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6 休みの過ごし方
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「見事なナンパだったな」
次の日の講義後、恭弥に誘われてお茶をした。その第一声がこれだ。
「別に、ナンパじゃないよ」
携帯に掛かって来ていた番号は、リツの名で登録した。でもあれから掛かって来ていない。
「リツも静稀に気づいてなかったみてえだな」
「そうだね」
それにはやっぱりと思いながらもがっかりした。高校の時は髪もおとなしく色も抜かず、優等生っぽくしていた。制服もきっちり着ていた。特待生クラスだったから、人と話さず、勉強をしているか、本を読んでいた。スポーツも得意ではないが、運動音痴でもない普通で、目立ったことはない。唯一、生徒会長というステータスを持っていたくらいだ。
容姿が変わったのは、大学に入ってすぐに出会ったスタジオのカットモデルになってからだ。だから大学デビューと言われても良い。
「リツと話す前に、泉水に事情を聞いておくか?」
「いや、良い。別に俺にアドバイスを求めてる訳じゃないし。掛かって来るかどうかもわからないよ」
「いや、掛けるだろ」
恭弥がやけにニヤニヤしてそう言って来た。
「楽しんでない?」
そう言うと、さらに笑みを深くした恭弥はテーブルに身を乗り出して、静稀に近づく。静稀も何かあるのかと身を乗り出した。
「男の抱き方、教えてやろうか?」
恭弥の内緒話に気分を害する。
「おまえのこと、嫌いになるけど、良い?」
「ごめん、ごめん、でもさ、マジで、そういう時は協力するからさ、頼って?」
「ほんとに、嫌いになるから」
席を立って会計に行く。伝票を手にした手前、恭弥の分も一緒に払った。
「ごちそうさまー」
肩を叩かれて、そう言われ、よりムッとした。
「おまえの調子が良いところ、嫌い」
「いやいや、静稀くん、俺ほど良い男、いねえよ?」
「飲みに来ても割り引いてやらないからな」
静稀の攻撃力はこの程度だ。恭弥には蚊に刺されたくらいのダメージだろうか。
その時、携帯が鳴った。
携帯を取り出すのに緊張した静稀は、画面を見て緊張を解く。
背後にはからかうような表情の恭弥がいたが、画面のバイトの先輩という表示を見て、興味を失っていた。
携帯に出ると、明日、土曜日のシフト変更の連絡だった。
明日は夜間の貸し切り予約が入っていて、静稀も借り出される予定だったが、急なキャンセルが入り、貸し切りで休みにしていたから、オーナーが家族で店を使うらしい。それで静稀も休みになった。しかもオーナーの配慮でバイト代は出るとのこと。こんないい日はめったにない。
「明日、休みになった」
「遊び、行く?」
恭弥に言われたけど、静稀は首を振る。
「久しぶりの休みだし、天気良さそうだから、布団干しと洗濯する」
「は? マジで? 休みなのに?」
「休みだからだろ?」
恭弥には不評だったようで、呆れられてしまった。でも良い。1日ぜんぶ休める日は少ない。たまには家にいてゆっくりしたい。外に出れば人付き合いがある。それもたまには休みたい。
携帯が鳴る。
またバイト先かと思ってみれば、リツからだった。
「はい」
声が硬くなる。それだけで恭弥にはバレたらしい。少し離れた場所からじろじろ見られているから、後ろを向いて歩いて、声が届かない場所に移動した。
『いま、どこ?』
「大学近くのカフェにいたよ。これから帰るところだけど」
『バイトは?』
「家庭教師のバイト、9時に終わるけど」
『最寄り駅は? 何時に着く?』
「〇〇に9時半かな」
『わかった』
通話が切れる。
え? リツが来るっていうこと? 頭の中がパニックになる。部屋は綺麗にしている。それは問題ない。リツを迎えるには狭い部屋だ。そう考えて、別に部屋に連れて行かなくても良いと言うことに気づく。本当に混乱している。
「何だって?」
ニヤニヤした恭弥の顔が嫌いだ。
「別に、良いだろ」
「教えろよー」
妙に明るい声を出した恭弥は、静稀の肩に腕を回した。
「友達に会うだけだろ? 駅前のカフェで話すだけ。何でそんなテンション上げてるんだ?」
「いやいや、初恋だろ? お兄さん、事後報告楽しみにしていますよ」
「友達だから! そういう刷り込み、止めてくれる、本当に嫌いになるよ」
静稀がそう言うと、腕をパッと離した恭弥は、両手を上げて無抵抗を示す。
「はい、すみませんでした、許してください」
連れ立って駅に向かって歩き出す。静稀は恭弥に友達だと言い張ったけど、心臓は妙な具合に跳ねているし、指先を動かしたくなるくらい緊張していた。
リツは友達だ。初めて向かい合って、初めてこんな顔をしていたのだと知った。身長の差も並んで初めて知った。ギターケースには、今も幾つかの小さなぬいぐるみとチェーンが付けられていた。
