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37 雪の湖

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 神に尽くせば、多少の目溢しがある。一つは酒を飲めるようになったこと。二つはディーンを呼び出すこと。

 ティアにはその二つで十分だった。

「山の湖に連れて行って」

 ディーンを呼んだのは神だ。でもお願いしたのはティア。先日のアシュへの奉仕をいたく気に入ったらしい。

「山は凍っている。その格好では凍死するぞ」

 ディーンは部屋に入って毛布を手にすると、ティアを包み込み、抱き上げた。以前のようにコアラの形ではなく、お姫さま抱っこだ。

 翼を出し、上空へ舞い上がる。
 その後ろを小竜がついて来る。

「アサギ、良かった、捕まってなかったんだね」

 ティアの声にピイッと鳴き返して来た。

「アサギか」

「うん、色の名前。緑に近い青い色。鱗の色」

「アサギ、良い名だ」

 雪の積もる山は、とても美しい。日の日差しにキラキラと光を返している。眩しくて目を覆いたくなる。

 湖は美しい緑ではなく、表面が凍っている。岩にも雪が積もり、誰も踏み入れていない雪に最初の足跡を付けるのにワクワクしたが、残念なことに膝まで埋まってしまった。

「冷たい」

 ディーンとふたりで笑った。そのまま雪に膝まで埋まって待っていると、ディーンが岩の上の雪を避け、上着を敷いてくれる。そうして雪から持ち上げてくれて、上着の上に座った。

「ありがとう」

 隣にディーンを招いて一緒に座る。

「やっぱり無理があったね」

 毛布にディーンと一緒に包まる。ディーンは冷たいから暖は取れないけど、気持ちは温かくなる。

「どうした? 無理をしているのか?」

 ディーンはティアの呼び出しの意味をわかっている。ティアにとってディーンは、神の違う別の存在で、ティアのしていることの外側にいる。だから甘えられる。

「戦争になる」

「……ああ」

 竜人国は海の向こうだ。大陸の情勢にさほど関わりがない。

「僕と兄さまの亀裂から始まった争いらしいよ。兄さまは僕を抱きながら、僕を嫌っていた。もしかしたら、生まれたその日から、嫌われていたのかもしれない」

 ディーンの手が肩を抱いてくれる。

「獣人国は兄さまの国に墜とされて属国になった。妖精国も。その周辺の国も取り込まれて行っている」

「ああ、知っている」

 ティアはそっとディーンの顔色を伺った。それに気づいたディーンは、優しい眼差しを向けてくれた。

「神にとって国なんてどうでも良いんだ。誰が王でもどんな国でもどうでも良い。ただ面白ければね」

「それは乱暴な言い方ではないのか?」

 ティアは首を振る。

「兄さまを僕の身受け候補にしたのも、兄さまを嗾ける為だ。兄さまの身受け候補を僕の相手にしたのも。兄さまは欲張りだ。僕からぜんぶ取り上げて、全てを手に入れようとしている」

「あと3年、戦うのか?」

 心配そうなディーンに、微笑みながら首を振った。

「僕は神の意のままに動くだけだよ。欲しいものは何もないんだ。本当だよ」

 兄さまのアシュが欲しかった。
 それを先日、手に入れた。
 神は満足し、アシュはどうなるのかわからない。

 ディーンは考えながら答えた。

「獣人国は荒れている。戦乱ともなれば獣の血が騒ぎ、収集がつかない。対、鬼人では全てを巻き込むまで終わらないだろう」

「僕は神国とレアロス国を守る者だから、せめてあと3年の任期は神に従順であろうと思うよ。それでディーンに会うことを許されるのなら、狂わずに生きて行けると思う」

 ディーンが手を繋いでくれる。指先を絡める恋人繋ぎだ。見上げればキスされる。冷たい触れるだけのキスにときめく。

「ディーンは僕の表面に囚われないよね。僕の内側を見てくれている」

 アシュはティアの見目に惑わされた。
 兄に似た擬態に囚われ、全てを失った。

「俺はおまえの番だ。心の繋がりの方が強い。ティアには笑っていて欲しいが、決めたことなら仕方がない。いつまでも待っている」

 嬉しくて抱きつこうとしたら、毛布が落ちた。さすがの神の体でも寒い。

「今度は温泉にでも行くか?」

「あるの?」

「この山の裏側にある。今から行くか?」

「行く!」

 先に教えてくれたら良いのにと思い、ここに来たいと我儘を言ったのはティアだ。震える体をディーンに抱え上げられ、上空に舞い上がった。

 でもダメだった。ティアには時間がない。

「ごめんディーン帰らないと。神様に呼ばれてる」

 ティアがそう言うと、ディーンは抱く腕に力を入れ、ティアにキスをした。冷たい風の中の冷たいキス。

 ディーンの離したくないという表情と態度がティアを強くする。
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