初恋と友達と恋の話

サクラギ

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13 ブラックリスト

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 リツは静稀のバイト時間を狙って店に来る。でも静稀を待っているのではなく、バンド仲間と飲んでいたり、ひとりで来ても、知り合いがいれば楽しそうに話している。

 バイト終わりに合わせて店を出ることもあるけど、それは駅までで、それ以上の深追いをされてはいない。

 許容範囲ギリギリラインで居るから、静稀のブラックリストには乗らないでいる。でも少しだけ疑問が腹の底に残っている感じがして、気分の良いものではなかった。

「最近、調子良さそうだね」

 いつもは誰かと話をしているのに、今日はたまたまだろうか。カウンター席で静かにしているから、声を掛けてみる。

 先週辺りから、新しい仲間とバンドを組んだということは、リツと周りの人との会話から知っている。

「うん、今日もこの後、練習に行く」

 リツの明るい笑顔を正面から見て、やっと高校の時の残像と重なった。

「ずっとありがとう。苦しい時に傍にいてくれて、嬉しかった」

「そう? あんまり何もできてなくてごめん。でも元気になってよかった」

「うん、バンドも組めたし、ヴォーカルのレッスンにも通ってる。オーディションも受けてるよ。前向きだろ?」

 ニンマリ笑って嬉しそうだから、静稀も一緒に笑った。良かったと思う。やっとこの何か変なものを飲み込んだような感覚を消せると思った。

「春にさ、夏に向けたフェスのオーディションがあるんだ。それに向けて曲作り頑張ってる」

「そっか、応援してるね」

 テーブル席から注文の呼び出しがあったから、リツにごめんと言ってそちらに向かう。

 注文を取って戻って来て、注文を厨房へ伝えて、ドリンクを作る。ついでにリツのぶんも作って出せば、可愛く笑んでありがとうと言った。きっとあの頃の落ち込んだリツを知らなければ、高校の頃の記憶と重なって、もう少し良い感情を持てたのだと思う。ただ今は、リツの成功を願っている。

「……泉水のところ、別れたって聞いた?」

 唐突なリツの言葉に、思わず手が止まった。

「えっと、それはバンドの話?」

「うん、そう」

 リツが頷いたのを見て、ホッとする。

「バンドって難しいんだね」

 厨房から出来上がった物を受け取って、ドリンクと一緒に運んで行く。
 リツの話を聞いて、恭弥と泉水が別れたのかと思った。でもそれはないと思う。恭弥とは、ほぼ毎日顔を合わせている。プライベートな話はあまりしないが、さすがに別れたとしたら、鈍い静稀にだってわかると思う。今のところ、そんな気配はないし、聞いてもいない。

「練習あるんだろ? 飲み過ぎ良くないよ」

 リツのギターケースのぬいぐるみが消えている。

「えーこの一杯は静稀のおごりなんでしょ?」

「ああそっか、そうだったね」

 クスクスと笑われて、一緒に笑う。こうやって何でもないことで笑ってられる時間が続くと良い。

「新しい仲間はどう?」

「うーん、どうかな。みんな上手だから合わせやすい。でも俺は歌いたいからね。オーディション受かったらソロ目指すつもりだよ」

「えっと、期間限定のバンド仲間なの?」

 リツの言っていることが良くわからない。さっきフェスのオーディションを受けると言った。でも今度はソロの話だ。

「ううん、違うよ。泉水のところが解散したから、一緒にやることになったけど、ヴォーカルはやらせてくれないんだって。だからソロ目指そうと思って」

「あ、ああ、そういうことなんだ。頑張ってね」

 静稀がそう言うと、リツは嬉しそうに笑った。

「静稀は俺の味方だね」

「えっと、そうだね、応援するよ」

 良くわからない。でもカウンターに座っていれば、知り合いでもお客だ。機嫌を損ねる会話はできない。

「厨房に行くね」

 そう言って中に引っ込んで、中の人と代わってもらった。

 何度考えてもリツの言うことに賛成できない。ソロを目指すのならバンドを組んだらダメだと思う。しかも友人として付き合っている身近な仲間を、まるで横取りしたような形で、さらにそこに文句まで付けている。

「しずきー帰るね。またねー」

 厨房に向かって叫ばれて、手を振られたから、静稀も顔を出した。

「すみません店長、ブラックリスト、良いですか?」

 リツが出て行ってから、後ろにいた店長にそう言うと、苦笑いをしていた。

「でもあの子、昼のカフェにも一人で来てるよ?」

 店長はどうしたものかと困り顔だ。

 最近、静稀は昼より夜のバイトを中心に出ている。土日の昼のバイトに高校生が来るようになったからだ。

 静稀目当てではないと思いたいが、リツの行動の意味は読めなかった。
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