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2 恭弥と泉水
大学は高校と違って自由度が高い。
学ぶ項目も時間も自分で選べるし、好きな場所に行ける。
ただ自由度が高いぶん、人付き合いも自由で、静稀はひとりを選ぶことが多かった。でもそうすると静稀を狙って来る相手を避けるのも難しくなる。
「静稀くん、これからランチどう?」
午前最後の講義を終えると、待ってましたとばかりに女性が声を掛けて来る。こういう時、本当に困る。
静稀は人付き合いがうまくない。しかも、特定の友人がほとんどいない。同じゼミとかサークルとか、そういう繋がりの仲間意識を持つ人たちが多い中、静稀はどの群れにも属していない。だから個別に声を掛けられやすい。
「……えっと、そうだね……」
詰め寄って来た女性三人を前にして言葉を詰まらせるのは、その向こうにいる男の冷めた視線が気になるからだ。静稀ばかりが声を掛けられることを面白く思わない男が多数いる。「早く特定の相手作れば良いのに」「ああやって断って優越感に浸っている」「そんなカッコいいか?」「ただの暗いヤツだろ」……様々な嘲り声が聞こえて来る。それに対して女が反論の声を上げ始めて、軽い混乱に陥った。
静稀は逃げたいと思っていたけど、通り道を三人に阻まれている。口喧嘩が始まった少し遠い場所へ何を言えば良いのかもわからない。
「静稀、来いよ」
講堂の後ろのドアから声が掛けられた。
見れば唯一の友とも呼べる橋爪恭弥(はしづめきょうや)がいた。
「ごめんね、あいつと約束があるから」
そう言って強引に彼女らを避け、助かったとばかりに逃げた。
「えー静稀くん、行っちゃうの? たまには遊んでよぉ」
すり鉢状になっている講堂の机脇の階段を上がり、後ろは振り向かないと決めて恭弥を目指す。
「ごめん、ありがとう」
恭弥と並んで講堂を後にした。
「ほんと、おまえ、面倒くせえ立場だな」
恭弥はため息交じりにそう言うと、静稀の肩に手を置いた。
「俺だって面倒だよ」
「まあ、そうだろうな。適当に女作れば?」
「……振られたの、知ってるだろ?」
まだ1ヵ月前のことだ。傷も癒えていない。
彼女とは1年の初めに付き合いだして、1年ちょっと続いていた。その間、大学以外で会ったのは月1程度で、世の中の付き合い方としては軽いのだろうと思う。でも確かに女避けにはなっていたと、別れてすぐに思い知ることになった。
しかも同じ学年、同じ学部の相手だったから、別れた話がすぐに広がった。別れたのなら次は私。そういう思考にあるらしい。静稀には考えられない判断だ。
「いっそ恭弥、俺の相手だって言ってくれない?」
恭弥はゲイだ。静稀がバイトしているバーに恋人と来て、キスしていた。それが恭弥だと知らずに酒を運び、視線を合わせ、気まずい思いをした。それが半年前のこと。
「俺だってバラしてねえのに、なんでおまえの相手だって言わなきゃなんねえの? しかも彼氏にキレられる。っつうか、ただでさえおまえを紹介しろとか言われてんだぜ? 俺の優しさの上に成り立っている友情だけで我慢しろ」
「泉水(いずみ)くんだった? 紹介してよ。可愛い子に癒されたい」
恭弥の彼氏の泉水は、高校の時からの付き合いらしく、別の大学に行っている。華奢で清楚なイメージの綺麗な顔立ちの男だ。静稀が会った時は完全に素の状態だったらしく、貴重な瞬間に出会ったのだと、後から恭弥に聞いた。
恭弥は大学内で目立っている。大型のバイクに乗っているし、人の輪の中心にいるタイプだ。
静稀には同じ大学の同じ講義を取っている人だという認識しかなかった。
講義後、静稀に話掛けた恭弥は、男と付き合っていることを内緒にしてくれというお願いをした。静稀は別に誰かに話す気なんてなかったし、むしろ話す相手もいないと言って、恭弥を安心させた。
静稀に偏見はない。駅近のバーでバイトをしているから、そういう客も多い。言い寄られることもあった。タイプじゃなかったからお断りしたが、泉水みたいな可愛い子だったら、お試しの付き合いくらい承諾したのだろうと思う。
「猫カフェでも行って癒されてろよ、それかキャバクラ? ああ、おまえは接待なんかされねえでも相手に困らねえか」
大学の棟を出て構内を歩く。大学内にもカフェや食堂があるけど、見知った女の暑苦しい視線の中で食事を取る気にならないから、恭弥と行くのは構外の個室のあるカフェだ。
