サクササー

勝瀬右近

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第1章 第10話 誓いと約束

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 総勢300名からなる国王の国内視察団は10日の日程を組んでおり、初日は移動日となっていました。
 最初の目的地タバラまでは500㎞程の工程ですがこれを丸一日かけて走破します。この時使われるのはサーリングエンジンを積んだ軌道列車です。
 1435mmの軌間の上に乗る王族専用の所謂(いわゆる)お召列車は20両編成で前後中央に機動車が配置されていて、城にいるときと変わらぬ生活ができるように設計されていました。
 こうした軌道網は世界中に張り巡らされていて、これの立役者はもちろんジェミン族でした。軌道の敷設から機動車や客車の製造販売の最大手はレアン共和国なのです。
 しかし、当然お国事情に左右されますから近くても軌道が開通していない箇所が何か所もあります。例えばレアンとフスラン王国の国境、デヴォール帝国とフラミア連邦王国の国境などがあり、もちろんそれら両国は仲が悪かったり、政略的な配慮によってそうし、そうされているのです。



 そんな裏の事情もあるとはいえ、広い国土をまとめるためにはこうした軌道の力がなければ実現できませんし、何より便利です。国王一家を乗せた軌道サーリングは時速50㎞程で目的地タバラへ出発してから12時間で到着したのでした。
 今回の視察は王都から距離の離れている地方都市を巡る視察でした。タバラを経てチケロ湾を右に見ながら南下しバーマを過ぎてイズワが第二の目的地となり、その後バーマから海路を使って細長い半島の先端の都市ロフへ入ります。そしてマルデリワ湾を右手にノスユナイア湾を左手に臨みながら東進し最後の目的地は海洋交易の拠点都市マルデリワでした。



 アレスはタバラではエデリカの事を想って少し寂しい気持ちでしたが、イズワに来た時にその様子に驚き、夢中になりました。イズワはドリエステル元帥の生まれ故郷で、ドリエステル家の影響力がとても強い地方でしたが、そのドリエステル家の方針であるい種族との交易が盛んで、そのためその種族が町中を歩いていることが珍しくなく、それどころかドリエステル家の計らいで仕事をすら与えられ、働いているものもいるぐらいだったのです。
 その種族とはアカ族。
 何千年も前からこの半島状の北端辺りを住処としている民族で、その特徴は屈強頑健です。しかも男も女もその体躯は2mを下回ることがなく、太い手足は恐ろしさを感じるほどの威圧感がありました。しかし彼らは自分の住処である半島の北端部から出ることは全くありませんでした。ドリエステル家の働きかけでイズワの町に数百人程度が出てきている程度です。
 アカ族の人口はセノン族とあまり変わらず、2000人から3000人ぐらいだと言われています。平均寿命はマシュラ族よりも長いとはいえ150年ぐらいで、しかも出生率があまり高くなく、アカ族みずからが死んだ老人の数だけ子供が生まれると言ってため息をつくほどでした。(マシュラ族とは異種族間交配が出来ないことが既に知られていています。)

 そんな土地柄ですから、好奇心旺盛な小さな王子は御用車の窓からアカ族が見えるたびに目を丸くしてその巨大な姿にみとれ、その歴史に思いを馳せました。

 次にアレスの心を射止めたのは港湾都市バーマの港でみた海軍の勇壮なる威容です。
 100隻からなる軍船はザナ=ホロ=レバンダル中将の指揮する第六師団です。彼らはこの後に赴く港湾都市ロフの第二師団の100隻艦隊と双璧を成すノスユナイア海軍でした。
 バーマの港から出発した御用船に50隻の護衛艦隊が付きそうという光景にアレスは胸を躍らせ、ノスユナイア湾入り口の中央辺りでロフから来たやはり50隻の第二師団護衛艦隊の出現に度肝を抜かれ、すっかりエデリカの事など忘れてしまったかのようでした。

 興奮冷めやらぬアレスはロフの町でやはり異国の情緒漂わせる風景に心を奪われました。
 港湾都市ロフは国境の町でもありました。隣の国トスアレナ教皇国から訪れた人々のために建てられた色鮮やかな宗教建築物が数多くあり、嫌でも目を奪います。ノスユナイア王国では国家に脅威を与えなければ信教、布教は自由でした。そのためトスアレナ教皇国の影響が建物以外に生活、風習などに現れていてここに訪れた者の興味を引いてやまなかったのです。
 そんなロフの滞在期間も過ぎ、次は最終目的地である海洋交易の拠点都市マルデリワへと一行は軌道の上の人となっていました。

 アレスはマルデリワ湾の対岸を見ながら思いました。あそこに凶悪な獣人たちがいるのだと。そしてそこから獣人たちが襲い来るのではないかと背筋を震わせたのです。
 ”アレスは弱虫ねぇ。ふふふ!”
 アレスはハッとしました。
 ここ数日というもの、訪れた町や出来事ですっかり忘れていたのです。あの強くて優しい笑顔を。少年王子は明後日には王都に戻るというのに、突然エデリカが恋しくなってしまったのでした。
 しかしマルデリワが見えたというい知らせを聞いたアレスは母に連れられて展望車に上がると、その素晴らしさに言葉を失い胸をときめかせたのです。

