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039 オードリー・ガーランド伯爵夫人
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私はフローリアの出自を最初から疑っていた。初めて会った時、どこか普通の令嬢とは違う感覚があった。町娘が子爵の養女になったのだから、それはもちろん違うはずだ。だが、そういう話ではない。
何と言えばいいのか、この娘には普通の若い娘が持っている基本的な羞恥心のようなものが感じられなかった。例えば、真っすぐ人の目を見る時の視線がそうだ。それでいて、慎ましやかな身のこなし。何ともアンバランスだ。
それが男を惹きつけるという事に、私はすぐに気づいた。
夫のガーランド伯爵がフローリアを見る視線、ドット子爵とフローリアの間の何か微妙な空気感。そのどちらもが、弟の王、ウィリアムがフローリアを見る目と通じるものがあった。
(清らかな乙女とは、到底言い難いものがあるわね……)
「あれは、町娘ではなかったぞ」
私が介添え人に指名されてから暫くして、夫が言った。
「お調べになったのですか?」
「ああ、聞いて驚くなよ。……娼妓だ!」
夫のこういう時の顔が大嫌いだ。狡猾な表情に、下卑た好奇心が露骨に混ざって、醜悪のこの上ない。
「まあ……!何て事!」
私は塩らしく驚いて見せた。
「王も大したものだな!どこで拾ってきたのかと思ったが、調べるのに随分金を使ったぞ。宿屋の娘に偽装して、子爵の養女にしたのだ。ドット子爵は知っているのかな?いや、当然知っているだろうなあ」
面白い獲物でも見つけたように、頭の中の情報を反芻しているのがわかる。
(やっぱり、そういうカラクリがあったのね。なるほど、娼妓なら……)
「ウィリアム王が心配ですわ……。困った事になりませんでしょうか?」
「なあに、所詮は下位の側室だ。どうという事もあるまい。寵愛が深くても、どうせ王太子は王妃の子がなるのだ。だが、さすが貧乏男爵の娘の子だな。高貴な公爵令嬢が妻じゃ、気後れするんだろうさ。はっはっは」
夫は高笑いした。きっと、王の弱みを握った嬉しさでいっぱいなのだろう。金儲けと人の足を引っ張る事にしか興味のない男だ。貴族とはいえ、新興でまだ三代しか歴史がない伯爵家だ。
こんな男に嫁がされると決まった時は、怒りで身が震えた。金はあるが、品位がない。たかだか新興の伯爵家が王女の私を娶るというのに、この男の父親は恩着せがましく私に言った。
「姫のご体面を守れるのは、今は我が家くらいでしょうなあ……」
あの親にしてこの子ありとは、よく言ったものだ。
妹のエリスは、歴史はあるが金のない伯爵家へ嫁ぐ事が決まり、世をはかなんで毒をあおった。私と妹のどちらの結婚も地獄への切符のようで、妹の気持ちが分かりすぎる程分かったものだ。
母は心を捨てて、もう何も分からなくなってしまった。高貴な夫人であったのに、今は見る影もない。末の妹は母について婚期を逃した。
「姫様方の行く末は、この王妃が請け合いますとも」
あの女の言葉が嘘だという事に、なぜ母は気付いてくれなかったか。なぜもっと私たちを守るために戦ってくれなかったのか。
(過去を悔いても仕方がないけれど、本当は私が王太子となり王位を継ぐはずだったのに……)
父の王妃が亡くなった後、第一側室の母が立后するはずだった。侯爵令嬢である母が王妃となるのに、何の不都合もない。
「産まれた子は、男子でした」
あの女が誇らしげに言ったのを、まだ幼かったがよく覚えている。弟のウィリアムの誕生だった。そのために母の立后は見送られ、果たして母に新しい王子が出来るのか、ウィリアム王子が無事に育つのか、行く末を見守る事になってしまった。
その後も、母が王妃代行をしていたが、父の病で全ての方向性が変わった。あの女がフォースリア公爵と密約を交わし、ウィリアムの王太子の指名と同時に王妃になった。側室となっても深窓の令嬢の様だった母は、結局あの貧しい男爵令嬢になすすべもなく、負けたのだ。
その時私は学んだ。
(身分が全てではない。うかうかしていたら、誰かに足元を掬われるのよ)
立后するまでの間、ムーンガーデンに移る時のあの女の顔も、私は絶対に忘れない。
弟からフローリアの介添え人を命じられた時は、とても違和感があった。今まで私に個人的に接触してきた事などなかったからだ。
「姉上、姉上にしかお願いできません。どうか、フローリアをお導き下さい。王妃や他の側室から守ってやって下さい」
私は耳を疑った。盤石だと思っていたフォースリアの後ろ盾の象徴である王妃ソフィア。彼女から側室を守りたいとは?これはひょっとしたら、ひょっとする。
「私がお役に立てますかしら……」
「姉上は元王女です。姉上がフローリアの後ろ盾になって下されば、彼女の格も上げるでしょう。このままでは、王妃に疎まれて潰されてしまいます」
「まあ。では、ガーランド伯爵家共々、誠心誠意フローリア妃にお仕えし、お支えしなければなりませんね」
「そうおっしゃって頂けると心強い」
(ああ、ウィリアム。あなたは今自分が何を言っているのか分かっている?あなたを王位につけたフォースリア家を、こんな側室のために敵に回すのよ?)
