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番外編 以前のハル 2
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昭和さながらのカウベルが鳴る。外のぬるい風が入り込んで、同時に背の高い男が入って来る。いつもならハルだと分かると駆け寄るとか、手を振るとかするけど、今日はしない。気づいているけど気づかないフリでワクワクしてる。
「いらっしゃーい」
カレンも俺のお遊びに協力してくれている。ナナも嫌そうな割に楽しんでいるようで、イケメン見ると駆け寄るパターンの接客を展開している。
「ハル、久しぶり、ボクと、どう?」
今日のナナは黒猫仕様だ。半袖の黒Tシャツと黒い半ズボン、尻の部分に長い尾がある。黒髪のウィッグに黒い耳。夏だからほわほわではないけど、とても可愛らしい。
「さわんな」
ハルの腕に触れようとしたナナの手を避けて、睨み落としている。舌打ちでもしそうな勢いのまま、俺の隣3つ席を空けて座った。
「もぉハル冷たい」
それでもめげずにハルの横に座ったナナは、可愛らしく上目遣いでハルを見てる。
「マスターAで」
マスターことカレンが鍵を出す。1万円札と引き換えに鍵を受け取ったハルは無表情のままだ。ナナはハルの側から離れて、マジでやんの? と呟いてる。俺は何がなんだか分からないまま、ハルの行動を見守っているけど、さっきから動悸が激しい。ハルが明らかに俺の知っているハルじゃなくて、ずっと無表情でイラついている様子で、ゾッとするくらい冷たく見える。
「ねえ、俺と」
俺の横にハルが座る。横座りで、俺の足に膝がついて、身を乗り出して来るから距離が近い。じっと見つめられて、手を握られる。手のひらに鍵の感触がある。どう返事して良いのか分からなくて狼狽えた。
「ハル、もうやめなさい」
カウンター内からカレンの止める声が聞こえたけど、ハルはじっと俺の目を見ている。とても冷たくて怖いけど、間接照明に映えるハルはとてもセクシーだ。
「怯えてるの? 可愛い」
手を引かれ、指先を甘噛みされる。見上げて来る視線があざとい。自分の表情の効果を良く分かっていて、絶対に逃さないという自信が見える。ヒクッと喉が震える。声が出せない。鼻がツンとする。
「ッごめん、ユウキ、やりすぎた」
手を引かれて頭を抱き抱えられた。ハルの胸に顔を埋めて、初めて自分が泣いているのだと知る。
「ホント屑でしょ?」
とナナ。カレンがおしぼりをくれて、受け取ったハルが涙を拭ってくれた。
「ハル、鍵、なに?」
ハルの胸から顔を上げて、ハルを見る。
「あー何でもないよ?」
嘘をつくハルの表情は白々しい。ムッとする。俺だって成人した大人だ。バーの中に秘密の部屋があるかも、というのには気づける。しかも鍵付きだ。中で何がされるか検討もつく。
「お願いだ、ユウキ」
ハルが俺の両手を取って、ぎゅっと握る。願うような、懺悔するような視線を重ねられ、胸が痛い。
「過去の俺を見ないで欲しい。ユウキが勝手な事言って通話切ったから腹が立ったんだ。少しいじめてやろうかと思って——ごめん、やり過ぎた」
「ハルはユウキちゃんを紹介して欲しいって、何日もここに通ったのよ? 過去の事を謝ってくれて、誰も遊びで誘わないって約束してくれたから、ユウキちゃんに会うのを許したの」
カレンが甘いお酒を出してくれた。受け取って飲んで気分を変える。カシスオレンジ。ほとんどジュースだ。飲み干してハルを見たら、手で顔を覆ってテレている。間接照明では顔色までわからないけど、触れたら熱そうだ。
「部屋に連れて行って」
カウンターに置いたグラスの中の氷が軽い音を響かせる。俺の言葉の真意を測ろうとするハルの視線を受けて、息を飲む。でも怯んでいられない。嫉妬している。ああやって男を誘って部屋に連れ込んでいた過去のハルを許せなくなりそうで怖いくせに、顔も知らない男たちと同じ場所に行き、俺を選んで欲しいなんて無謀な事を思いながら、震えている。
「やめよう、ユウキ、ユウキには似合わないよ」
ハルの言葉が引き金になる。俺だってできる。ハルを喜ばせる事くらいできる。意味不明な自信と、かけ離れたハルとの立ち位置にある不安と、相反する感情が渦巻いていて、言い出した言葉を取り消すのは負けな気がして、強気でハルを見る。
「連れて行って」
カレンもナナも俺が言い出した時には距離を取ってくれていて、気にしないフリをしてくれている。さすが客のアレコレに慣れているんだなって、高ぶる感情の端で思った。
「本気で? 俺の事嫌いになる為?」
