下士官の歪な愛の運び方

サクラギ

文字の大きさ
上 下
7 / 10

7 喪失の夜

しおりを挟む
 マルスが軍を去り、神殿に聖帝はいない。

 新たな聖帝を頂く為の神事が神殿で行われ、第二指揮官を失った軍は会議に追われている。

 俺は虚しさを胸に秘め、毎日の任務を粛々と熟している。

 生まれ育った辺境の街で暮らす両親と兄妹がいる。城勤めは一兵であろうが給金が良い。毎月の仕送りを滞らせる訳には行かない。

 我儘を言って軍学校に通わせて貰った。兄は家業を継いで酪農をしている。その手伝いを妹がしていて——これ以上、苦労を掛けたくはない。

 今月の仕送りを総務部に頼み、残りの金をポケットに仕舞う。

 食事は3食付くし、寮の部屋代はいらない。服も備品も支給品で事足り、賭け事をせず、酒も飲まない。たまに王都の流行りのお菓子や誕生日プレゼントを買い、実家に送るくらいだろうか。

 給金の殆どを仕送りにしているが、軍学校を出て軍に入り、この五年、不自由に思ったことはない。

 何もない。
 これが日常だ。
 今までが異常だった。
 この世の両極にある美形が身近であるなど、あってはならない。

 夜勤の仮眠時が一番つらい。
 朝の理不尽な行為から、イジメのような強要を経て、神と同意である聖帝に触れられる——迎えた朝に愛を告げられ、強要される痛みを感受する——間に立たされ、妙な熱だけを抱えさせられる理不尽さに苛立ちながら、その実、愛に侵され続けた日々。

「——愛している」

 暗い物置の闇に紛れ、囁いてみる。

 届かない想いが燻り続け、蝕んでいる。

「——なぜ? マルス、なぜ……」

 なぜあの日、一度もした事のない口付けを交わし、愛を囁いたのか。

 聖帝の残香を持たない俺を、なぜ追いかけて来たのか。

 あの日のマルスの、俺から遠去かる一歩の、砂を踏む音が忘れられない。

 この部屋に来る、闇から現れる聖帝の一歩と、同じ。
しおりを挟む

処理中です...