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015 フローリアの入宮
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オートナムからの馬車が宮殿に到着した。ドット家の紋章の馬車の後に、王家の紋章の馬車が続いている。私はそれをバルコニーからぼんやりと眺めていた。とうとうこの日が訪れた。
「王妃様、お召し替えを」
シンクレア夫人に促されて、私は自室に向かった。今日はこれから新しい側室に謁見する。簡単に湯あみを済ませて、新しい衣装に袖を通した。私に特に似合うと言われる色、薄い青のドレスを作った。瞳の色が薄い水色なので、昔から特別な日はこの色のドレスを着る事が多かった。
シンプルに体の線に沿わせたラインのドレスで、髪も結い上げ宝石をあしらった。王妃らしい威厳を強調していると見られるだろう。色々あったが、もうこの日が来るのを避ける事はできない。私は王妃らしく覚悟を決めて部屋を出た。
謁見室にはウィリアムと一緒に入った。ウィリアムとは最近あまり口をきいていない。私を一瞥して、すぐに先に入って行った。王と王妃の椅子にそれぞれ腰かけた。中央のレッドカーペットの先のドアが開いた。
先にドット子爵らしい人物とその後ろに、白いドレスを纏った黒髪の少女が入って来た。
(あれが、フローリア……ここからだとまだ少女に見える)
「王国の太陽、王国の月、両陛下にクロード・シン・ドットが拝謁いたします」
ドット子爵は、三十代くらいの特に目立つ事のない男だった。茶色の髪と瞳で、王都に慣れた人物には見えない。
ドット子爵は普段、ほとんど領地に引きこもっている貴族だそうだ。確かにこの王都で見かけた事はない。子爵自身も、まさか養子縁組で王都を訪れるとは想像もしなかっただろう。これは、彼にとって幸運になるのか、そうでないのかは今は誰にも分からない。
「こちらは、この度養子縁組をいたしました、フローリア・シン・ドットでございます。ご縁を頂き、側室に召し上げて頂きました」
白いドレスの娘が前に出た。流れる様な長い黒髪に菫色の瞳。この年頃の少女だけが持つ、完成する前の危ういながらも、輝くような独特の空気感に包まれていた。少しピンク味がかかった白い肌、濃い影を落とす黒いまつ毛、見事な美貌だった。
(なるほど。これは、ウィリアムが夢中になるわけね……)
花びらの様な唇が少し開く。
「フローリア・シン・ドットと申します。王国の太陽、王国の月、両陛下にご挨拶申し上げます」
大人しそうな外見に似合わない、ハリのあるしっかりとした声だった。
「フローリア。よく来た。これからここが、そなたの家だ。安心して暮らすが良い」
ウィリアムの声が明るく浮ついているように思うのは、私だけだろうか。
「王妃ソフィアです。フローリア、あなたを歓迎いたします」
私は、型通りの挨拶を述べた。
お互いの口上は単なる儀式だ。私とウィリアムは謁見室から隣の部屋に移った。ここは謁見の場に出る前や後に使う待合室だ。ウィリアムは、私の存在も忘れすぐに部屋を出て行った。
(もう私に気を遣う気もないようね……)
新しい側室を自ら出迎えに行ったのかもしれない。私は役目を終えた安心感から、体から力が抜けた。美しいが、まだ幼い少女。あれが私を振り回している側室だったのかと、力が抜けると同時に気も抜けてしまった。もう、ウィリアムと彼女の事で争うつもりはない。このまま、静かに立場を分けていきたいものだ。
私は自室に戻り、仕事着に着替えた。私は今日はこのまま執務をするつもりだったが、執務室の前にティムが立っていた。
「王妃様、医務室にいらっしゃいませんか。ルイス医師もおりますので、マナのお加減を拝見したいのですが」
一度ウィリアムに執務室での診察を注意されたので、気を使ってくれているようだ。
「ええ、お願いしていいのかしら?」
「はい。王妃様のお体が心配ですから……」
医務室は王妃宮ではなく、王宮にある。宮廷医の部屋の扉を開けるとツンとする医薬品の臭いがした。ここには六つの部屋があり、数人の宮廷医師と看護師が二十四時間体制で控えている。私が入ると、皆が一斉に礼を執った。
「仕事の邪魔をしてごめんなさい。マナを診てもらうだけだから、皆さん仕事に戻ってください」
