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10 いつもの
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リツは8時頃、店に来た。
月曜日の夜はお客が少ないから、リツをカウンターに座らせて、仕事の合間に話を聞いた。
リツは甘くて赤いカクテルを飲んでいる。ずっと居心地が悪そうで、それでいて寂しそうで、リツの姿に高校の時の面影を見ることはなかった。
「大学来たの、友達?」
明日の準備をしながら、リツと会話をする。何を聞いてもリツは頷くだけ。たぶん夕食を取っていないと思うのだけど、お通しで出したつまみにも手を付けていない。なのにカクテルは3杯目で、リツって酒、どれくらい強いのかと思っていると、3杯目を飲み干して、テーブルに突っ伏した。
静稀の感想は、そうだろうね、だ。
お客が少ないからバイトを1時間早く上がらせてもらって、リツに肩を貸しながら帰る道。よくわからない感情が渦巻いている。
リツが話さないから、静稀と一緒の電車に乗って、ギターケースの扱いに戸惑いながら、でもリツに肩を貸して乗る電車の座席。こもって汚れた空気、匂い。それからシャンプーと酒が混じったリツの匂い。それらが記憶に刻まれて行く。
「リツ、本当はもう酔ってないよね? 家に着いたよ? 靴脱いで」
電車を降りてからも、リツは静稀の手に引かれていた。手を引かれて、まるで子どもみたいに着いて来た。
リツは自分で靴を脱ぐと、玄関脇にギターを立て掛けて、小さなキッチンスペースで手を洗っている静稀の背中に抱きついて来た。ドンとした小さな衝撃が静稀の心を揺する。訳もなく息を吐き出した。
「リツ? リツも手、洗って? お水飲む? それとも寝る?」
「ん」
リツの喉を通った空気音のような返事。静稀が体を寄せると、空いたスペースに身を寄せて来た。蛇口から流れる水に両手を濡らすが、動かない。静稀は半ば腹をたてながら、リツの手を洗ってやった。水道を止め、リツの手を拭く。
今度は正面から抱きつかれた。
何だこれ、と静稀は思う。静稀の手はリツを抱えず、持て余した手で額を押さえる。静稀にはこんな甘え方は出来ない。心底羨ましいと思いながら、狭い部屋だ。すぐ後ろにあるベッドにリツを座らせ、奥側に寝かせ、隣に身を寄せる。
本当は布団を干したばかりだし、シャワーを済ませて、着替えてから寝たかった。でも今日のリツにさせるのは難しい。心底、甘えたいのだろうと思うから、もう寝て、次の日に賭けると、静稀は耐えた。
リツの手が仰向けの静稀の左腕に絡む。リツを見ても髪に隠れた表情は見えない。ギュッと抱え込まれて、ヒクヒク喉が鳴っているのを聞き、手直にあったタオルを取ってリツに渡す。部屋が狭くて良かったと思えばいいのか? 静稀はリツが泣いている間、リツの抱き枕に徹した。
ぼんやり天井を眺めて、窓から入って来る薄灯が落とす影を見ながら、リツを思う。
静稀にはできない甘えの態度を、悪くは思わない。ただどうしても高校の頃のリツと今のリツとが結びつかないだけだ。
明るくて元気で我が儘で、可愛げがない。
それがリツと会う前の、リツを知る人達の評価だった。それはなんとなくわかった。それくらいなら高校の思い出の彼の姿に重ねても違和感はない。
でも今、静稀の腕に額を寄せて眠るリツは、ただの子どものようで、何とも居た堪れない気持ちにさせられる。
そっとリツの手から腕を抜き、シャワーを浴びに行った。
シャワーを浴びながら、好意の感情が閉じたと感じた。またかと思う。感情は出会いがピークで、あとは下降を続ける。
静稀は自分が嫌いだ。
自分が嫌いなのに、誰かを愛するのは無理なのだろう。これはまた浮上する思いか? もし高校の頃、リツに声を掛けていたら……くだらないタラレバが幾つも浮かぶ。浮かんでは意味がないと打ち消すたび、守って来た場所に深く入り込んで来た者への憤りが湧く。
それでも許す。
許すことのできない自分が嫌だから、明日の静稀は許すのだろう。
他人のベッドで、汚れた体のままで、丸まって眠るリツを見下ろして、床に座る。携帯を取り出して着信を見る。
