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メモリーズ オブ マイライフ

心からの言葉

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「マスター! おかえりぃーっ!」
 懐かしい声が響き、5人の見覚えある少女たちが飛び出してきた。
「これは……いったい……」
 呆然と立ち尽くす俺に、皆がそれぞれ声をかけてくれた。
「久しぶりだねマスター! ぜんっぜん変わってないなぁ。1週間くらいしか経ってないけど」
「マスター、あなたに……もう一度会えてよかった」
「ビックリした? でも喜んで! あなたともう一度、一緒にいれるんだから」
「私達がいない間……随分落ち込んでいたようだけど、もう少しメンタル鍛えた方がいいんじゃない? 防衛対象さんっ」
「ふぇぇぇ~ん……良かったれす……また会えるなんて~」
 俺は戸惑いながらも藤堂を見た。藤堂は、誰とも目を合わせず、
「私が天界に要請しました。マスターさん、私と一緒にいてもマイナスエネルギーを発生させてばかりです。逆に、MMMの皆さんといると、プラスエネルギーはかなりの量で発生していました。私はそのデータと共に、MMMをマスターさんの元へ行かせるよう頼んだのです。その結果はご覧の通り……というわけですよ」
 一切の感情を込めずに、淡々と説明した。
「藤堂さんのおかげだよ! ありがとう、藤堂さん!」
  5人を代表して望月が礼を言った。
「天界人からも恐れられた、あの赤目の虎が、まさかマスターの護衛任務に着いていたなんてね……。藤堂さん、これからどうする気なの?」
 早瀬は不思議そうな顔をして藤堂に尋ねた。藤堂はその問いに対して、俯きながら答えた。
「あなた達……MMMをこの世界に呼び寄せるために、私のありったけの魔力を使いました。それもマスターさんの力を借りてまで……」
 そのセリフを聞いて、俺は、藤堂が何故俺とデートするのか、その本当の目的を察した。全ては俺のため、MMMのためだったのだ。
 俺にやりたいことを思いっきりやらせて、俺のプラスエネルギーを無理矢理引き出していたのだろう。
 藤堂は以前、自身の魔力が大したことないと言っていた。それは藤堂の戦闘スタイルにも表れているだろう。武器を召喚して、たまに太刀筋に雷を帯びさせている。彼女が魔力を使う時といったら、ほとんどそれ以外はない。後は、自らが極めた武道を駆使しているだけだ。もっとも、あまりに極めすぎたため、誰もが敵わない程の実力を身につけちまったが。
 話が逸れちまったな。要するに、藤堂の少ない魔力では、全てを絞り尽くしても5人の魔法少女をこの世界に呼び寄せることは不可能だったのだ。
 だから俺とデートした。
 いくら俺でもやりたいことを思いっきりやればプラスエネルギーが出ることは必至だ。余るほどのプラスエネルギーを発生させ、それを利用してMMMをこの世界に召喚させたのだ。
 全ては俺のために。
「とにかく、私の魔力は全て絞り尽くしたも同然です。この世界に残れる時間もあと僅かでしょう。明日中……いや、今日中には、天界へ帰りたいと思います。マスターさん、短い間でしたが、お世話になりました」
 藤堂はこちらを向いて、深く深くお辞儀をした。
「それじゃあマスターさん、もう2度と会うことはないでしょう、お達者で。MMMの皆さんも、さようなら」
 藤堂はそう言いながら、小雨が降り始めた外へ歩を進めた。エレベーターの起動音が響き渡る。
 誰もがその背中を黙って見ていた。望月も、立花も、早瀬も、工藤も、白鳥も、その視線はずっと藤堂を追っていた。誰も声をかけることが出来なかった。俺だってそうだった。
 こいつらと……MMMと再会できて嬉しいはずなのに、飛び跳ねたっていいくらい喜んでるはずなのに、なんだ、この胸に引っかかるような、モヤッとした感覚は。このままアイツを天界へ帰したら、まるで俺はタダのクソヤローじゃねえか。俺のことを真剣に、命を張って守ってくれたやつに向かって。俺はずっと、MMMに会いたいって駄々をこねただけじゃねえか。
 人間ってのは恐ろしい。欲を満たしたと思ったらまた新たに欲が生まれてくる。今の俺は、まさにそんな状態だった。MMMと再会できた。今度は、藤堂をMMMへ勧誘することだ。
