」
「なるほど。君の側を離れたくなかったのだな? このままでは風邪を引く。隣に寝かせよう。だが、先にこれを飲んでくれ。解毒剤だ」
ジェイラスの手にはどろりとした緑色の液体が入ったカップが握られている。見るからに不快な色で、思わず顔をしかめてしまう。
「そんな顔をしないで、飲んでくれ」
どうやら嫌悪感が顔に出てしまったらしい。ジェイラスが困ったように眉をハの形にしつつも、口元には微かな笑みを浮かべている。
時を打つ柱時計の重厚な音が、遠くから響いてきた。
はっと目を開けたシアは、ここはどこだと思案する。部屋は明るい。それに見たことのある部屋だ。
どうやら自分は寝台で横になっていたようだ。身体を起こそうとしたとき、ズキリと肩が痛み、身体は鉛のように重い。
「うっ……」
予想外の痛みに、シアは息を呑んだ。
「お目覚めですか? シアさん」
「あ……サマンサさん……」
サマンサはモンクトン家で働く年配の侍女だ。コリンナがギニー国から連れてきたと聞いている。コリンナが嫁いだばかりの頃は、ボブに対して不満を隠さなかったサマンサだったが、彼の誠実さとコリンナへの深い愛情を目にするうちに、この屋敷での生活を受け入れるようになったらしい。
「あっ……」
シアの足元にしがみつくようにして、ヘリオスが眠っていた。幼い寝息が、部屋の静けさに溶け込んでいる。
「フランクさんがヘリオス坊ちゃんを連れてきたのですが……シアさんから離れなくて。仕方なく、そのままにしておきましたら、眠ってしまわれたようです」
ここはモンクトンの屋敷にある客室だ。シアが今のアパートメントに移り住む前に使っていた部屋。
「今は、何時でしょう?」
「えぇ、夜の十時です。シアさんは三時間ほど、眠っておられました。着替えは私のほうでさせていただきました。その……服がやぶけておりましたので……」
サマンサが言うように、シアはガウンを羽織っていた。肩の傷を覆う包帯が、ガウンの下でかすかに感じられる。
「何から何まで申し訳ありません。ありがとうございます」
シアが礼を口にすると「とんでもございません」とサマンサは笑顔で返す。
「今、人を呼んできます。起きたら、薬を飲ませたいとおっしゃっていたものですから」
サマンサの話を聞いて、シアも記憶を探った。
フランクにヘリオスを預け、モンクトン商会の屋敷にやってきた。そこで晩餐会が行われている大広間に行き、刺客に狙われた王太子をかばい、肩に矢がかすった。かすっただけだから、大した怪我ではないと思っていたのだ。
犯人を捕まえるべく二階のギャラリーへ向かったところまでは覚えているが、そこからパタリと記憶がない。
(やはり、毒……)
ランドルフに向かって放たれた矢には、毒が塗られていたのだ。傷が浅かったからと油断していたところ、毒が身体に回ってしまい、気を失ったと考えるのが無難だろう。
遠慮がちに扉を叩く音がした。
「はい」
扉がゆっくりと開き、廊下の薄明かりが室内に入り込む。逆光の中に立つ人影が、魔石ランプによって照らされた。
「ジェイラス……さん?」
部屋に現れたのは、なぜかジェイラスだった。王太子の側では冷静沈着な表情をしている彼だが、今はその顔には焦りが浮かんでいた。
「目が覚めたようでよかった。傷はどうだ? 痛まないか?」
その声には、どこか安堵の色もにじむ。
「あ、はい。大丈夫です。ご迷惑をおかけしたようで……申し訳ありません……」
「いや……こちらも、侵入者に気がつかなかった。君がすぐに動いてくれたから、殿下はかすり傷一つ負わなかった」
そこまで言ったジェイラスの視線は、真っすぐにヘリオスを捉えている。彼は、子どもが好きなのだろうか。昨日の子どもたちへの指導からも、そんな様子が感じられた。
「息子です。そこで眠ってしまったみたいで」
「なるほど。君の側を離れたくなかったのだな? このままでは風邪を引く。隣に寝かせよう。だが、先にこれを飲んでくれ。解毒剤だ」
ジェイラスの手にはどろりとした緑色の液体が入ったカップが握られている。見るからに不快な色で、思わず顔をしかめてしまう。
「そんな顔をしないで、飲んでくれ」
どうやら嫌悪感が顔に出てしまったらしい。ジェイラスが困ったように眉をハの形にしつつも、口元には微かな笑みを浮かべている。
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