 王国領ではもっとも南にある町、マルデリワ。
 この町の成り立ちはおよそ200年前にさかのぼります。それまではどこにでもあるありふれた地方にある大きめの町に過ぎなかったのですが、当時、常日頃からフラミア連合王国と国境争いをしていたデヴォール帝国がダナイン神聖帝国との連合を締結したのを背景に、元々不可侵条約を結んでいたフスラン王国を篭絡。ついにレアン共和国にも連合参加を求めて来るという事件が起こりました。
 その時はレアン共和国とノスユナイア王国との同盟締結により事なきを得ましたが、元はレアン共和国の領土であった大山岳地帯東岸地方をドサクサのうちに実効支配されてしまい、挙句の果てに通行を遮断され、レアン共和国が大切にしている商路が断たれてしまったのです。
 経済活動を国の生業としている以上、原料を仕入れてそれを売り捌くには世界各地に輸送しなければなりません。この唯一の出入り口をふさがれてしまったレアン政府はレノア山脈を越えてマルデリワからトスアレナ経由で物資の運搬を行おうと考えたのです。
 この計画はすぐさま実行に移され、レノア山脈を越える道は車でも行き来ができるように整備され、それこそ引っ切り無しに車が往来するにぎやかな山道となり、さらにマルデリワは突如として巨大な交易都市へと変貌を遂げることになったのです。


 この町はこのマルデリワ湾という長大な入り江の最奥に築かれていて、獣人たちの拠点の近くであるため城塞造りとなっています。その威容は王都ノスユナイア城に勝るとも劣らない堂々たる姿を見せつけていました。しかも交易都市でもあるのに城塞を兼ねているという世界でも珍しい佇まいでした。
 総延長が600kmもあるマルデリワ湾は、王国側も大山岳地帯側も切り立った断崖絶壁で、天然の要害をなしています。外海から湾に入ってくると急激に狭くなっている場所がありますが、そこを通り過ぎてさらに奥へ進めば今アレスが遠くに見ている城塞の町マルデリワの港に到着します。
 この湾には面白い特徴があります。大山岳地帯や王国側からいく筋もの川が流れ込んでいて、どの河も水量が豊富なので、緩やかではあるものの流れがあるのです。だからここは非常に幅の広い河ともいえ、汽水域のため海産物は珍しいおいしいものがたくさん採れるのも特徴のひとつです。

 城塞都市が目前に迫ってくるとアレスは目を丸くしました。
 断崖絶壁に張り付くように人工物が構築され、見下ろす船着き場にはたくさんの商船が停泊していて忙しく働いている人々が見えます。断崖の至る所に築かれたテラスにはサーリングエンジンを使った巻き上げ機が備え付けられていて荷物を上げ下している様子が良く見えました。その人工物と自然とが融和した景観の対比や美しさは息を呑むほどで、アレスはいつかここにエデリカと来ることを誓ったほどでした。
「アレス」
 母が指さす先に大きな二本の角が立っているのが見えます。
「あれがエヴァキィルの塔よ」
 失われた種族が何万年も前に建てたと言われているその塔を初めて見たアレスは遠目に見てもその高さが想像を絶することを肌で感じました。
 ”すごい・・・あれがエヴァキィルの塔・・・”
 町と塔の間30kmには、かつては町があったことを物語る朽ち果てた石積みや、ところどころに兵士が駐屯している砦が築かれていて、殺風景という言葉がよく似合います。
「船の行き来が多いのね」
 アレスの母がそういうとそばにいたモルド大佐が応えました。
「ええ。先の討伐戦で獣人を圧倒した成果です。大山岳地帯側の沿岸から魔法攻撃をされる事もなくなって航行に不安が無くなったせいでしょう」
「ユリアスのおかげだね!」
 アレスは自分の事のように大きな声でモルドに言いました。
「ガーラリエル将軍だけではありませんよ殿下。王国のすべての人々思いが勝利を齎したのです」
「でもユリアスが一番活躍したに決まってるよ!」
「モルド大佐。アレスは授与式からすっかりガーラリエル将軍贔屓(びいき)になってしまったのよ」
 モルドが珍しく微笑みます。
「さあ間もなく到着です。中へ行きましょう」
 目前に迫る城塞都市に列車はゆっくりと滑り込んでいきました。






 マルデリワに到着した一行は、マルデリワ駐屯軍元帥のヴィッツ=ボーラに出迎えられました。
「陛下。長旅お疲れさまでした」
「アゴス。出迎えご苦労。先の討伐戦ではいろいろあったが、今回も頼むぞ」
「は。御意に。まずはごゆるりとくつろげる場を設けましたのでそちらへ」
「すまんな。世話になる」
「恐縮にございます」
 国王一行はボーラの言った通りに用意された何不自由ない宿泊所でくつろぐこととなりました。その部屋は窓の外に先ほどまで列車から見ていた港湾都市が一望できる場所にありました。
 アレスが窓外を眺めているとドアがノックされ、国王が許可を告げると部屋にモルド大佐が入ってきたのです。
「陛下。御寛(おくつろ)ぎのところを失礼します」
「かまわんよ。どうしたね」
 モルドは一拍置いて口を開きます。
「・・・明日はエバキィルの塔ですが」
「うむ。そうだな。それがどうかしたのかね?」
「アレス殿下もご一緒に?」
 頷く国王にモルドは言いました。「我々近衛だけでなくボーラ元帥下の兵士たちの護衛もありますが、殿下の同行は危険と存じます・・・」
 危険。
 父がいちばん頼りにしている男の口から出た言葉。
 そうであるからこそ、アレスはその言葉に大袈裟ではない何かを感じ、不安を覚えました。
 しかし国王はそんな息子の気持ちを他所にゆっくりと立ち上がることでモルドの言葉を遮り、言いました。
「モルド。危険は承知のうえなのだよ。だからこそ近衛だけでなくボーラ元帥に精鋭兵による親衛隊を組織させた。それにこれは必要なことなのだ。わかってくれるな?」
 表情を崩さない国王にモルドは何故か、言いようのない切迫感を感じました。それと同時に今回の視察行の真意を初めて悟ったのです。
「明日の準備は怠りなきようにな」
 予定に変更は無いという語調にモルドは硬い表情のまま何も言わず頭を下げました。
「畏まりました」