いつものカフェの個室に案内されて、ランチを注文する。珈琲付きで800円のランチが定番で、内容は日替わり。
「女の高い声が苦手なんだ。あと数人で囲まれる状況になると思考が止まる」
静稀がそう言うと、恭弥は噴き出すように笑った。
「だから泉水って、確かに声は高くねえし、ごちゃごちゃうるさくしねえけど、極端に男に行かなくても、そういうことしねえ女もいるだろ?」
「いや、とりあえずそういうの、今は良い。前の付き合いで懲りた。デートの約束とか、ラインの返信とか、交友関係に口出しされるのとか、機嫌を取るのとか、ぜんぶ、疲れる」
「それは男も女も変わんねえよ、静稀の気持ち次第ってことだろ?」
運ばれて来たランチを前に、箸を持つ手が止まる。
恭弥はもう大口を開けて食べ始めている。
「好きだと思っていたんだけどな、最初は」
好きだ、付き合って欲しいと言われ、可愛いし、健気な姿に絆されて、いいよと言った。
最初のデートから、初めての朝帰りを経て、彼女の態度が変わって行く。独占欲なのだろうか。優越を含んだ行動や表情を見て冷めて行く。好きだったのかと聞かれて思うのは、好きだった、最初は、ということ。人は変わる。静稀も変わったのだろう。お互いがいつまでも同じ気持ちでいるのは難しい。
「まあ、誰と付き合っても合わねえヤツは合わねえだろ」
「泉水くんとは長いの?」
お味噌汁に口を付け、おかずを取る。
「うん、まあな、高校の時はただの友達のひとりだったんだ。あの狭い世界ではなかなか難しいだろ? 卒業して入学するまでの間にいろいろ考えた。考えたのは泉水も一緒で、一人暮らし始めた部屋に押し掛けて来た」
「泉水くんが?」
泉水は見た目がおとなしい。そんな好きな男の家に押し掛けて行くような強い感情を持ち合わせていないように見える。
「いや、おまえが見たのは泉水の珍しい素だったって。普段は違うぜ? それに、あいつ、中身は男だ。俺なんかよりはるかに強いよ」
「それでずっと同棲してる?」
「いや、あいつ実家の方が大学に近いからな、休みの日に泊まりに来てる感じ……っていうか、なんで静稀にそんなことまで話さなきゃなんねえの?」
照れたのを隠すように、恭弥は怒り出した。静稀は思わず笑ってしまった。
学ぶ項目も時間も自分で選べるし、好きな場所に行ける。
ただ自由度が高いぶん、人付き合いも自由で、静稀はひとりを選ぶことが多かった。でもそうすると静稀を狙って来る相手を避けるのも難しくなる。
「静稀くん、これからランチどう?」
午前最後の講義を終えると、待ってましたとばかりに女性が声を掛けて来る。こういう時、本当に困る。
静稀は人付き合いがうまくない。しかも、特定の友人がほとんどいない。同じゼミとかサークルとか、そういう繋がりの仲間意識を持つ人たちが多い中、静稀はどの群れにも属していない。だから個別に声を掛けられやすい。
「……えっと、そうだね……」
詰め寄って来た女性三人を前にして言葉を詰まらせるのは、その向こうにいる男の冷めた視線が気になるからだ。静稀ばかりが声を掛けられることを面白く思わない男が多数いる。「早く特定の相手作れば良いのに」「ああやって断って優越感に浸っている」「そんなカッコいいか?」「ただの暗いヤツだろ」……様々な嘲り声が聞こえて来る。それに対して女が反論の声を上げ始めて、軽い混乱に陥った。
静稀は逃げたいと思っていたけど、通り道を三人に阻まれている。口喧嘩が始まった少し遠い場所へ何を言えば良いのかもわからない。
「静稀、来いよ」
講堂の後ろのドアから声が掛けられた。
見れば唯一の友とも呼べる橋爪恭弥(はしづめきょうや)がいた。
「ごめんね、あいつと約束があるから」
そう言って強引に彼女らを避け、助かったとばかりに逃げた。
「えー静稀くん、行っちゃうの? たまには遊んでよぉ」
すり鉢状になっている講堂の机脇の階段を上がり、後ろは振り向かないと決めて恭弥を目指す。
「ごめん、ありがとう」
恭弥と並んで講堂を後にした。
「ほんと、おまえ、面倒くせえ立場だな」
恭弥はため息交じりにそう言うと、静稀の肩に手を置いた。
「俺だって面倒だよ」
「まあ、そうだろうな。適当に女作れば?」
「……振られたの、知ってるだろ?」
まだ1ヵ月前のことだ。傷も癒えていない。