弱気なハルの手を取って立つ。店の奥に当たりを付けてハルの手を引いた。足がふらつく。一気飲みした甘い酒のせいもあるし、緊張のせいもある。ハルに肩を支えられて、行き先を修正された。ハルの横顔を盗み見る。その無表情にドキッとする。怒らせている。イラつかせてる。嫌われるのは俺の方だと気づいた時には遅い。別の怖さが駆け上った。
「いらっしゃーい」
カレンも俺のお遊びに協力してくれている。ナナも嫌そうな割に楽しんでいるようで、イケメン見ると駆け寄るパターンの接客を展開している。
「ハル、久しぶり、ボクと、どう?」
今日のナナは黒猫仕様だ。半袖の黒Tシャツと黒い半ズボン、尻の部分に長い尾がある。黒髪のウィッグに黒い耳。夏だからほわほわではないけど、とても可愛らしい。
「さわんな」
ハルの腕に触れようとしたナナの手を避けて、睨み落としている。舌打ちでもしそうな勢いのまま、俺の隣3つ席を空けて座った。
「もぉハル冷たい」
それでもめげずにハルの横に座ったナナは、可愛らしく上目遣いでハルを見てる。
「マスターAで」
マスターことカレンが鍵を出す。1万円札と引き換えに鍵を受け取ったハルは無表情のままだ。ナナはハルの側から離れて、マジでやんの? と呟いてる。俺は何がなんだか分からないまま、ハルの行動を見守っているけど、さっきから動悸が激しい。ハルが明らかに俺の知っているハルじゃなくて、ずっと無表情でイラついている様子で、ゾッとするくらい冷たく見える。
「ねえ、俺と」
俺の横にハルが座る。横座りで、俺の足に膝がついて、身を乗り出して来るから距離が近い。じっと見つめられて、手を握られる。手のひらに鍵の感触がある。どう返事して良いのか分からなくて狼狽えた。
「ハル、もうやめなさい」
カウンター内からカレンの止める声が聞こえたけど、ハルはじっと俺の目を見ている。とても冷たくて怖いけど、間接照明に映えるハルはとてもセクシーだ。
「怯えてるの? 可愛い」
手を引かれ、指先を甘噛みされる。見上げて来る視線があざとい。自分の表情の効果を良く分かっていて、絶対に逃さないという自信が見える。ヒクッと喉が震える。声が出せない。鼻がツンとする。
「ッごめん、ユウキ、やりすぎた」
手を引かれて頭を抱き抱えられた。ハルの胸に顔を埋めて、初めて自分が泣いているのだと知る。
「ホント屑でしょ?」
とナナ。カレンがおしぼりをくれて、受け取ったハルが涙を拭ってくれた。
「ハル、鍵、なに?」
ハルの胸から顔を上げて、ハルを見る。
「あー何でもないよ?」
嘘をつくハルの表情は白々しい。ムッとする。俺だって成人した大人だ。バーの中に秘密の部屋があるかも、というのには気づける。しかも鍵付きだ。中で何がされるか検討もつく。
「お願いだ、ユウキ」
ハルが俺の両手を取って、ぎゅっと握る。願うような、懺悔するような視線を重ねられ、胸が痛い。
「過去の俺を見ないで欲しい。ユウキが勝手な事言って通話切ったから腹が立ったんだ。少しいじめてやろうかと思って——ごめん、やり過ぎた」
「ハルはユウキちゃんを紹介して欲しいって、何日もここに通ったのよ? 過去の事を謝ってくれて、誰も遊びで誘わないって約束してくれたから、ユウキちゃんに会うのを許したの」
カレンが甘いお酒を出してくれた。受け取って飲んで気分を変える。カシスオレンジ。ほとんどジュースだ。飲み干してハルを見たら、手で顔を覆ってテレている。間接照明では顔色までわからないけど、触れたら熱そうだ。
「部屋に連れて行って」
カウンターに置いたグラスの中の氷が軽い音を響かせる。俺の言葉の真意を測ろうとするハルの視線を受けて、息を飲む。でも怯んでいられない。嫉妬している。ああやって男を誘って部屋に連れ込んでいた過去のハルを許せなくなりそうで怖いくせに、顔も知らない男たちと同じ場所に行き、俺を選んで欲しいなんて無謀な事を思いながら、震えている。
「やめよう、ユウキ、ユウキには似合わないよ」
ハルの言葉が引き金になる。俺だってできる。ハルを喜ばせる事くらいできる。意味不明な自信と、かけ離れたハルとの立ち位置にある不安と、相反する感情が渦巻いていて、言い出した言葉を取り消すのは負けな気がして、強気でハルを見る。
「連れて行って」
カレンもナナも俺が言い出した時には距離を取ってくれていて、気にしないフリをしてくれている。さすが客のアレコレに慣れているんだなって、高ぶる感情の端で思った。
「本気で? 俺の事嫌いになる為?」
弱気なハルの手を取って立つ。店の奥に当たりを付けてハルの手を引いた。足がふらつく。一気飲みした甘い酒のせいもあるし、緊張のせいもある。ハルに肩を支えられて、行き先を修正された。ハルの横顔を盗み見る。その無表情にドキッとする。怒らせている。イラつかせてる。嫌われるのは俺の方だと気づいた時には遅い。別の怖さが駆け上った。
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