 モルドは国王の居室から出て、しばらく歩くと待っていたかのように一人の男が脇の通路から現れました。足を止めます。
「浮かないカオ・・・だな。大佐」
 そこにいたのは地味な色の着衣の上に長衣をまとった中肉中背の男でした。年齢はモルドと同じか少し上、といった感じでしたが軍人には見えません。
 モルドはその男を目だけを動かして見ただけで、挨拶もせずにすぐに歩き出しました。男もモルドに随伴して歩き始めます。
「前回の視察行は10年前。あの時は君も同席したな。もっとも、そのとき君は・・・」
「あなたと同じ王国軍の大隊長だ。カフラー委員長」
 カフラー。
 モルドにそう呼ばれた男は肩をちょっとすくめました。「師団は違ったがね」低いトーンの声音でそう言うと更に言葉を続けます。
「そのときに君は突如襲ってきた獣人から陛下をお救いし、それがきっかけで・・・近衛隊に入隊した。いや、近衛隊長に就任したのだったな」
 カフラーの言葉が終わるや否やにモルドは口を開きました。
「あなたは軍を退役し、反国家審問委員会への就任を願い出て受理された。・・・昔話をしに来たわけではないのだろう。・・・何か御用か?」
 モルドはこの男があまり好きではありませんでした。
 法に忠実であること自体は自分もそうであるため気にもしませんでしたが、カフラーの敷く過度な秘密主義には眉をひそめざるを得なかったからです。自然と受け答えも素っ気無い感じになります。  
 そんなモルドの内心を知ってか知らずか、随伴しながらカフラーは言いました。
「今回の視察行。前回と違って随行している者が錚々たる顔ぶれだ。気にならんかね?」
 無言のモルドにカフラーは言葉を続けます。
「貴公は近衛だから当然としても、賢者ディオモレス様を筆頭に諜報長官メルク=マリウス、魔法院長ラットリア=ツェーデル、元老院の主だった有力者、国務院長アガレス殿、王下省の全ての長官まで・・・」
「カフラー委員長」
 言葉を遮られたカフラーは振り返ったモルドと視線を合わせました。
「反国家審問委員会は国王陛下の御為に各院および軍の動向を監視し、必要であれば調査、査問することが任務であり最大の権限。だから今回の視察では忙しいはずなのに、余計な詮索をする暇があるとは知らなかった」
 反国家審問委員とは内務諜報機関とは違います。実際内務諜報を行う機関は別にありました。
 この機関の特徴はすべての国家機関に対して情報を強制的に開示させる権限があります。つまり諜報機関さえも反国家審問委員会にとっては監視の対照。そしてすべての機関からの情報を開示させるのに、委員会側の情報開示は国王を除く誰からも強制されないという権限を与えられていたので、貴族はもちろんですが監視される側の国家機関の官僚や元老院議員たちの心中は穏やかならざるものになり、結果として敬遠される存在となってしまっていたのです。
  カフラーや彼の部下が元老院会議に必ず出席していましたが、反国家審問委員会の誰かが発言を求める挙手をすると同時に議場内が冷や水をかけられたかのごとくに緊張するのはいつものことでした。
 反国家審問委員会の調査は秘密裏に行われます。その秘密主義が最も恐れられ、嫌われる原因でしたがこのボロギット=カフラーという男がもっている不気味を匂わせる雰囲気が近寄りがたいというより、近寄りたくないという嫌悪の感情を沸き起こさせるのです。

「そう嫌味を言わんで欲しいなモルド大佐。ただ気になっただけだよ。ふふふ」
「好奇心は結構だが王族に対して不遜な行動をするつもりなら、誰であろうと、どんな権限を持っていようとわたしは容赦しないことを良く覚えて置くといい」
 カフラーは苦笑し「ふ・・・、久しぶりに話をしたが元気そうで何よりだ。ではな大佐・・・」丁寧に頭を下げてモルドから離れてゆきました。
 カフラーの背中を見送りながらモルドは思い出していました。今彼に言われた10年前に国王の国内視察があったことと、エバキィルの塔視察の折に獣人の襲撃があったという事実を。
 今回も同じことが無いとは言い切れない。だからこそ国王にアレスの同行を見合わせるように進言した。明滅する灯台の灯りのようにモルドの頭の中にカフラーの言葉が浮かんでは消えました。
 錚々たる顔ぶれ。
 10年前の事件。
 エバキィルの塔はノスユナイア王国にとって最前線。
 予定に変更は無い。