私はティムと一緒に、ルイスの執務室に行った。
部屋では、ルイスが診察台を整えている所だった。
「お待ちしておりました、王妃様」
「ありがとう。よろしくお願いします」
先にルイスから一般的な健康診断を受けた。簡単な問診と脈を診てもらった。
「王妃様、次はこちらに横たわってください」
ティムに促され、寝台に横たわった。いつものように手を取られるのかと思ったら、ティムは私の全身に自分の手をかざしている。最初は頭から、徐々に下の方におりていく。流れを感知しているのだろうか。
「う……ん、詰まっていますね……」
手をかざし終えたティムがつぶやいた。
「問題があるのですか?」
「そうですね、詰まりが全身に起こっていますので、血流の邪魔をしています。心臓がどきどきしやすいでしょう?」
「ええ、原因は何かしら?」
「心労ですよ……」
ルイスも頷いている。
「あの、私は心労を感じているという事?」
「当然ではないですか」
ティムは呆れたように肩をすくめた。困った事にルイスもさらに頷いている。
「王妃様、ここは宮廷医と魔導士しかいません。はっきり申し上げますが、心労が重なっており、お加減がいいとはとても申し上げられません」
ティムがきっぱりと言った。そしてそのまま、いつものように私の手を取って魔力を流し始め、静かな声で話し始めた。
「王妃様は我慢強いご性質です。その我慢強さは美点でもありますが、健康にいいとは申し上げられません。我慢する度に一つマナの塊が出来て、ご健康を害すると思ってください。どうか、心からご自愛くださるようお願いいたします」
「ティム、ルイス、はっきり言って下さい。私には心の問題があるという事?」
「王妃様、我慢のし過ぎは健康を害するという事です……」
予想外にルイスがそう答えた。私はいつもの通りだと思っているけれど、医師や魔導士からはそう見えていないということだろうか。
「お立場上感情を表わす事が出来ないのは、存じております。ですが、ご自身が苦しい時に、それをごまかしてはなりません」
ティムの言い方が少し引っかかった。ごまかすだなんて、そんなつもりはないからだ。
「お気に障ったら申し訳ありません……」
表情に出てしまったらしく、ティムに気を使われてしまった。
「そうじゃないわ。この程度の事で体調に出るなんて、意外だったのよ」
「王妃様、我慢はこれから禁物でございます」
(ティム、この王宮で我慢しなくていい事なんて、なに一つないのよ……)
「王妃様、お召し替えを」
シンクレア夫人に促されて、私は自室に向かった。今日はこれから新しい側室に謁見する。簡単に湯あみを済ませて、新しい衣装に袖を通した。私に特に似合うと言われる色、薄い青のドレスを作った。瞳の色が薄い水色なので、昔から特別な日はこの色のドレスを着る事が多かった。
シンプルに体の線に沿わせたラインのドレスで、髪も結い上げ宝石をあしらった。王妃らしい威厳を強調していると見られるだろう。色々あったが、もうこの日が来るのを避ける事はできない。私は王妃らしく覚悟を決めて部屋を出た。
謁見室にはウィリアムと一緒に入った。ウィリアムとは最近あまり口をきいていない。私を一瞥して、すぐに先に入って行った。王と王妃の椅子にそれぞれ腰かけた。中央のレッドカーペットの先のドアが開いた。
先にドット子爵らしい人物とその後ろに、白いドレスを纏った黒髪の少女が入って来た。
(あれが、フローリア……ここからだとまだ少女に見える)
「王国の太陽、王国の月、両陛下にクロード・シン・ドットが拝謁いたします」
ドット子爵は、三十代くらいの特に目立つ事のない男だった。茶色の髪と瞳で、王都に慣れた人物には見えない。
ドット子爵は普段、ほとんど領地に引きこもっている貴族だそうだ。確かにこの王都で見かけた事はない。子爵自身も、まさか養子縁組で王都を訪れるとは想像もしなかっただろう。これは、彼にとって幸運になるのか、そうでないのかは今は誰にも分からない。
「こちらは、この度養子縁組をいたしました、フローリア・シン・ドットでございます。ご縁を頂き、側室に召し上げて頂きました」
白いドレスの娘が前に出た。流れる様な長い黒髪に菫色の瞳。この年頃の少女だけが持つ、完成する前の危ういながらも、輝くような独特の空気感に包まれていた。少しピンク味がかかった白い肌、濃い影を落とす黒いまつ毛、見事な美貌だった。