『大丈夫か?』
恭弥から送られたラインを見て、泣きたい気持ちになった。
月曜日の夜はお客が少ないから、リツをカウンターに座らせて、仕事の合間に話を聞いた。
リツは甘くて赤いカクテルを飲んでいる。ずっと居心地が悪そうで、それでいて寂しそうで、リツの姿に高校の時の面影を見ることはなかった。
「大学来たの、友達?」
明日の準備をしながら、リツと会話をする。何を聞いてもリツは頷くだけ。たぶん夕食を取っていないと思うのだけど、お通しで出したつまみにも手を付けていない。なのにカクテルは3杯目で、リツって酒、どれくらい強いのかと思っていると、3杯目を飲み干して、テーブルに突っ伏した。
静稀の感想は、そうだろうね、だ。
お客が少ないからバイトを1時間早く上がらせてもらって、リツに肩を貸しながら帰る道。よくわからない感情が渦巻いている。
リツが話さないから、静稀と一緒の電車に乗って、ギターケースの扱いに戸惑いながら、でもリツに肩を貸して乗る電車の座席。こもって汚れた空気、匂い。それからシャンプーと酒が混じったリツの匂い。それらが記憶に刻まれて行く。
「リツ、本当はもう酔ってないよね? 家に着いたよ? 靴脱いで」
電車を降りてからも、リツは静稀の手に引かれていた。手を引かれて、まるで子どもみたいに着いて来た。
リツは自分で靴を脱ぐと、玄関脇にギターを立て掛けて、小さなキッチンスペースで手を洗っている静稀の背中に抱きついて来た。ドンとした小さな衝撃が静稀の心を揺する。訳もなく息を吐き出した。
「リツ? リツも手、洗って? お水飲む? それとも寝る?」
「ん」
リツの喉を通った空気音のような返事。静稀が体を寄せると、空いたスペースに身を寄せて来た。蛇口から流れる水に両手を濡らすが、動かない。静稀は半ば腹をたてながら、リツの手を洗ってやった。水道を止め、リツの手を拭く。
今度は正面から抱きつかれた。
何だこれ、と静稀は思う。静稀の手はリツを抱えず、持て余した手で額を押さえる。静稀にはこんな甘え方は出来ない。心底羨ましいと思いながら、狭い部屋だ。すぐ後ろにあるベッドにリツを座らせ、奥側に寝かせ、隣に身を寄せる。
本当は布団を干したばかりだし、シャワーを済ませて、着替えてから寝たかった。でも今日のリツにさせるのは難しい。心底、甘えたいのだろうと思うから、もう寝て、次の日に賭けると、静稀は耐えた。
リツの手が仰向けの静稀の左腕に絡む。リツを見ても髪に隠れた表情は見えない。ギュッと抱え込まれて、ヒクヒク喉が鳴っているのを聞き、手直にあったタオルを取ってリツに渡す。部屋が狭くて良かったと思えばいいのか? 静稀はリツが泣いている間、リツの抱き枕に徹した。
ぼんやり天井を眺めて、窓から入って来る薄灯が落とす影を見ながら、リツを思う。
静稀にはできない甘えの態度を、悪くは思わない。ただどうしても高校の頃のリツと今のリツとが結びつかないだけだ。
明るくて元気で我が儘で、可愛げがない。
それがリツと会う前の、リツを知る人達の評価だった。それはなんとなくわかった。それくらいなら高校の思い出の彼の姿に重ねても違和感はない。
でも今、静稀の腕に額を寄せて眠るリツは、ただの子どものようで、何とも居た堪れない気持ちにさせられる。
そっとリツの手から腕を抜き、シャワーを浴びに行った。
シャワーを浴びながら、好意の感情が閉じたと感じた。またかと思う。感情は出会いがピークで、あとは下降を続ける。
静稀は自分が嫌いだ。
自分が嫌いなのに、誰かを愛するのは無理なのだろう。これはまた浮上する思いか? もし高校の頃、リツに声を掛けていたら……くだらないタラレバが幾つも浮かぶ。浮かんでは意味がないと打ち消すたび、守って来た場所に深く入り込んで来た者への憤りが湧く。
それでも許す。
許すことのできない自分が嫌だから、明日の静稀は許すのだろう。
他人のベッドで、汚れた体のままで、丸まって眠るリツを見下ろして、床に座る。携帯を取り出して着信を見る。
『大丈夫か?』
恭弥から送られたラインを見て、泣きたい気持ちになった。
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