 それらの言葉を頭の中で繰り返し考えているところにモルドを探していたカレラがやってきました。
「大佐ここに居られたのですか。侍女たちが晩餐の献立を・・・」
 その言葉を遮ってモルドが低い声で言いました。
「カレラ。近衛隊50名全員を招集する。場所を確保しろ」
 語調の異様さにカレラの表情が引き締まり、「できる限り内密に。皆の就寝後がいい」モルドの言わんとするところをすぐに理解したのです。
「了解しました。では準備が出来次第連絡します」
「頼む」


■■■■■



 翌日の朝、サーリング車の長い車列が第10師団から選抜された一個大隊を引き連れてゆっくりとエバキィルの塔に向けて出発しました。そして昼過ぎにエバキィルの塔から数キロ離れた地点に到着したのです。

 先行していた軍人達によって陣幕の設営は完了していたので、一行は到着後すぐに快適な居ずまいを確保することが出来ました。
 モルドたちは国王一家の陣幕の周りを警備し、軍人達は陣営地を囲む防御柵の外側を警備しています。
「御用がありましたらお呼びください。では」
 モルドはそう言って国王の陣幕を出ました。陣幕を出るとそこにはカレラがいます。
「大佐」
「油断するな。敵は何処から来るかわからんからな」
「はい。・・・大佐はどちらへ?」
「ボーラ元帥閣下のところに獣人どもの動向について聞いてくる。後を頼むぞ」
「はい」
 モルドは軍の陣営区域でも上級将官の陣幕が集まっている一角へと向かいます。モルドの来訪にボーラは些か意外さを感じて驚きましたが、歓んで迎え入れました。
 モルドが挨拶のそこそこに本題を切り出すと、ボーラは少し訝しげな顔つきになります。
「獣人?」
「はい。なにか不穏な動きは無いものかと」
 ボーラは顎に手を置いてモルドを見ます。
「第2師団の海上警備軍からの報告や私の知る限りでは目立った動きは無いな」
「そうですか」
「先般の戦いで相当な打撃を被ったはずだ。油断は出来んが心配には及ばんと私は思う。無論、警備に手抜かりは無いようにしているが・・・なにか気になることでもあるのかねモルド大佐」
「前回の視察の事を覚えておいでですか?」
 その言葉にボーラの表情が幾分険しくなりました。
「10年前か」
 モルドが頷きます。
「あの時は油断していたのかも知れませんが、獣人どもの接近を許したことは私にとって忘れ得ない恥辱の記憶です。今回もまた何かあると思って行動したほうがよいと考えたのです」
「むぅ・・・。だがあの時は獣人共が勢いづいていたからな」ボーラがそういったことにはモルドも同意しました。その当時ノスユナイア軍はグナス討伐に失敗していたのです。「だが今回は違う」
 モルドはボーラから視線をはずし、少し間を置いてから視線を戻して口を開きました。
「あの時と同じ過ちは繰り返したくありません」
「モルド」
 ボーラは背筋を伸ばして鼻息を吐いてから言いました。
「貴公の気持ちはよくわかるつもりだ。だが我々を信じてもらいたい。情報の収集にも警備計画にも手抜かりは無い。決して前回のようなことにはならん。いや、させんよ」
「御気を悪くなさらないでください元帥閣下。私とてボーラ元帥下の兵士たちであれば心配は無いと信頼しています。しかし予期せぬことが起こる可能性はゼロではありませんので」
 ボーラは何度か頷きました。
「相変わらずだなモルド。確かにお世継ぎが同行しているというのは危うい事態と言えよう。そこを襲われ血筋の断絶でも起これば大変なことになる。だが国王陛下は仰られたのだろう?必要なことなのだと」
「はい」
「ならば我々は御君をお守りするために全力を尽くさねばならないと言うことはもちろんだが、陛下のご意向を全うさせるために尽力することも家臣として当然の事だとは思わんかね?」
「仰るとおりです」
 老将軍はモルドの顔を暫く見てからその様子に先ずは不思議を感じ、彼のくどいまでの態度がなぜなのかを考え、そして大地から湧き出る泉にも似た感覚であるひとつの事に思い当たったのです。
 愕然にも似た感情を伴った表情でボーラはモルドの顔を見つめました。
「・・・まさか陛下は・・・」
 モルドは何も言わずに小さく頷きました。
「そうか・・・」
 ボーラはそう言って深く息を吐くとテーブルに視線を落として腕を組み、目を閉じます。それを見ながらモルドは声を低くして囁くように言いました。
「おそらく。今回の視察旅行そのものが儀式なのだと私は・・・」
 ボーラは手を上げてモルドを制しました。
「みなまで言う必要は無い」
 ボーラは目を開くとモルドを見ます。
「非公式であるが故に公式行事を隠れ蓑にしたわけか・・・、しかも我々にも真意を明かさず・・・。そうか、・・・わかった。良く知らせてくれたモルド。私はとんでもない考え違いをしていた。警備計画の再考をせねばならんな。やむを得まい」
「ご苦労を申し訳ありません」
「いや。陛下のお傍に仕えていなければ気付けなかったことだ。謝る必要など無い」
 そう言ってから今度は感慨深げにそしてさびしげにボーラは呟くように言いました。
「国王陛下も御歳73・・・。恐れ多いことだが、陛下も人の子。準備段階に入ったということなのだろう。陛下と戦場を共にしたことを今でも忘れられんよ。月日の過ぎるのはなんと早いことなのか。なんと無情なことなのか・・・。いや、光栄に思わねばいかんな。かような大事の場面に立ち会える栄誉を与えられることに」
「同感です」
 父と子といっていい年齢差のある二人の男は、どちらからともなく手を出しがっちりと握手をしました。
「何事もなかったかのように終わらせよう」
「はい」
「”諡号の伝承”があるだろう事の周知は無用だろう。察しの良い者であればきっと知っている」
 うなずくモルド。「頼りにしております閣下」
「それはこちらもだ。頼むぞモルド大佐」
「ハッ」
 モルドは敬礼してボーラの陣幕から立ち去りました。




