竜の卵を宿すお仕事

サクラギ

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竜管制塔

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 指定された待合室で待っている。お茶とお菓子が出されたから、久しぶりの甘いものを食べ、のんびりとしていると、入り口のドアが開けられた。背中側のドアだったから、後ろを振り返ると、10代と思える男の子が怯えた様子でドアを閉めたところだった。

 懐かしい服を着ている子だった。竜のお相手として教育を受けていた頃に着ていた灰色の制服で、今も同じ物を着ているのだなと思った。でもなぜ彼がカレンのところに来たのかわからないが、案内係でもしてくれるのかと椅子から立ち上がると、男の子は怯えた表情をした後、キッと睨みつけて来る。

「白銀の竜は俺のものだからな! もう俺のだから、戻って来るな!」

 そう叫んだ男の子は、ドアを開けて走り出て行った。たぶん、ここにカレンが戻って来ると知り、最初の相手だったカレンに虚勢を張りたかったのだろう。それはカレンも経験して来た過程だったから、なんとなく気持ちはわかった。たまたまカレンがシアの最初の相手だっただけで、本来なら自分より先に相手がいることが多い。カレンはシアの最初の相手になれたのだ。それだけで運が良かったのだ。ただ体の相性が悪かっただけだ。

 思考はそう肯定しているのに、心は否定している。
 シアがあの子を抱くのかと思うと、嫉妬が心の中に渦巻く。
 あの子がシアの子を産むのかもしれない。あの子がシアの伴侶に……。気持ちが悪くなり、トイレに駆け込んで吐いた。

「大丈夫ですか?」

 白衣の職員が部屋に駆け込んで来て、カレンの背をさすってくれた。

「いえ、大丈夫です。車に酔ったみたいで……」

 やんわり断り、トイレにひとりにしてもらった。
 吐きながら、涙を流す。悔しくて胸が痛い。頭痛がする。嫌だ。嫌だ。

 ああ、死ねるのなら早くして欲しい。この身を実験に使うのなら、お願いだから記憶を消して欲しい。シアのことを忘れたい。シアの子を成せなかったことも。

 素直じゃなかったから。素直に気持ちを伝えていれば、10年も燻ぶらせ、こんなに重い気持ちを背負うこともなかった。シアに会えないことがこんなに辛いなんて、シアに会えていた頃には思いもしなかった。離れたらすぐに忘れられる。新しい生活の中で新しい相手に出会い、恋をして、愛のあるセックスをする。そんな未来は来ないと思う自分に蓋をして、普通の生活を夢見ていた。10歳の頃、シアに見出されなければ、日本のどこかで、両親の元で、普通に生きて来られた。こんな、不確かな場所で、現実とは思えない背景の中で、死だけしか望めない、こんな孤独の中で、ひとりで、誰にも愛されず。終わりが近づいている。
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