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第一の世界
妾
しおりを挟む図書館へ向かう廊下は思ったよりも多くの生徒で溢れていた
ーーこの時間でも結構人がいるのね
いつもはさっさと部屋に帰るか秘密基地でゆっくりしていたので知らなかった
「あら?レイチェル!」
振り返ると少し離れた所にサルティナがいた。さっきナルザルクと話をしていたから何だかわくわくしてしまう
「サルティナ!どうしてまだ学校にいるの?」
「あ、あー、あー。私はその、ほらあれよ。少し前に出された課題がちょっとね。ちょっと問題あったみたいと言うか何と言うか」
モゴモゴと話すサルティナの話を要約すると数日前の課題の出来が酷かったので教授に突き返されたらしい。
それにしても課題を突き返されるって………
一体どれだけ酷い内容だったのか。
「それで今から図書館で少し資料を集めようと思って。明日休みだからわざわざ来るのも面倒だしね」
ちなみにこんな時間になったのは教授から渾渾とお説教を頂いていたらしい。本当にどれだけ酷い内容だったのだろう
「そ、そう。それは大変だったわね。私も少し資料を集めに行くから図書館へ向かっていたのよ。一緒に行きましょう」
図書館へ向かう途中にリリアンナの事を聞いてみるといつも休みの日の前はさっさと帰るから部屋ではないかと言われた。
部屋が近いので登校は一緒にするし、同じ講義があれば共に受けるが基本私達は自由に動く。仲良しこよしずっと一緒な訳ではない。
この距離感が好きで2人と一緒にいるのも大きい。
図書館に入るとこちらも思ったより生徒が残っており受付は少し混んでいた。
サルティナと別れそれぞれ必要な資料を探し出すがようやく見つけた婚姻関係の資料の辺りで、資料ではなく厄介な物を見つけてしまった。
忘れもしないあのセンター分け疫病神!!
ーーとりあえずあいつに見つかる前に引き返そう
ディードレーヤと直接関わったのは2回程だがその2回が酷い。できればもう二度と関わり合いたくない。
幸い向こうは何かの資料に気を取られている。そっと後ろへ後ろへ後ずさった。
ーーて言うか本当何なのかしらあいつ。あんな偉そうにしておいて資料自分で取りに来るとか何なの。想像とちょっと違うんだけど。だからってこの嫌悪感が無くなる訳ではないけれど。そして私はただサルティナとナルザルクの恋の行方を資料を見ながら妄想したいだけなのに!
あわよくばお役に立ちたいだけなのに!
どうして後ずさらなければいけないの!
そんな事を考えながらもう大丈夫だろうと思いくるりと方向を変える。すると狙った様に振り返った私の肩付近に少し出たままの資料の束。
ーーやばっ・・!!
咄嗟に手を出し落ちる前に何とか受け止めた
ーーせ、セーーフね
ドサドサッ
と、思ったら全然セーフじゃなかった。落ちそうになる資料を取ろうと手を伸ばし、バランスを崩しそうになったので咄嗟に反対の手で身体を支えるために本棚の1つを掴んだ。
結果、その振動で別の資料がいくつか落ちた
ーーひいぃいいいい!
とりあえずさっさと拾って戻して逃げよう。髪で顔を隠せばきっと大丈夫なはずだ。
慌てて落ちた資料を元に戻す。すると横目でディードレーヤがこちらを向いた
ーー私に気づきません様に私に気づきません様に私に気づきません様に!!
もしくは気付いても私の存在を綺麗さっぱり忘れ去っています様にー!!
漸く資料を棚に直すことができたのでさっさと退散する。私が去る間際に後ろで「レイチェルか?」と言う声が聞こえた気がしたが気のせいだ。絶対に気のせいだ。
そのまま早歩きでその場を去る
ーーどうして婚姻関係の資料ってこんな奥まった所にあるのかしら。早く帰りたいのに
半ば八つ当たりの様な事を考えながら歩いていると受付が見えてきた。サルティナに一声かけたかったがもうさっさと帰ろう。
そう思った時
「おい、待てレイチェル」
がっつり後ろで手首を掴まれた。それも受付前の物凄く人目のある所で。
振り向かなくてもわかるこの声は……
「ディー……ドレーヤ様………」
味方はいない、そして多くの人目、何よりがっつりと掴まれている手首。
ーーに、逃げられない
一体なんだと言うのか。もうお願いだからそっとしておいて欲しい。私は今妄想の為の資料と心の準備中だ
「何故逃げた」
ーーやっぱりあからさま過ぎたか。しかしここはすっとぼける!!