彼女とは1年の初めに付き合いだして、1年ちょっと続いていた。その間、大学以外で会ったのは月1程度で、世の中の付き合い方としては軽いのだろうと思う。でも確かに女避けにはなっていたと、別れてすぐに思い知ることになった。
しかも同じ学年、同じ学部の相手だったから、別れた話がすぐに広がった。別れたのなら次は私。そういう思考にあるらしい。静稀には考えられない判断だ。
「いっそ恭弥、俺の相手だって言ってくれない?」
恭弥はゲイだ。静稀がバイトしているバーに恋人と来て、キスしていた。それが恭弥だと知らずに酒を運び、視線を合わせ、気まずい思いをした。それが半年前のこと。
「俺だってバラしてねえのに、なんでおまえの相手だって言わなきゃなんねえの? しかも彼氏にキレられる。っつうか、ただでさえおまえを紹介しろとか言われてんだぜ? 俺の優しさの上に成り立っている友情だけで我慢しろ」
「泉水(いずみ)くんだった? 紹介してよ。可愛い子に癒されたい」
恭弥の彼氏の泉水は、高校の時からの付き合いらしく、別の大学に行っている。華奢で清楚なイメージの綺麗な顔立ちの男だ。静稀が会った時は完全に素の状態だったらしく、貴重な瞬間に出会ったのだと、後から恭弥に聞いた。
恭弥は大学内で目立っている。大型のバイクに乗っているし、人の輪の中心にいるタイプだ。
静稀には同じ大学の同じ講義を取っている人だという認識しかなかった。
講義後、静稀に話掛けた恭弥は、男と付き合っていることを内緒にしてくれというお願いをした。静稀は別に誰かに話す気なんてなかったし、むしろ話す相手もいないと言って、恭弥を安心させた。
静稀に偏見はない。駅近のバーでバイトをしているから、そういう客も多い。言い寄られることもあった。タイプじゃなかったからお断りしたが、泉水みたいな可愛い子だったら、お試しの付き合いくらい承諾したのだろうと思う。
「猫カフェでも行って癒されてろよ、それかキャバクラ? ああ、おまえは接待なんかされねえでも相手に困らねえか」
大学の棟を出て構内を歩く。大学内にもカフェや食堂があるけど、見知った女の暑苦しい視線の中で食事を取る気にならないから、恭弥と行くのは構外の個室のあるカフェだ。
いつものカフェの個室に案内されて、ランチを注文する。珈琲付きで800円のランチが定番で、内容は日替わり。
「女の高い声が苦手なんだ。あと数人で囲まれる状況になると思考が止まる」
静稀がそう言うと、恭弥は噴き出すように笑った。
「だから泉水って、確かに声は高くねえし、ごちゃごちゃうるさくしねえけど、極端に男に行かなくても、そういうことしねえ女もいるだろ?」
「いや、とりあえずそういうの、今は良い。前の付き合いで懲りた。デートの約束とか、ラインの返信とか、交友関係に口出しされるのとか、機嫌を取るのとか、ぜんぶ、疲れる」
「それは男も女も変わんねえよ、静稀の気持ち次第ってことだろ?」
運ばれて来たランチを前に、箸を持つ手が止まる。
恭弥はもう大口を開けて食べ始めている。
「好きだと思っていたんだけどな、最初は」
好きだ、付き合って欲しいと言われ、可愛いし、健気な姿に絆されて、いいよと言った。
最初のデートから、初めての朝帰りを経て、彼女の態度が変わって行く。独占欲なのだろうか。優越を含んだ行動や表情を見て冷めて行く。好きだったのかと聞かれて思うのは、好きだった、最初は、ということ。人は変わる。静稀も変わったのだろう。お互いがいつまでも同じ気持ちでいるのは難しい。
「まあ、誰と付き合っても合わねえヤツは合わねえだろ」
「泉水くんとは長いの?」
お味噌汁に口を付け、おかずを取る。
「うん、まあな、高校の時はただの友達のひとりだったんだ。あの狭い世界ではなかなか難しいだろ? 卒業して入学するまでの間にいろいろ考えた。考えたのは泉水も一緒で、一人暮らし始めた部屋に押し掛けて来た」
「泉水くんが?」
泉水は見た目がおとなしい。そんな好きな男の家に押し掛けて行くような強い感情を持ち合わせていないように見える。
「いや、おまえが見たのは泉水の珍しい素だったって。普段は違うぜ? それに、あいつ、中身は男だ。俺なんかよりはるかに強いよ」
「それでずっと同棲してる?」
「いや、あいつ実家の方が大学に近いからな、休みの日に泊まりに来てる感じ……っていうか、なんで静稀にそんなことまで話さなきゃなんねえの?」
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