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異世界っぽい現実のような夢 第4章

C-4

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 俺は全てを思い出した。
 望月愛果のことも、立花咲夜のことも、早瀬真理のことも、工藤結のことも、白鳥弥生のことも。なんで今まで忘れちまってたんだろう。俺のささやかなしょうもない人生史における最大の出来事で、しかも最高の出来事だったと言うのに。
 なんで忘れてたんだ? 魔法や魔法少女がいるわけねぇしあるわけねぇだと? バカか俺は。あるに決まってんじゃねぇか。現に俺の目の前で何度も目撃したじゃねえか。
 中華鍋と戦って俺の動体視力をおいてけぼりにし、デカグモヤローと戦って即席ビックサイズ針山を作られたり、信号機と戦ってゴツイライフルが火を吹いたり、クソデカ巨人と戦って首を吹っ飛ばしたり。そんな幸せの青い鳥を5億匹見つけた時の体験談以上の経験をすっきりまるごと忘れていたなんてな。
 どうやら今までの俺の方が西田のアホに感染していたらしい。そんなもんをまるっきり忘れてないと決めつけていた俺の方がおかしいに決まってる。
 望月愛果たちによるトリプルエムは地球滅亡2秒前を2秒おきに体験するよりもわかりやすくおもしろい体験を俺にもたらしてくれたのだ。望月たち魔法少女のいない世界なんておれが今まで過ごしてきたおよそ半年間に比べたらおもしろくないに決まってる。
 青い鳥が一匹見つかっただけで騒ぎ出すようなヤツらしかいない世界で今の俺になにを楽しめというのか。さっさとこんなクソつまらなすぎて反吐も出ないような世界からおさらばせねば。
 ……ちょっと待てよ……? いや、だいぶ待てよ……? 俺はどうやって元の世界に戻れるんだ? 
 っていうかここはどこだ? 
 この世界には望月愛果やその他トリプルエムはいない。少なくとも俺の周りにではあるが、今のところ元の世界で魔法少女だった5人は俺の目の前には現れていない。
 すれ違ったとしたら……? 
 そんなわけもないだろう。多分あいつらの1人を見ただけで俺はあのデジャヴに襲われるはずだ。そうじゃないと今まで感じてきたデジャヴがなんだったんだって言いたくなる。
 こうなったらどうしようか。魔法少女たちがいないと何も出来ない自分を情けなく感じた。どうやったら元の世界に戻れるんだ? 
 同じような疑問をついさっきも自分に向けていた俺だがマジで何にもわからない。道に迷ってバッグを探ると出てきた地図が世界地図だったとしか言いようがない。そんな感じの比喩だとわかりやすいだろうか。
 そんな時に俺はある迷案か名案なのか知らんが、とりあえずアイデアが思いついた。頭の上で消える寸前の豆電球が光った感じだ。
 金の力があるじゃないか。
 西田に連絡すれば金の力でなんとかしてくれるかもしれない。なんとかなるわけないが。
 だが今の俺にはそんな千切れたわらにもすがりたいのだ。ミジンコの手も借りたいのだ。今の俺にはマネーパワーに頼らざるおえない。西田の力を借りるのはどうしても嫌だが仕方あるまい。
 この世界の西田と元の世界の西田とは違うんだ。どっちも犯罪者モドキのアホだが。
 ヤケクソだと思う部分がおよそ10割という完全にただのヤケクソだが俺は西田に電話することにした。
 マネーパワーの真の力を見せてやるんだ西田。お前(の持ってる金)の力だったらきっとできるさ。……無理だろうけど。
 コール音が3回ほど鳴り終わるとまず執事が出てきた。どんな家だよ。
『はい。こちら西田テーマパークカンパニー取締役会長兼社長、西田光成様の本邸執事室でごさいます。なにか御用でしょうか? ご家族の方に御用の場合はこちらから取り次がせていただきます』
 明らかに録音していた音ではなく電話の向こうで喋っている様子だった。
 電話の横で台本を置いてないと喋れそうにもないこの言葉に俺は一瞬戸惑った。誰でもそうなると思うが、こんなにかたっくるしい家なのかよ。
 ついでに言うと、西田光成って名前に俺は思わず吹き出しそうになった。理由は分からん。失礼なことをした気がするので後で謝っておこうか。
「あの……西田勇人君の友達なんですが、西田君に代わってもらえますか? 」
『これはこれは、とんだ失礼をしてたいへん申し訳ございません。すぐに代わらせていただきますゆえ、もうしばらくお待ちください』
 ベートーヴェンの歓喜の歌が電話から流れてきた。待機中に流される音楽にデフォルトで設定されていたやつだ。