「何のことでしょう?」
さりげなく腕を引いて手を離して貰いながらにっこりと微笑み、誤魔化されてくれる事を祈り首を傾げてみる
「先程私が声を掛けたというのに貴様聞こえぬふりをして逃げただろう」
ーー面倒臭い男ね
そもそもどうしてこんな人目のある場所なのか。いや人目が無くてもご遠慮願いたいがせめてもう少し人目を気にしろと言いたい
「それは気付きませんで申し訳ありませんでした。実は朝から少し調子が悪くて」
ふぅ、とわざとらしくため息をついてみるがそんな事は知らないとでも言うように言葉を重ねてきた
「ふん、貴様の体調なぞどうでも良い。それよりも喜べ。貴様は見目だけは良い。なので貴様を私の妾に迎えてやろう。光栄に思うが良い」
一瞬で誰もいなくなったかの様に静まり返る図書館。そして次の瞬間には喧騒とも言える人々の声
ーーは?
頭が考える事を拒否するかの様にディードレーヤの言葉が耳をすり抜ける
「レイチェル!!」
その時人混みをかき分けてサルティナが駆け寄ってきた
「お話中申し訳ありませんディードレーヤ様。友人は少し体調が優れない様子。失礼かとは思いますが部屋で休まさせて頂きたく思います」
早口でそう言うと私の肩を優しく抱いた
「ん?どこかで見た顔だな」
ディードレーヤが首を傾げるとサルティナの奥歯がギリっと鳴るのが聞こえた
「わたくしもこの学園の生徒でございますので、どこかの講義でご一緒させて頂いたのかもしれません」
そう言って軽く会釈をするサルティナの目には怒りが見えた
ーーもしかして、妹さんの事を思い出しているのかしら
そう思うと何とも言えない気持ちになった。咄嗟にサルティナの手を掴むとハッとした表情になったサルティナはこちらを見て小さく「大丈夫よ」と微笑んだ
「成る程。そうだな。貴様名は何と言う」
「…………サルティナと申します」
「そうか。ならば貴様も私の妾に加えてやろう。先程調べたが、どうやら妾の数に特に上限は無い様だな。我が家の規模だとだいたい3人程度の様なので貴様もレイチェルと共に我が妾となると良い」
そう言いながら手に持った資料をひらひらと振ってみせた。呆気に取られる私達を余所にディードレーヤは続ける
「髪色は良いとして瞳の色が美しくはないが、まあ仕方がない。私は寛容なのだ。美しくない瞳には目を瞑ってやろう」
パアァン!!
ディードレーヤの言葉が終わるか終わらないかの内に、私はほぼ無意識で彼の左頬を全力で叩いていた
「っな………!!」
数拍の間を置き、ディードレーヤが我に返る
「貴様、今自分が何をしているのか理解しているのか?」
そう言うディードレーヤの手には槍が携えられていた
ーー殺されるかもしれないな
『槍の実技で教授の指導の元や身に危険が迫った時以外は槍を使用する事は固く禁ず』って確かこの学園の規則にあったわね、とどこか現実的では無い事を考える
「ええ、わたくしの大切な友人を侮辱なさったのですから今のでもぬるいくらいですわ」
頭に血が登って先に手を上げてしまったのは私が悪いと思う。しかしサルティナの妹さんの話を知ってしまっている私はどうしても先程のディードレーヤの言葉が許せなかった
「レイチェル……」
少し後ろで不安そうに銀のポニーテールが揺れている
「成る程。妾の話を断るどころか命もいらぬと言う事だな」
ディードレーヤがそう言うと、それまで騒ついていた図書館の空気が固まった
「私に対する不遜なその言動や行動。楽に死ねると思うなよ」
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