 なんたってMMMはな……
「待って! 藤堂さん!」
 望月の声に、藤堂はピクリと反応した。
「ねぇ藤堂さん、MMMって、なんの略か、知ってる?」
 エレベーターの明かりが来たと同時に、ドアがゆっくりと開き始める。
「マスターを! みんなで! 守る会! 略してMMM!」
 エレベーターの明かりが、藤堂の全身を照らした。
「藤堂さん! だからあなたも……」
 藤堂は俺達に向かって、にこりと笑いかけた。そしてエレベーターの光の中へと進んで行った。望月の言葉を遮るかのように。
「藤堂さん……」
 ガックリと項垂れる望月の手を握った俺は、階段へ向かって早足で歩き出した。
「マスター?」
「なぁ望月……ありがとよ」
 言いたいことを丸め込んで一言に詰め込んだ。この1年とプラス1ヶ月、こいつに言いたかった全てをその一言に込めた。
「うん。こちらこそ!」
 望月は満面の笑みで答えた。
「でもマスター、藤堂さんも……」
「心配すんな。望月、お前が藤堂に言おうとしていたことはな、俺もアイツに言いたかったことと同じなんだ。今からそれを伝えに行くぞ!」
 俺の言葉に、望月は決意を固めたような、キッとした締まった表情になった。
「そういうことなら任せてマスター!」
 俺の手をグイッと引っ張った望月は、ドヤっとした顔をこちらに向けた。
「飛ばすよマスター、しっかり掴まっててね!」
「ちょ……おま……」
「『アクセルレイド・1』!」
 丸く赤い魔法陣が望月の体を通過する。望月は俺の手を引いたまま超高速ダッシュした。
 目はものを捉えられなくなり、絵の具を引き伸ばしたような景色が続く。瞬く間に藤堂の元へと追いついた。
「藤堂さん!」
 望月の声に藤堂が振り返る。
「ねぇ藤堂さん、あなたもMMMに入ろうよ」
 藤堂は俯いたまま沈黙で答える。
「魔力のことなら気にしないでっ」
 望月はそう言って胸に手を当て、グッと力を込めた。キラキラとした眩い光球が現れる。
「少しだけど……私の魔力をあげる! これだけあれば、藤堂さんなら1週間くらいここで暮らせるよ! その間に、天界から魔力を供給して貰えるよう申請するの。そしたら藤堂さんもずーっとマスターと一緒にいれるよ!」
 藤堂は俯きながらもたじろいでいた。困惑しているようにも見える。
「なぁ藤堂、望月も言ってたけど、MMMはマスターをみんなで守る会ってのが正式名称だ。その『みんな』の中に、お前だって入っていいんじゃないか?」
 藤堂が俺の問に対して答えを探している。俺はそんな暇すら与えずマシンガンの如く言葉を浴びせにかかった。
「これは単なる俺のわがままだ。お前がいる間に、MMMが戻ってきて欲しいってのも……MMMが戻ってきた今、お前にいて欲しいってのも。藤堂、お前がこのわがままに付き合うかどうかは、お前が決めてくれ」
 俺は藤堂にそっと手を差し伸べた。
 俯いた藤堂はニヤリと薄ら笑いを浮かべていた。ひったくるように光球を掴み取ると、俺の手をパシッと叩いた。
「最後に決めるのはあなた達ですよ? MMMのお2人さん」
 光球を取り込んだ藤堂は、次第に赤目へと変化していた。
「私を捕まえられたら、MMMに入ります。鬼ごっこですよ」
 藤堂はそう言って、いつの間にか点くらいの大きさになる距離まで離れていた。通りがかりの人たちは、みんな目を丸くしている。
「私に鬼ごっこを挑むなんてね……。藤堂さん! 待って~~いっ!」
 望月は俺の手を引っ張ったまま超スピードで走り出した。
「まだまだ行くよ~! 『アクセルレイド・2』!」
 家々を飛び越えるように、翼を得たように超スピードで走る2人は、数馬身程の距離まで縮まっていた。
「藤堂さーんっ!」
 望月は向かってくるタクシーを踏み台にして大ジャンプした。もちろん俺も手を引かれているので大ジャンプしている。
「つっかまっえた~っ!」
 着地と同時に数馬身差は埋まり、望月は藤堂の肩をガシリと掴んだ。
「藤堂さん! これであなたもMMMだね!」
 藤堂は肩をワナワナと震わせ、涙を目に浮かべながら満面の笑みを浮かべていた。
「逃れられませんでしたね……!」
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