 しばらくすると西田が雑に受話器を取ったのか、ガチャりとでかい音を立てて西田の声が聞こえてきた。
『よっすマスター。お前が俺に電話するなんてどうしたんだ? 針千本飲まされるようなことをした覚えはねえぜ』
 そんな約束をした覚えもないからな。
 くだらん西田との会話はソッコーで終わらさねば。こいつと電話すると長電話になりそうで怖い。
『実はお前に相談したいことがあるんだ。お前のそのマネーパワーで解決して欲しい事情をついさっき思い出しちまってよ。家行ってもいいか? 』
『思い出した? なにをだよ』
『あとで話してやるよ。お前ん家がどこにあるのか教えてくれ。すぐ行くから』
『俺ん家に来るのか? ちょっと待ってろ。そっちに車と運転手送るから』
 運転手を送るって言う意味がよく分からんが、出かける準備をしているとインターホンが鳴った。
『はい? どちらさま? 』
『たいへん長らくお待たせいたしました。私、西田坊っちゃまのご命令であなた様を西田家本邸にご案内するように仰せ使いました。お出かけの準備ができましたら、玄関口までお向かい下さい。お車をご用意しておりますゆえ』
 マジでどんな家に住んでるんだ西田は。
 執事さんに悪い気がしてきたので急いで玄関口まで行くと、夏休みの時に見たあのクソリムジンではなく俺でも知ってるくらい有名な外車が止まっていた。
 執事さんに案内されて乗ってみると、車の中はこれまたクソ高そうな革製のソファが真っ先に目に止まった。素材が良いのかよく分からんが、家にあるオンボロソファの数億倍はフッカフカなのでこのまま寝てしまいそうだ。
 前にあるシートの背もたれ部分には小さなスクリーンが設置されていて、テキトーにポチポチ触っていると家にあるオンボロテレビよりも綺麗な映像と綺麗な音質なのでちょっとムカッとくる。
 相変わらずどんな悪いことをしたらこんなにも金が稼げるのだろうか。俺も詐欺師にでもなってやろうか。
 詐欺師になるには自分の語彙力の異常な少なさにソッコーで逮捕されることを予感して真っ当な職に就くことを決意していると、いつの間にかやたらデカイ屋敷に到着していた。
 屋敷といっても洋館ではなく和風だ。鎌倉時代にありそうな地味で堅苦しい感じの武家屋敷といったところだろう。屋敷のデカさは目算で……分からん。
 門の向こうに見えるのはほとんど手入れされまくった木が生えているだけで森みたいになっている。その森の上に屋根だけデカデカと見えるのでデカさなんて分かりっこない。
 近づいてもデカさが分からないくらいデカイ屋敷の玄関で突っ立っていたのは、めんどくさそうにしている西田だった。家でダラダラしたいと言いたいらしいな。目は口ほどになんとやらだ。
「よっすマスター。俺ん家まで来るなんて何の用だ? やっぱし針千本飲まされるようなことしたか? 」
 今すぐ飲んでほしいがそれどころではない。
「あぁ。実は……」
 俺は高校入学以来今まで起こったことを手短に話した。魔法少女たちのことも、俺が軽トラックにぶつかった時以来俺の住む世界とは違う世界に行ってしまったことも。
 最初は面白そうに聞いていた西田も、最後の方になると中学生に桃太郎の話を読み聞かせした時みたいなつまらなさそうな顔をした。
 だがここまで来たんだ。やりきるしかないだろう。
「だから元の世界に戻れる方法を知ってないか? 金でなんとかなりそうか? 」
「ふ~~~ん。お前はつまり別の世界からよく分からんがこの世界に来ちまったって言いたいのか。そんでもって元の世界に戻れる方法を知りたくて金の力でなんとかしようとしたわけか」
 西田のアホ面が一瞬冷静になった。
「ブッヒャッヒャッヒャッ! そんなのあるわけねぇじゃん! あひゃひゃひゃひゃひゃ! 」
 やっぱしそうなるよな……。
 俺は西田に針一兆本を飲ませてやろうかと思ったが、そんなに針が転がっているはずもなく諦めて執事さんに家まで送ってもらった。
 どうしようか……。
 金の力でなんとかなるわけなかったがこれでは打つ手がマジでない。
 とぼとぼと家の玄関口に向かって歩いていると、上から植木鉢が降ってきた。
 俺の家はマンションなので、おそらくベランダでガーデニングとかを楽しんでた暇な主婦がミスって落としたものなんだろう。
 ん? このままだと俺の頭の上に落ちてこないか? あっと言えないくらいの間に、頭に凄まじい衝撃が走って目の前が真っ暗になった。
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