次の日の講義後、恭弥に誘われてお茶をした。その第一声がこれだ。
「別に、ナンパじゃないよ」
携帯に掛かって来ていた番号は、リツの名で登録した。でもあれから掛かって来ていない。
「リツも静稀に気づいてなかったみてえだな」
「そうだね」
それにはやっぱりと思いながらもがっかりした。高校の時は髪もおとなしく色も抜かず、優等生っぽくしていた。制服もきっちり着ていた。特待生クラスだったから、人と話さず、勉強をしているか、本を読んでいた。スポーツも得意ではないが、運動音痴でもない普通で、目立ったことはない。唯一、生徒会長というステータスを持っていたくらいだ。
容姿が変わったのは、大学に入ってすぐに出会ったスタジオのカットモデルになってからだ。だから大学デビューと言われても良い。
「リツと話す前に、泉水に事情を聞いておくか?」
「いや、良い。別に俺にアドバイスを求めてる訳じゃないし。掛かって来るかどうかもわからないよ」
「いや、掛けるだろ」
恭弥がやけにニヤニヤしてそう言って来た。
「楽しんでない?」
そう言うと、さらに笑みを深くした恭弥はテーブルに身を乗り出して、静稀に近づく。静稀も何かあるのかと身を乗り出した。
「男の抱き方、教えてやろうか?」
恭弥の内緒話に気分を害する。
「おまえのこと、嫌いになるけど、良い?」
「ごめん、ごめん、でもさ、マジで、そういう時は協力するからさ、頼って?」
「ほんとに、嫌いになるから」
席を立って会計に行く。伝票を手にした手前、恭弥の分も一緒に払った。
「ごちそうさまー」
肩を叩かれて、そう言われ、よりムッとした。
「おまえの調子が良いところ、嫌い」
「いやいや、静稀くん、俺ほど良い男、いねえよ?」
「飲みに来ても割り引いてやらないからな」
静稀の攻撃力はこの程度だ。恭弥には蚊に刺されたくらいのダメージだろうか。
その時、携帯が鳴った。
携帯を取り出すのに緊張した静稀は、画面を見て緊張を解く。
背後にはからかうような表情の恭弥がいたが、画面のバイトの先輩という表示を見て、興味を失っていた。
携帯に出ると、明日、土曜日のシフト変更の連絡だった。
明日は夜間の貸し切り予約が入っていて、静稀も借り出される予定だったが、急なキャンセルが入り、貸し切りで休みにしていたから、オーナーが家族で店を使うらしい。それで静稀も休みになった。しかもオーナーの配慮でバイト代は出るとのこと。こんないい日はめったにない。
「明日、休みになった」
「遊び、行く?」
恭弥に言われたけど、静稀は首を振る。
「久しぶりの休みだし、天気良さそうだから、布団干しと洗濯する」
「は? マジで? 休みなのに?」
「休みだからだろ?」
恭弥には不評だったようで、呆れられてしまった。でも良い。1日ぜんぶ休める日は少ない。たまには家にいてゆっくりしたい。外に出れば人付き合いがある。それもたまには休みたい。
携帯が鳴る。
またバイト先かと思ってみれば、リツからだった。
「はい」
声が硬くなる。それだけで恭弥にはバレたらしい。少し離れた場所からじろじろ見られているから、後ろを向いて歩いて、声が届かない場所に移動した。
『いま、どこ?』
「大学近くのカフェにいたよ。これから帰るところだけど」
『バイトは?』
「家庭教師のバイト、9時に終わるけど」
『最寄り駅は? 何時に着く?』
「〇〇に9時半かな」
『わかった』
通話が切れる。
え? リツが来るっていうこと? 頭の中がパニックになる。部屋は綺麗にしている。それは問題ない。リツを迎えるには狭い部屋だ。そう考えて、別に部屋に連れて行かなくても良いと言うことに気づく。本当に混乱している。
「何だって?」
ニヤニヤした恭弥の顔が嫌いだ。
「別に、良いだろ」
「教えろよー」
妙に明るい声を出した恭弥は、静稀の肩に腕を回した。
「友達に会うだけだろ? 駅前のカフェで話すだけ。何でそんなテンション上げてるんだ?」
「いやいや、初恋だろ? お兄さん、事後報告楽しみにしていますよ」
「友達だから! そういう刷り込み、止めてくれる、本当に嫌いになるよ」
静稀がそう言うと、腕をパッと離した恭弥は、両手を上げて無抵抗を示す。
「はい、すみませんでした、許してください」
連れ立って駅に向かって歩き出す。静稀は恭弥に友達だと言い張ったけど、心臓は妙な具合に跳ねているし、指先を動かしたくなるくらい緊張していた。
リツは友達だ。初めて向かい合って、初めてこんな顔をしていたのだと知った。身長の差も並んで初めて知った。ギターケースには、今も幾つかの小さなぬいぐるみとチェーンが付けられていた。
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