レアロス国の神子 〜転生したら美形な神子の弟でした〜

サクラギ

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14 アシュと騎竜

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 王都内のアシュの屋敷に行くと、中が騒がしかった。

「おかえりなさいませ、ティア様」

 執事のクロードはティアに対しても表情を変えない。それが彼の仕事だ。それでも嬉しかった。

「ただいま、どうしたの? 騒がしいけど」

 部屋は二階に用意してもらっている。風呂もトイレも付いている部屋で、食事もそこに運んでもらう。

「実はアシュ様の元に鬼人のエイン様が訪問されたようで」

 二階への階段を上がっている途中で、ティアは足を止めた。クロードを振り返る。クロードの表情に変化はない。ただ話の重さは良くわかる。

「それで?」

「話の内容はまだ伝わってはおりませんが、約束もなく押し掛けたようで、かなりこじれているという報告は受けております」

「さっき鬼人に会ったよ。黒髪黒目のティアを探していた。エイン様は僕を迎えに来たんだね。アシュ様に伝えて? 獣人のみなさんに迷惑を掛けるくらいなら、僕を差し出して欲しいって」

 意識して笑って見せる。これは予想していたことだ。エインと言葉の契約したのはティアだ。もしかしたら契約は無効だったのかとか、ティアは必要なかったのだろうとか、いろいろ考えた。

「いいえ、ティア様、鬼人が探している黒髪黒目のティアという者は、ここにはおりませんから、差し出しようがございません。ティア様が悩まれることではございませんが、ティア様はとてもお綺麗ですので、ことが済むまでお屋敷から出られませぬよう、お願いします」

 クロードは執事らしく胸に手を当てると、恭しく礼をした。
 ティアは泣きそうになった。クロードにとってもティアは厄介者だ。いつでも追い出したいだろうに。アシュがティアを可哀想に思っているから、主の意志を尊重してくれている。それはとても有難かったが、同時に心苦しくもある。

「良いですか、ティア様、勝手に鬼人に捕らえられるようなことがありますと、アシュ様は自領の軍を率いて鬼人国へ向かおうとなさいます。ええ、必ずそうされます。そうはなって欲しくないですよね? ですから、決して屋敷から出られませんように」

「……うん、ありがとう。言いつけを守って屋敷から出ない。約束します」

 ティアが泣きそうになってそう言うと、クロードは満足そうに頷いた。

「お部屋に朝食をご用意します。少々、お待ちください」

「ありがとう、待ってる」

 残りの階段を駆け上がり、自室へ入ったティアは、服を脱いでシャワーを浴びる。
 みんな優しい。それが辛い。
 でも軽はずみなことをすれば、アシュに迷惑がかかる。
 ティアは自分の力の無さがもどかしい。
 早く大人になりたい。アシュの庇護下になくとも生きて行ける力が欲しい。


◇◇◇


 その日の夜、王都の屋敷に竜が舞い降りた。

 強い風が窓を打ち、眠っていたティアは目を覚まし、窓の方を見た。雨はあまり降らない地だ。強い風も珍しいと、ティアはベッドを下り、窓へ向かい、外を見て、目を疑った。

「竜だ!」

 思わず声が出る。竜なんて前世のゲームか映画でしか見たことがない。
 広い庭の芝生の場所に、街灯の光に照らされた竜がいる。暗いから色はわからない。竜は首を下ろし、アシュの手に鼻先を近づけている。

 ティアは部屋着から外に行けるような服に着替え、部屋を飛び出した。

 竜から数メートルのところで足を止め、はあはあと荒い息をつく。
 竜は警戒するようにティアを見ていて、その視線に気づいたアシュが振り返った。

「おかえりなさい」

「ティアか、寝ていたのではないのか?」

「寝ていました。でも竜が見えて」

 興奮してそう言うと、アシュは小さく笑った。

「ゆっくり近づいて来てごらん」

「良いのですか?」

 近くで見る竜は大きい。街灯に輝く竜の鱗は青い。ティアはアシュの瞳の色だと思った。

「竜が好きか?」

 ゆっくり一歩ずつ近づいて行く。竜はじっとティアを見ている。
 アシュが竜から離れながら下がり、ティアと同じ位置になる。
 竜の意志で近づける距離がそこなのだろう。ティアは竜を見上げて待った。

「匂いがします。深い緑の香りと土の匂い。それと甘い、果物の香り」

 ティアがそう言うと、アシュはまた笑う。

「さっきライの実を食べさせたからな、その甘い匂いだろう」

「アシュ様には竜の声が届いているのですか? 僕のことはなんと?」

「ああ、そうだな、小さい子どもだと言っている。だがうるさくはない。声が気に入ったらしい」

 アシュがそう言うと、竜がくるると喉を鳴らした。

「ヒスイ。この子はティアだ。仲良くしてやってくれ」

「ヒスイという名前なのですね。それってもしかしたら碧くて綺麗な鉱石の名前ですか? とても良く似合っています。素敵ですね。僕はティアと言います。よろしくお願いします」

 ティアが手を伸ばすと、ヒスイが顔を下ろして、ティアの手を舐めた。それからじっとティアを見て、髪の匂いを嗅ぐように、頭の上に鼻先を置く。

「髪が短すぎると言っている。せっかく綺麗なのだから長くした方が良いそうだ」

「えええ? 竜ってそんなことも言うの?」

 驚いて見せたら、ヒスイが鼻先を上げてしまった。じっと上から見下ろしている。

「竜は綺麗な物が好きだ。人も物も。ティアはヒスイの眼に叶ったらしい。良かったな」

「ありがとうございます」

 ティアが笑うと、ヒスイがまた喉を鳴らした。

「中へ入ろう。話がある」

 アシュはティアの背に手を置き、屋敷の方へ足を向けた。
 ティアは身構えている。話は決まっている。
 アシュに気づかれないように、ティアは手に力を込めた。
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