弟を憎いとも可愛いとも思った事はないが、この考えなしの王が、この先きっと私の役に立つ事は間違いない。今、自分が夫と同じ表情をしている自覚はある。だが、この心の高揚感は鎮めようもない。
(お母様、エリス、あなた方の仇を打つ事ができるかもしれませんわ……)
何と言えばいいのか、この娘には普通の若い娘が持っている基本的な羞恥心のようなものが感じられなかった。例えば、真っすぐ人の目を見る時の視線がそうだ。それでいて、慎ましやかな身のこなし。何ともアンバランスだ。
それが男を惹きつけるという事に、私はすぐに気づいた。
夫のガーランド伯爵がフローリアを見る視線、ドット子爵とフローリアの間の何か微妙な空気感。そのどちらもが、弟の王、ウィリアムがフローリアを見る目と通じるものがあった。
(清らかな乙女とは、到底言い難いものがあるわね……)
「あれは、町娘ではなかったぞ」
私が介添え人に指名されてから暫くして、夫が言った。
「お調べになったのですか?」
「ああ、聞いて驚くなよ。……娼妓だ!」
夫のこういう時の顔が大嫌いだ。狡猾な表情に、下卑た好奇心が露骨に混ざって、醜悪のこの上ない。
「まあ……!何て事!」
私は塩らしく驚いて見せた。
「王も大したものだな!どこで拾ってきたのかと思ったが、調べるのに随分金を使ったぞ。宿屋の娘に偽装して、子爵の養女にしたのだ。ドット子爵は知っているのかな?いや、当然知っているだろうなあ」
面白い獲物でも見つけたように、頭の中の情報を反芻しているのがわかる。
(やっぱり、そういうカラクリがあったのね。なるほど、娼妓なら……)
「ウィリアム王が心配ですわ……。困った事になりませんでしょうか?」
「なあに、所詮は下位の側室だ。どうという事もあるまい。寵愛が深くても、どうせ王太子は王妃の子がなるのだ。だが、さすが貧乏男爵の娘の子だな。高貴な公爵令嬢が妻じゃ、気後れするんだろうさ。はっはっは」
夫は高笑いした。きっと、王の弱みを握った嬉しさでいっぱいなのだろう。金儲けと人の足を引っ張る事にしか興味のない男だ。貴族とはいえ、新興でまだ三代しか歴史がない伯爵家だ。
こんな男に嫁がされると決まった時は、怒りで身が震えた。金はあるが、品位がない。たかだか新興の伯爵家が王女の私を娶るというのに、この男の父親は恩着せがましく私に言った。
「姫のご体面を守れるのは、今は我が家くらいでしょうなあ……」
あの親にしてこの子ありとは、よく言ったものだ。
妹のエリスは、歴史はあるが金のない伯爵家へ嫁ぐ事が決まり、世をはかなんで毒をあおった。私と妹のどちらの結婚も地獄への切符のようで、妹の気持ちが分かりすぎる程分かったものだ。
母は心を捨てて、もう何も分からなくなってしまった。高貴な夫人であったのに、今は見る影もない。末の妹は母について婚期を逃した。
「姫様方の行く末は、この王妃が請け合いますとも」
あの女の言葉が嘘だという事に、なぜ母は気付いてくれなかったか。なぜもっと私たちを守るために戦ってくれなかったのか。
(過去を悔いても仕方がないけれど、本当は私が王太子となり王位を継ぐはずだったのに……)
父の王妃が亡くなった後、第一側室の母が立后するはずだった。侯爵令嬢である母が王妃となるのに、何の不都合もない。
「産まれた子は、男子でした」
あの女が誇らしげに言ったのを、まだ幼かったがよく覚えている。弟のウィリアムの誕生だった。そのために母の立后は見送られ、果たして母に新しい王子が出来るのか、ウィリアム王子が無事に育つのか、行く末を見守る事になってしまった。
その後も、母が王妃代行をしていたが、父の病で全ての方向性が変わった。あの女がフォースリア公爵と密約を交わし、ウィリアムの王太子の指名と同時に王妃になった。側室となっても深窓の令嬢の様だった母は、結局あの貧しい男爵令嬢になすすべもなく、負けたのだ。
その時私は学んだ。
(身分が全てではない。うかうかしていたら、誰かに足元を掬われるのよ)
立后するまでの間、ムーンガーデンに移る時のあの女の顔も、私は絶対に忘れない。
弟からフローリアの介添え人を命じられた時は、とても違和感があった。今まで私に個人的に接触してきた事などなかったからだ。
「姉上、姉上にしかお願いできません。どうか、フローリアをお導き下さい。王妃や他の側室から守ってやって下さい」
私は耳を疑った。盤石だと思っていたフォースリアの後ろ盾の象徴である王妃ソフィア。彼女から側室を守りたいとは?これはひょっとしたら、ひょっとする。
「私がお役に立てますかしら……」
「姉上は元王女です。姉上がフローリアの後ろ盾になって下されば、彼女の格も上げるでしょう。このままでは、王妃に疎まれて潰されてしまいます」
「まあ。では、ガーランド伯爵家共々、誠心誠意フローリア妃にお仕えし、お支えしなければなりませんね」
「そうおっしゃって頂けると心強い」
(ああ、ウィリアム。あなたは今自分が何を言っているのか分かっている?あなたを王位につけたフォースリア家を、こんな側室のために敵に回すのよ?)
弟を憎いとも可愛いとも思った事はないが、この考えなしの王が、この先きっと私の役に立つ事は間違いない。今、自分が夫と同じ表情をしている自覚はある。だが、この心の高揚感は鎮めようもない。
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