■エバキィルの塔



 エバキィルの塔を間近に見るとその威容に圧倒されます。天を突き刺すほどに高く聳える二本のそれは現在のジェミン族の持つ建築技術を持ってしてもかなえることは到底不可能と呼ばれるほどの高さ。まさに息を呑むほどでした。
 初めてその姿を見たアレスもまるで何かに魅入られたように塔の頂点を見上げるばかりで言葉も出ない有様だったのです。

 塔を感慨深げに見上げ、国王は後ろを振り返りました。
「モルド」
「ハ」
「済まんな。手を焼かせた」
「いえ。これも臣下の務めと心得ております」
「見事な防護陣形じゃ。元帥と?」
「はい」
「んむ・・・。アゴスにもあとで礼を言わねばな」

 遠くにエバキィルの塔を望むその平原地帯には高さ20メートルはあろうかという石造りの櫓(やぐら)が建てられていて、緩やかな角度の階段で辿りつく頂上は広くはありましたが低い柵が設けられているだけ。遠近感を無視すれば、後ろから見ている者たちにはまるで塔へ入る階段のように見えるつくりになっています。大人がその上に登りきると後ろから見ていても上半身が見えるぐらいで、近くからだと櫓(やぐら)の上の姿は誰からも完全には見えなくなります。そして終始荒野を吹き抜ける風が櫓から風切り音を笛のように響かせていました。
 その石櫓(いしやぐら)の周りに配備された全ての兵士たちは塔に向って立ち、まるで塔から来る何者をも寄せ付けないことを誇示するように櫓(やぐら)を中心とした同心の半円を幾重にも作っています。
 前日。その兵士たちにボーラから新たな指令が出されていました。
  
”視察が終えるまでは決して塔から目を離してはいけない。”

 兵士たちにとってそれが何を意味するのかはわかりませんでしたが、上官の、しかも司令官からの直接命令とあれば黙って従うのが当然なので、疑問を呈するものも不服を言う者もいませんでした。
 この陣形が何故なのか気がついた者がいるとすれば、こう考えたでしょう。
 ”後ろからでない限り国王とアレスの様子を見ることは出来ない”と。
 二人を誰の目からも遠ざける。これこそがボーラの意図したところだったのです。

