妻の彼氏

高橋 カノン

文字の大きさ
4 / 7

慣れてもらわないと

しおりを挟む
 夫は手強かった。中々、N氏に慣れてくれない。慣れないと言うより、そもそも使ってくれないのだ。

このボディは基本的に家庭用だから、家事機能を搭載している。家事全般出来て、特に調理機能は開発時に力を入れたらしい。家人の年齢や体質、嗜好に合わせた最適な調理が出来る。

好みのフレンチには、あの愛想のない夫も舌鼓を打っていた。私は太らないようにカロリー設定出来るのが、特に有り難かった。

 家事手伝いをする若い男の子がいるみたいで、不思議な感じの生活が始まった。N氏には夫の合わない服より、落ち着いたシャツとパンツを買って履かせてみたが、実にいい。何の飾り気もない服が、美形な顔とボディをより引き立てている。

 服を買う時にN氏を連れて行き、一応スーツも試着させてみたが、似合い過ぎた。これでは、きっと夫はまたもや顔を顰めるに違いない。私もスーツ姿のN氏はちょっとカッコ良すぎて気恥ずかしい。

N氏がAIを搭載した人型ボディだということは、近くでみたらわかる。私が、何か変な趣味の女みたいに見えるのは困る。

 そして予想外だったが、外でN氏と呼ぶのは、何だか躊躇ってしまった。昔ながらの厨二の女みたいだからだ。
名前は変更出来ないと書いてあったが、何とかならないかとマニュアルを確認したら、何と愛称を付けられるようだ。

私は即決で推しのナオトの名前にした。
「愛称はナオトよ」
「分かりました、サクラ」

 ナオトと呼び出したら、何だかさらに親近感と人間味が備わって来たような気がした。外に積極的に連れ出したり、私の細かい日常の作業を手伝って貰ったりした。

 特にシャンプーをして貰うのが、最高に気持ちいい。途中で車の運転のバージョンアップもあったので、彼がいるのが便利この上ないと思えて来た。


 夫は全くナオトに関わろうとしなかったが、不意に好機が訪れた。

「何だか疲れる」とぼやき出したのだ。
私は心の中で、ガッツポーズをした。

「マッサージ機能があるわ」
夫は最初は嫌がっていたが、何とか説き伏せてやらせてみた。ナオトのマッサージの素晴らしさは、私もシャンプーで確認済みだ。やれば必ず気にいるはずだ。

案の定、夫はマッサージの最中にスヤスヤと眠りだした。ナオトはきっかり三十分マッサージを行った。

「ご主人は睡眠に入られました。サクラ、どうしますか?」
「彼のベッドに連れて行って、パジャマに着替えさせて」

ナオトは、夫をお姫様抱っこして寝室に運んだ。軽々と夫を持ち上げる姿に惚れ惚れした。今度私もやって貰おう。

 翌日の朝起き出して来た夫は、少しバツが悪そうに見えたが、その日から毎日ナオトにマッサージさせるようになった。

そして、やがてシャワーを浴びるとリビングではなく、直接自分の部屋にナオトと向かうようになった。ものすごい進歩だ。

私は、遂に目的の第一段階をクリアした。夫とナオトが二人きりになると言う事。これは意外に難関だと思われたが、あっさりマッサージが解決してくれた。

男というのは、マッサージが好きだと統計にもあるようで、開発でも優先的に採用された機能だ。その通りに、夫はナオトのマッサージに陥落されてくれた。

ナオトの本領はここからだ。

だが焦ってはいけない。何事も慎重に事を運ぶべきだ。

翌日、私は会社に出社してフィードバックを行った。

「どう?上手くやってる?」
長谷川部長が尋ねた。
「はい、最近ようやくボディと二人きりにする事が出来ました」

「それはすごいわね!」

「マッサージ機能が有効でした。一度やってみたら、やみつきで」
「なるほど!それは良い傾向だわね。リラックス効果が高いので、会話も上手く行きやすいから、進展が期待できるわ」

「まだ、指示は出していません」
「そう。二人きりになってどれくらい?」
「一週間位です」
「一カ月待ちましょう」
「指示は一カ月後ですね。内容はどうしますか」

「AIに判断させましょう。元々、そこが今回のモニターの大きな肝なんだから。AIがどこまでやれるか、私も興味があるし、自信もあるわ」

長谷川部長は、ニッコリと微笑んで言った。この人は昔から、笑うととても華やかな美人だ。

「大丈夫。きっと上手く行くから」
「最近はジムにも連れて行っているようです」
「会話はしている?」
「ええ。二人でマッサージしながら話し込んでいるようです」
「男の付き合いモードに入ったのかしら?」

 長谷川部長は、汎用AIの開発責任者だ。業務用と違い、家庭用AIは目的を定めない会話が中心となる。

むしろ特化型より課題が多く、家族構成に合わせて最適化するのが難題だったそうだ。

 ナオトがうちに来る時に長い時間がかかったのは、私たち夫婦に合わせた調整が行われたからだ。

「何となくですが、二人は私の知らない会話をしていると思われます」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

残業で疲れたあなたのために

にのみや朱乃
大衆娯楽
(性的描写あり) 残業で会社に残っていた佐藤に、同じように残っていた田中が声をかける。 それは二人の秘密の合図だった。 誰にも話せない夜が始まる。

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

処理中です...