(なるほど。これは、ウィリアムが夢中になるわけね……)
花びらの様な唇が少し開く。
「フローリア・シン・ドットと申します。王国の太陽、王国の月、両陛下にご挨拶申し上げます」
大人しそうな外見に似合わない、ハリのあるしっかりとした声だった。
「フローリア。よく来た。これからここが、そなたの家だ。安心して暮らすが良い」
ウィリアムの声が明るく浮ついているように思うのは、私だけだろうか。
「王妃ソフィアです。フローリア、あなたを歓迎いたします」
私は、型通りの挨拶を述べた。
お互いの口上は単なる儀式だ。私とウィリアムは謁見室から隣の部屋に移った。ここは謁見の場に出る前や後に使う待合室だ。ウィリアムは、私の存在も忘れすぐに部屋を出て行った。
(もう私に気を遣う気もないようね……)
新しい側室を自ら出迎えに行ったのかもしれない。私は役目を終えた安心感から、体から力が抜けた。美しいが、まだ幼い少女。あれが私を振り回している側室だったのかと、力が抜けると同時に気も抜けてしまった。もう、ウィリアムと彼女の事で争うつもりはない。このまま、静かに立場を分けていきたいものだ。
私は自室に戻り、仕事着に着替えた。私は今日はこのまま執務をするつもりだったが、執務室の前にティムが立っていた。
「王妃様、医務室にいらっしゃいませんか。ルイス医師もおりますので、マナのお加減を拝見したいのですが」
一度ウィリアムに執務室での診察を注意されたので、気を使ってくれているようだ。
「ええ、お願いしていいのかしら?」
「はい。王妃様のお体が心配ですから……」
医務室は王妃宮ではなく、王宮にある。宮廷医の部屋の扉を開けるとツンとする医薬品の臭いがした。ここには六つの部屋があり、数人の宮廷医師と看護師が二十四時間体制で控えている。私が入ると、皆が一斉に礼を執った。
「仕事の邪魔をしてごめんなさい。マナを診てもらうだけだから、皆さん仕事に戻ってください」
私はティムと一緒に、ルイスの執務室に行った。
部屋では、ルイスが診察台を整えている所だった。
「お待ちしておりました、王妃様」
「ありがとう。よろしくお願いします」
先にルイスから一般的な健康診断を受けた。簡単な問診と脈を診てもらった。
「王妃様、次はこちらに横たわってください」
ティムに促され、寝台に横たわった。いつものように手を取られるのかと思ったら、ティムは私の全身に自分の手をかざしている。最初は頭から、徐々に下の方におりていく。流れを感知しているのだろうか。
「う……ん、詰まっていますね……」
手をかざし終えたティムがつぶやいた。
「問題があるのですか?」
「そうですね、詰まりが全身に起こっていますので、血流の邪魔をしています。心臓がどきどきしやすいでしょう?」
「ええ、原因は何かしら?」
「心労ですよ……」
ルイスも頷いている。
「あの、私は心労を感じているという事?」
「当然ではないですか」
ティムは呆れたように肩をすくめた。困った事にルイスもさらに頷いている。
「王妃様、ここは宮廷医と魔導士しかいません。はっきり申し上げますが、心労が重なっており、お加減がいいとはとても申し上げられません」
ティムがきっぱりと言った。そしてそのまま、いつものように私の手を取って魔力を流し始め、静かな声で話し始めた。
「王妃様は我慢強いご性質です。その我慢強さは美点でもありますが、健康にいいとは申し上げられません。我慢する度に一つマナの塊が出来て、ご健康を害すると思ってください。どうか、心からご自愛くださるようお願いいたします」
「ティム、ルイス、はっきり言って下さい。私には心の問題があるという事?」
「王妃様、我慢のし過ぎは健康を害するという事です……」
予想外にルイスがそう答えた。私はいつもの通りだと思っているけれど、医師や魔導士からはそう見えていないということだろうか。
「お立場上感情を表わす事が出来ないのは、存じております。ですが、ご自身が苦しい時に、それをごまかしてはなりません」
ティムの言い方が少し引っかかった。ごまかすだなんて、そんなつもりはないからだ。
「お気に障ったら申し訳ありません……」
表情に出てしまったらしく、ティムに気を使われてしまった。
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