「さぁ、アレス。参ろうか」
 アレスはいくらか緊張した面持ちで父を見上げると共に静かに歩き始めました。モルドはそれを厳しい表情でじっと見つめています。
 国王とその息子は櫓(やぐら)の石階段を登り、そして頂上にたどり着くと、話をはじめました。その様子は背後の家臣たちからも良く見えていますが距離が相当に離れているので話し声は風音にかき消されて何も聞こえません。
「アレス」
 アレスは父の顔を見上げました。視線が合い、暫しのときが過ぎます。
「お前はこの国が好きかね?」
 アレスは笑って、迷うことなく頷きました。
「もちろん大好きだよ父上」
「うむ」にっこりと微笑む国王「ではもしも私が明日死んでしまったらお前はどうする?」
 突然の言葉にアレスは大いに戸惑いました。そして俯いて言ったのです。
「父上が死んでしまったら母上が悲しむと思う・・・。僕もきっと悲しい」
 アレスは父を見上げて言いました。
「どうしてそんなことを聞くの?父上は明日死んじゃったりしないよね?」
 国王は息子の肩を抱いて言いました。老齢とはいえ厚く逞しい手の平は温かく、アレスはホッとするような感覚に包まれます。
「それはわからない」
「父上・・・」
「いいかねアレス。人の生の終焉はいつ来るかは誰にもわからないのだ。困ったことにな」
 視線を上げた国王はエバキィルの塔に視線を移してほんの少し息を吐きました。
「私がもしも死んでしまったら、きっとお前も、お前の母も悲しんでくれるだろう。だがお前は母と同じように悲しむだけではいけないのだよ」
「どうして?」
「お前は私に代わってこの国を治めなければならないからだ」
 アレスは情け無い表情になって言いました。
「無理だよ父上。僕はまだ子供だもの・・・」
「お前もあとひと月もすれば14になる。子供ではない。だが・・・大人でもない。お前は今そういう時期なのだ。わかるかな?」
 アレスはなんとなくではありましたが、父の言う言葉の意味が理解できました。エデリカに寄せる想いや彼女に対する自分の感情が想起させたのかも知れません。眉間にシワを少し寄せながらも小さく頷きました。
「私もいつかはいなくなる。人は決して死と言う運命から逃れることは叶わぬ。それはお前とて同じことなのだ」国王は更に続けます。「私も私の父から同じことを言われた」
「父上の父上?」
「うむ。お前は会ったことが無いがね。お前に取っては祖父と言う事になるな」
「ふうん・・・」
「アレス。人はすぐには大人になれない。体が大きくなったからといって大人だとは言えん。・・・あらゆることに対して自己を律することが出来るようになった時に初めて大人になったとみなが認めてくれ、そして自覚するようになる。だからお前にはまだわからないことが多いだろう。・・・だがお前はこの国を好きだと言った。その気持ちに嘘はないな?」
 凛とした目で頷くアレス。
「ならばお前が好きだと言うこの国を守って行かねばならない。それは今ではなくもっと先になるかも知れんが、その時は必ずやって来る。王族としてそのことだけは忘れてはならん」
「・・・」
 自分が国王になる。それはすなわち今目の前にいる父の死をも意味していることをアレスは知っていました。
 しかし死と言う概念がアレスには怖ろしいということ以外には特別な感情を引き起こさせることがありません。幼い彼にとってはただ怖ろしく、不安にさせる言葉。それが”死”でした。
「アレス、あの塔の向こうに広がるのは大山岳地帯であることは?」
「知ってるよ。カーヌから教えてもらった」
「では、大山岳地帯の向こうにトスアレナという国があることは?」
「それも習った」
「うむ。そのトスアレナと言う国は只1人の神を崇めるという文化がある事はどうかな?」
 アレスは首を傾げました。
「ひとり?トスアレナの神様は人なの?」
 ノスユナイアの神教は太陽信仰です。故に信仰対象は人ではありません。そのほかに守護神もいますが人の形はしていても人ではありません。
 国王は頷き「まだトスアレナ教皇国がなかった時代、あそこはトスアレナ地方と呼ばれていて多くの国が存在していたのだ。その国々がトスアレナ同盟というひとつの組織を作っていた。そして全ての国が違う信仰対象を持っていて崇めていたのだが、その中にアドラーミスを信仰の対象とする宗教が興った」
「アドラーミス・・・」
「現在トスアレナ教皇国の国家信教であるアドラーミス教の始祖なのだが、このアドラーミス信教の教義では、神であるアドラーミスが空も太陽も陸地も海も人も怪物や動物達も・・・この世に存在する全てのものを創造した。だからアドラーミスを超える存在は無い。まさに全知全能の神として崇められているのだよ」
 アレスは違和感に襲われ、言いました。
「嘘だよそんなの。カーヌが世界を創ったのは誰でも無いって言ってた。僕だってそう思う。人が空なんて創れるわけ無い。大昔からたくさんの人たちが・・・えっと・・・色々な出来事を通じて人の世界と言うものを創ったけど・・・んと・・・この陸地とか空は誰かが創ったものじゃないって言っていたもの」
「そうだな。カーヌは正しいことを言っている。私もそう思う」
 国王はにこりとしてアレスの頭に手を置きます。
「だがトスアレナの人々はそれを信じている。特に国主である教皇や貴族たちはな」
「どうして?」
「国民を支配するためだ」
 アレスは訝しげな表情で首を傾げました。
「わからんか。ははは・・・」
「うん・・・」
「アドラーミスの教えでは、人は罪を伴って生まれてくるのだそうだ。生まれたこと自体に罪があり、そして死する事さえも罪であるということらしい」
「生まれることが悪いことなの?そんな・・・」
「アドラーミス教ではそう教えている。そしてその罪を贖う為に人は生き、そして贖いきれないものは地獄へ落ちるといわれている」
「地獄・・・?」
 ノスユナイア王国の信仰では地獄の概念はありません。
「怖ろしい悪魔や怪物がすんでいる国だそうだ」
「そんなところがあるの?!」
「いや。ないだろうな」
「え?」
 アレスはわけがわからなくなりました。生まれることに罪があるとか、その上に地獄などと言う出鱈目な国まで作り出す。トスアレナは変な国だと素直に思いました。
「つまりアドラーミス教では、生きているうちに神に奉仕して生まれてきたことの罪を贖わなければ地獄に落ちて死んでも苦しむことになるぞ・・・と、人々に警告・・・いや、恐怖を植えつけているのだろうなあ。そして教皇や貴族たちは、自らがアドラーミス教の教義を人生の規範としているという事を国民に広く認識させていて、それを見習うように人々の心を誘導し、それによって植えつけられた恐怖で国民を支配しやすくしているのだよ。権力者たる教皇が信じているものを信じない者は地獄に落とされるぞ・・・とね」
「なんだか酷いや・・・」
 不快感を露にした息子の表情を見て、父は思わず笑ってしまいました。
「アレス。国民は支配者を見習おうとする傾向がある。多かれ少なかれな。国民は地元の領主に、領主は元老院議員や国王であるこの私に影響を受けることが多い。それはどこの国でも一緒だ。やり方の差異はあるがね。だがそれを国民は望んでもいる」
「トスアレナではその方法を悪用したんだ」
 国王は表情から微笑を消して言いました。
「アレス、お前は賢い。確かにお前の今抱いている感情は正しいかもしれない。だが隣国の悪口を言ってはいけない。特に臣下や国民の前では決して口に出してはいけない。・・・エデリカの前でもな」
「どうして?悪いことなのに」
 その表情に若者の自我の芽生えを感じ取った国王は表情を穏やかにします。
「私はさっき国民は支配者を見習おうとする傾向があると言ったね?」
「うん」
「お前が隣の国の悪口を言ったとしよう。そしてその行いを断罪したとする。・・・臣下や国民達の多くはきっとお前の言ったことに味方し賛同してくれるだろう。だがそれは自己満足に過ぎない」
「・・・でも、」
「エデリカがもしもトスアレナ教皇国の国民だったらどうする?」
アレスは思わずグッと口をつぐんでしまいました。
「ノスユナイア王国には多くの人々が住み、それらはトスアレナ教皇国とも商業や工業を通じて交流がある。国交があるということだな。友人同士であることも恋人同士であることも、親類であることも今は珍しく無い。
 もしもお前がトスアレナ教皇国の悪口を言ってしまい、それらの人々の交流にひびが入ってしまったら?幸せな恋人同士や家族の間に溝が出来てしまったら?絆を断ち切ってしまったとしたら?」
 アレスは自分の感情と現実がせめぎあうのを葛藤という感情であることを実感したのでしょうか。今までに経験したことが無い思いが妙に悲しくもあり、息苦しくさせもしました。
 ふと、カーヌの言っていたことを思い出します。
 ”言霊”
 言葉には力がある。カーヌが言っていたのはこのことなのだ、と。
「人は自分の感情を時として押し殺さねばならないこともある。しかし支配者はそれ以上にたくさんのことで自己を律せねばいけないことがある。それが国王と言うものなのだ」
「・・・・」
「お前はまだ若い。だからなかなか納得できないことも多いだろう。しかし支配者と言うものは全ての人々の上に君臨するものであるがゆえに、国民と同じように生きることは許されないのだ」
 目の前にある、さっきまで圧倒されていた塔の威容を見つめながらアレスは無言でいました。心のうちでは様々な感情が渦巻き、そしてアレスを苦しめ、不安にさえしていたのです。
 そしてその不安に耐え切れなくなり、口を突いて出た言葉は。
「父上がいなくなったら僕はどうしていいかわからなくなるよ。きっと・・・」
 不安に暮れるアレスの肩をぽんと一度叩いて国王は腕を広げました。
「アレス。ごらん」
 アレスは促されるままに顔を上げて周囲を見回します。
「三賢者。近衛隊。元老院。屈強な軍隊。そなたが国王になればこれらは全てアレス、そなたの味方であり所有物だ。そしてお前の事を助けてくれる心強い同胞なのだ。・・・かつての私も今のお前と同じく不安でいっぱいだった。彼等の助け無しではとてもノスユナイア王国を纏め上げることなど出来なかったろう・・・」
 アレスは周囲に視線を走らせています。ゆっくりと。
「お前には魔法をはじめとして色々な勉強をさせているが、それはお前に魔法使いになって欲しいからでも、数学者になって欲しいからでも、歴史学者になってほしいからでも無いのだ」
「・・・・・・」
「お前には国家とはどういうものなのか、そして国王とは何者なのかを理解して欲しいと思うから勉強をさせているのだよ」
 アレスは父の言っていることがいまひとつ理解出来ずにいます。
「なんだか難しいな・・・」
「ふふ・・・。アレス。お前はこの世界には魔法があることは知っているな?」
「うん」
「では数学によって解決できる建築や測量の技術があることは知っておるな?」
「うん」
「歴史が我々に多くの事を教えてくれることを知っているな?」
「うん」
「政治や軍隊が国を守る力であることも、そしてお前と同じようにこの王国を愛している多くの人民がいる事を、そして・・・」国王は優しく微笑みました。「お前を愛してくれる人がこの国にいる事を、お前は知っているな?」
 アレスは国王の目を見て大きく頷きました。
「それで良いのだアレス。先ずは知っているということが大切なのだよ。そしてこの同胞たちと築き上げるのは信義という絆だということをよく覚えておくのだ」
「信義・・・」
「うむ。共に生き、共に戦い、歓びも悲しみも共にして初めて築き上げることのできるこの世で一番気高(けだか)く、そして強固な城だ。この城に比べればノスユナイアの城・・・この世界にあるどの城も足元にも及ばない。信義とはそういうものなのだ」
 国王は膝をついてアレスの目線に降りました。
「私はお前が生まれたことに罪など無いと知っている。そして私が例え明日死ぬ事になってもその瞬間までお前の事を愛している。私の後を継ぎ、いつの日にか国王になるのだアレス。そのためにお前は今日、ここに来た」
 アレスはその言葉の重さに表情を硬くします。
「これから誰も知らないことをお前に私から伝える。これは決して他人に言ってはいけない」
「・・・・エデリカにも?」
「エデリカだけではない。母にも、モルドにも、そして三賢者にも、言葉を持たぬ動物、虫、草木・・・この世に生きとし生けるもの全てにだ。約束できるかな?」
「はい」
「うむ。しかしひとつだけ例外がある。近い将来、生まれてくるであろうお前の子、つまりお前の次に国王となる者にはこれから私が言うことを伝えることを許す。いや伝えねばならん。私が今お前にしているように」
 アレスは父親がこれから言うことがどんなことなのかはわかりませんでした。しかし大好きな父との約束を守るということはとても大事なことなのだということは理解できたのです。
 アレスは大きくうなずきました。


