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25 日常のあれこれに戸惑う日が来るとは

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 女がダメだから男だったら良い訳でもなく、好感を持っていた相手には告げる事さえ難しく。鬱々と暮らして来たのが嘘のように、受け入れられる誰かがいるとは思いもしなかった。女、男のこだわりでは無く、全て相手次第なんだと気づく。

 風呂に入っている間にハルは軽食を用意していた。風呂から上がってキッチンへ行けば、缶ビールが手渡された。ハルが風呂に行っている間にビールを飲んでいると、風呂上がりのハルに呼ばれて洗面台に行き、髪を乾かしたいと言われて、されるがままになっている。ビールを飲みながら指で髪を梳かれて、熱い風を当てられている。邪魔な前髪越しに鏡に映るハルを盗み見て、嬉しそうだよな、と思う。何が楽しいのかなと思った。

「交代」

 ドライヤーを受け取ったら、ビール缶を取られた。飲みかけのビールを飲まれて、冷えた新しいのを持って来れば良いのにと思いつつ、ハルの行動に赤面させられたのを誤魔化すように、ドライヤーのスイッチを入れてハルの髪に指を絡める。少し癖のある髪が風に靡いて、濡れた髪の感触は自分のよりも柔らかい。なるほど、これは楽しいかも知れない。鏡越しに視線が合ったから、恥ずかしさ混じりでハルの前髪をぐしゃぐしゃに撫でた。

「もう良いよ、ありがとう」

 ってハルに言われて、ドライヤーを返すと同時にキスされた。ビール味のキス。鏡に映る自分がハルとキスをしている。その表情が甘く崩れて不細工で、見ていられなくてハルの肩を押してキスを止めさせた。キッチンに行ってカウンター席に座る。冷蔵庫からビールを二本取り出したハルが隣に座る。一本を受け取って、プルタブを開け、なんとなくハルと缶を合わせた。

「キス、嫌い?」

 なんて直球な質問をされてビクッとなる。それ、聞く? って隣のハルを見れば、答えに期待しているように見て来る。だから観念する。

「ハルのキスは嫌いじゃないよ。ただ、鏡に映るのを見るのはちょっと」

 ああ、という表情をしたハルの手が俺の頬に触れる。

「可愛いのに」

 チュッて音の出るキスをされて、ムッとする。

「可愛いわけねえ」

 ハルは何をしても爽やかで崩れない。仕草ひとつひとつにドキドキさせられているのは秘密。自分がそんな感情を持つなんて思いもしなかったから、自分でも信じられなくて、でも実際に本気で心臓が打つ瞬間がある。不意に合う視線とか、触れられる指先の感触とか。

「寝る」

 ハルが隣にいて、自由に触られているのに耐えられなくて、ビール飲み干して、立ち上がる。テーブルを片付け出したハルを気にしつつも、洗面台へ行って歯磨きやら寝る前の身支度を済ませた。そのうちハルもやって来て、歯を磨き出したから、寝ると再度、宣言してベッドルームへ行く。っていうか、セミダブルのベッドに寝ても良いのか? 普通だったらソファに寝るとか、気を使うべき? そうなんだよ、まだ付き合っている訳じゃない。好きとか、言っていないし。どうなんだろう?
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