レアロス国の神子 〜転生したら美形な神子の弟でした〜

サクラギ

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26 幻と現実

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 傷が癒えないから、ずっと聖域の中にいる。本当なら神託の儀式に参列して、会議にも出席しなければならないが、血を流す神子は不浄とされ、神官には近付いてはいけないらしい。

 神殿には理解しがたい独特な決まり事がある。ティアには覚えきれないので、大神官の言う通りにしている。

 聖域は孤独だった。
 神との会話は次元が違う。
 最初は友達のようだと思っていたけど、時を経るごとに変わって行く。

 この世界の神はルフトゥナ神という唯一だ。だから天の声はルフトゥナ神なのだと思う。

 神託は単語だったり、文字列だったりするから、その意味を考えるのをやめている。

 最近の聖域の風景は、最初、神に引き出された安らぎの場所だ。それはアシュの屋敷で初めて目覚めた部屋。痩せ細って死にそうだったティアを守ってくれた場所。

 大窓から風が吹いて来る。
 一向に癒えない体の傷が痛む。
 でも優しさに包まれているような気がして、泣きたくなる。

「大丈夫か?」

 大丈夫と答えようとして、目を開く。
 思わず立ち上がり掛けて、また傷が開いた。

「動かなくて良い」

 側に近づいて来て、ティアの手を取る。

「……アシュ」

 その胸に抱かれて、涙が止まらない。

「神様はひどい。こんなの、ひどい。欲しいって言わせてくれないくせに、こんな所にまで連れて来て、つらいのに……」

 これは幻だ。
 聖域には神子しか入れない。

 そう思うと、幻が消えた。
 白い空間に木漏れ日が射す。

「こんなの、狂う。心が折れる」

「どうして? 神子の欲しいものをあげたのに」

 天の声が頭に響く。

「幻に抱きしめられても嬉しくないよ」

「うそ、嬉しいでしょう」

「嬉しいと思うのは一瞬だよ。消えてしまえば虚しいだけだ」

 神との意思の疎通は難しい。
 時の流れが違う。
 ティアの一瞬も、一生も、神にとっては瞬き一つ。

 存在も、本物も幻も、神にとっては同じこと。ティアにとっての現実も、神にとっては映像の瞬間でしかない。

「……本物に会いたい」

 アシュは7日に一度、参拝に来ている。でも全てが対面に繋がるわけではないことを知る。全ては神の望むままに。そこにティアの意思もない。


◇◇◇


「会いたかった」

 そんな本心を漏らしても、アシュは優しく笑い、抱きしめてくれるだけで、返事はない。

「薬を持って来た」

 アシュの手にあるのは、以前、サヴィナが落としてくれた最上級の塗り薬だ。

「こんな高価なもの……僕は神子だから、傷があっても大丈夫なのに」

 自死の為に付ける傷は神への冒涜なのに、身受け候補に付けられる傷は神の意のままということらしい。

「ティアが痛いのは私も痛む。だから癒やさせて欲しい」

 唇の脇に塗られる。
 鬼人の牙による傷痕。

 喉から鎖骨に向けてある引っ掻き傷。
 鬼人の爪によるもの。

 首筋の赤い四つの穴。
 鬼人の牙が食い込んだ痕。

 確かめるような手つきで傷に薬を塗られて行く。

 それは兄との行為を咎められ、確認されて行くようで、苦しくて、悲しかった。

 性器にも傷がある。尻穴は裂け、何度も傷口が開いているから、今も鮮血が滴り落ちている。

「……ひどいな」

 全部の傷に薬を塗り込められ、綺麗な肌に戻って行く。痛みは消えたけど、別の痛みが心に残った。

「抱いて、アシュ」

 幻ではないと確信したくて、肩に手を回して抱きしめた。トクトクと鼓動が伝わって来て、安心する。

「アシュ、アシュ……」

 背中に回ったアシュの手が、ティアを抱きしめてくれて、やっと安堵の息を吐く。

 そのままくつろげた性器を尻穴に押し付けられ、ググッと奥に入って来る。

 混乱する。
 甘えたい気分で抱きついているのに、事が性急すぎて思考が追いつかない。

「あ、や、うそ……や、んん」

「ティア、ティア……」

 名前を呼び続けられ、腰を持たれて上下させられている。

 アシュの頭部がティアの胸にあって、アシュの表情が見えない。

 性急に入れられ、勝手に動かされ、奥に弾ける感覚がある。一気に引き抜かれ、ベッドに押し倒され、性器を口に含まれた。

「あっ、いや、やだ、やだ……」

 大きな口に入れられて、巧みな舌が絡んでいる。時折、尖った犬歯が触れて、体が跳ねた。

「イク、イク、いっちゃうからぁ……」

 アシュの髪を引いて止めたくても、止まらない。性急に快感を駆け上らされ、アシュの口の中で果てた。

「アシュ、アシュ、どうして? なぜ?」

 半身を起き上がらせ、アシュを睨む。
 アシュは表情を見せるのを拒むように背を向け、部屋から出て行ってしまった。

 残されたティアは虚しさでいっぱいだ。幻よりもひどい。キスのひとつもない。ただの義務だけのセックスだ。暴行よりもひどい。

 ティアはベッドに突っ伏して泣いた。
 兄がティアを側に置いた理由がわかった。この希薄な何もない場所において、無償の愛こそ欲しいものだからだ。
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