 長い時間。モルドは、もちろんモルド以外の者達も同じでしたが国王とアレスの姿から片時も目を話さずじっと見つめていました。南から風がサーっと流れて、そして暫く無風になったかと思うとまた風が吹き、太陽が時を刻んでゆきます。だれも何も話さない沈黙の時が過ぎてゆきました。
 モルドはハッと目を瞠りました。
 国王が片膝をついてアレスに何かを囁きかけると、アレスがビクッとして後ずさりしてしりもちをついてしまったからです。それとほぼ同時でした。
 櫓を遠巻きに囲んだ兵士たちの作る陣形の一角。モルドたちのいる場所から見て右手の兵士たちから声が上がったのです。
「敵襲!!敵襲ぅぅ!!」
 エバキィルの塔の方から異様な物の群れが迫ってきていました。筒状、或いは球体に車輪がついていてその筒や球体から伸びた腕には明らかに殺傷能力を持つ武器が備え付けられ、それを振り上げて向かってくる姿があったのです。いうなれば機械兵とでもいう物体が少なくとも50は見えました。
 モルドはそれらの姿を見るや否やに走り出しました。国王とアレスのもとへ。
 ボーラは拳を握り締めて歯噛みしました「塔からは充分な距離を取っていたはずだのに・・・」モルドとの約束を果たせなかったことへの悔恨を禁じえませんでしたがしかし、第10師団の精鋭を選抜しただけあって兵士たちの動きは素早く、襲撃地点以外の兵士たちが早くも迎撃態勢を取っていたのです。


