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リコーン編

おあいこ

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人が動く音で目を覚ました。部屋を見渡すと白衣を着た美人な女性が何やら作業している。

「あのー。おはようございます」女性が振り向く

「あ、エンシさんおはようございます。気が付いたんですね!」

「おかげさまで。あの、先生は?」

「先生?」

「ここ病院ですよね? 僕はカスタから船に乗ったあたりから今までのことをほとんど覚えてなくて。先生はまだ来てないんですか? あいさつをしないと。」

「ここの担当医は私ですよ」

「え、お姉さんが医者なんですか?」

「そうですよ」

「そんな若いのに医者やってて、すごいですね!」

「あら、そんなことを言われたのは初めてです、ありがとうございます!」

思った以上に喜んでもらえたようだ。歳は大卒くらいだろうか。世界が違ったとしても、こんな若くから一人で病院をやっていくのは素直にすごいと思った。

「俺は人生に迷ってばっかりですよ、何をしようにも中途半端。誰の役にも立ってない、、」

「本当にそうですか? 私は小さい頃から医者になることを親から強いられてきました。実際医者になることができて、人に感謝されて、良かったのかなとは思いますが、もっといろんな事に挑戦してみたかったなとよく思いますよ。あなたが理想とする生き方をしている人もいれば、あなたの生き方を理想とする人もいるんです。悲観することは無いと思いますよ」お姉さんの笑顔が咲く

『これはモテますわ』そんなことを思っていると、ここに来るまでの記憶が少し蘇る。

「あ、ジャスミンさんでしたよね? そういえばレーナさんが言ってました」

「レーナに会ったんですね!? そうなんです。彼女とは子供の時から親友で、弱気な私を守ってくれていました。」

「少ししか話してないと思いますけど、強さと優しさを感じました。」

「自慢の友達です!」

そんな話をしているとドアをちょっと開けてアーヤがこそっと見ている。バレバレなんだが。

「アーヤ、何してるんだ?」

しまった!という顔をしたあと、アーヤがおずおずと入ってきた。なんでそんなに気まずそうにしてるんだろう

「アーヤさんが、痛みで正気を失っているあなたを必死で連れて来たんですよ」ジャスミンさんがアーヤを見ながら言う

「この子には助けてもらってばかりです。実は昨日の夜意識が戻ったんですけど、アーヤがなんとかしてくれたんだなってすぐ思いました。この子じゃなければここまで旅を続けてこれなかったでしょう。本当に感謝してます。」直接言うのは恥ずかしいから、ジャスミンさん経由で本音を伝える。

アーヤが顔を赤くした後、紙に何かを書いてジャスミンさんに渡す

「私の方がエンシに迷惑をかけている。当然のことをしただけ」ですって。微笑みながらジャスミンさんが言う。

「見せつけてくれちゃって、妬けますね~」ジャスミンさんが茶化してくる。俺とアーヤは目を合わせてちょっと照れてしまった。

「そうそう、アーヤの声はどうでしょうか?」バレバレな話題転換をする

「すいません、私の力ではすぐにアーヤさんの声が出るようにすることはできません。彼女の心の中にある根本的な原因を取り除かなくては。」

「そうですよね。アーヤはクルトの被害を直接受けました。俺はたまたま外に出てて、帝国軍が去った後にアーヤを助け出したんですけど。俺がもっと早く戻れていれば・・!」

アーヤが激しく首を横に振る

「あなたまで帝国軍の被害を受けていたら、ここまで来ることはできなかったでしょう。自分でもわかっているのでは?」ジャスミンさんに諭される。

その通りだ。なんなら自分を奮い立たせるために一度はそう思った。でもふとした時にポロッと弱音がこぼれてしまう。意味のない後悔をしてしまう。

「す、すいません。クルトから今までいろいろあって・・・ちょっと疲れたのかもしれない、」

ジャスミンさんが近づいてきた

「ちょうど良いじゃないですか。体も傷ついたことですし、心も休ませてあげないと。心の問題は忘れるという行為で時間が解決すると言われます。確かに間違ってはいませんが、吐き出して、自分なりに納得した方が人は前に進めると私は思いますよ」俺の手を握ってそう言った

「ジャスミンさんモテるでしょ」

「人が弱った時にばかり会って、優しい言葉をかける仕事をしてますので」

「確かに」ちょっと笑ってしまった

「でもー、これはアーヤの仕事かしら?」ジャスミンさんがアーヤに振る

アーヤはぷいっと出て行ってしまった。

「あら、照れ屋さんね」ジャスミンさんが微笑む。その後俺に向き直し

「たとえどんなに疲れて、どんなに傷ついても、あなたはアーヤがいれば何度でも立ち上がれる。そうでしょう?」

「はい」

「即答ですか。エンシさん、あなたが羨ましいです。」少し悲しそうな顔で呟く

「俺も少し前まではそうでした。ずっと一人で、俺が死んでも何も残らないと思っていました。でも、あなたも一人じゃない。あなたに何かあれば、レーナさんが飛んできてくれる、俺とアーヤだって。医者という仕事が、お金の対価に優しさを提供していると思ってしまうのかもしれないけど、もう俺とあなたの間には縁が生まれた。俺には病気は治せないけど、あなたができないことが俺にできるかもしれない。損得勘定抜きで何でも言ってくださいよ、人は人の中でしか生きることはできないんだから」ちょっと喋りすぎてしまった

「そんな優しいことを言うなんて、ズルい」ジャスミンさん、ちょっと涙ぐんでる?

「俺がこの旅で学んだことです。というより、さっきジャスミンさんが俺に言ってくれたことをちょっと形を変えて言っただけですよ」

「私もまだまだですね」

「医者じゃなければ俺とあなたは似た者同士ですよ」ジャスミンさんの手を握る。ジャスミンさんがこっちを見る

「おあいこです!」そう言うとジャスミンさんが少し笑ってくれた

「私のことはジャスミンでいいですよ、似た者同士なんでしょ!?」

「おうよ! よろしく、ジャスミン! アーヤ、バレバレだから入ってこーい」

アーヤがまたおずおずと入ってくる

「アーヤもよろしくね!」ジャスミンが微笑む。アーヤも笑顔を返したが、どこかぎこちない。

人間関係ができたばっかりのぎこちない雰囲気があるが、こそばゆくて良いもんだな。

これからも一人で悩みを抱えている人に少しでも関わっていきたい、クサビばあちゃんのように。
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