 異様な物たちの襲撃に表情を引き締めたディオモレス=ドルシェは二人の同僚を振り返りました。
「ツェーデル。アー」
「はい」「はい」
 三賢者たちは頷きあうと、早足で機械兵が暴れているほうへと進み始めたのです。
 一方モルドは櫓の階段の下にたどり着き、大声で国王を呼びました。
「陛下!!」
 国王は上からモルドに頷いて階段を降り始めました。しかしその歩みは高齢ゆえにゆっくりとしたものでした。モルドは階段を踏み外すのを防ぐために急いで階段を駆け上り国王の体を支えます。
「陛下」
「参ったな・・・。まさか10年前と同じ事になろうとは・・・」
「面目次第もございません。さ、お急ぎください。安全な場所へお連れします」
「これでも急いでいるんだがな・・・まったく歳はとりたくないものだよ」
 国王は苦笑いしながら階段を下りてゆきました。
「モルド大佐!!」
 階段の下から声がかかります。近衛副隊長のノーディ中佐でした。その周りにはカレラをはじめとする近衛兵達50名が待ち構えています。
「ノーディー!殿下を頼む!」
「ハ!さあ殿下こちらへ!」
 ノーディーがアレスの手をとったそのとき。「大佐!新手が!」そう言ったのはカレラでした。
「なに?!・・・」
 モルド達が見ると、5~6機の機械兵がこちらにに迫っていたのです。最初の一機が呼び寄せたのか、それとも近くにいた機械兵が騒ぎに刺激されたのかはわかりませんでしたが、機械兵は車輪による起動なのであっという間に兵士たちに接近すると凶刃をふるって暴れ始めました。
「持ちこたえろぉ!重装甲兵前へ!押し返せぇぇぇ!」
 そう叫んだのはグネウ=コナーブス中佐でした。
 機械兵の体躯は兵士の1.5倍ほどで、体は金属製。車輪で機動し、腕は4~6本。その腕に丸い鋼鉄の鈍器、刃、ハサミといった武器がついています。
 ハンマーを振り下ろせば、如何に防御魔法印を施された頑丈な盾や重装甲をまとった兵士でもなかなか耐え切れるものではありません。構えた盾ごと腕をへし折られたり、或いは吹き飛ばされてしまう者が続出しています。
 隙を突いた兵士が霊牙力を纏わせた剣で機械兵の腕を切り落として反撃をしますが、更なる新手の出現に思うように撃退できずにいました。
 軍隊と言うものは会戦形式の戦いではその能力を遺憾なく発揮できますが、こうした奇襲攻撃になると1人ひとりの力量が頼りになってくるので、思うような効果を期待できないのです。機械兵の体が全身装甲に包まれているというのも厄介でした。
 兵士たちの苦戦を見たカレラは何も言わずに機械兵たちの方へと走り出します。
「カレラ!」
 モルドの声にも振り向かずカレラは杖を振り上げます。
「地の守護神よ!我に力を!」
 杖の先から眩い光が放たれ、軽い地響きが起こると地面が盛り上がり始めます。それは見る見るうちに人の倍の高さほどに膨らむと その岩山の中から人の形を成した、カレラの召喚魔法が作り出した岩塊の精霊兵が現れたのでした。
 カレラは杖をまっすぐに構え、気合の一声と共にそれに魔力を注ぎ込みます。「や!」すると人型の岩塊が鈍く光り輝き、ドン!ドン!ドン!ドン!・・・という重い足音を響かせて走り出したのです。
「カレラ・・・あんな大きさの精霊兵を召喚するとは・・・」人の背丈の倍以上もある大きさの精霊兵を見てモルドが険しい表情をして呟きました。
 カレラの呼び寄せた岩塊の精霊兵はその見かけとは裏腹に素早い動きで機械兵に接敵するや霊牙力を伴った拳を食らわせます。鉄板の拉(ひしゃ)げる音と共にガランガランという音を立てて弾き飛ばされる機械兵たち。その勢いに喊声を上げた兵士たちが追撃して止めを刺します。
 召喚された精霊兵は他の機械兵にも攻撃し、同じように叩き潰してゆきました。そして徐々に軍の優勢が見て取れるようになって来ると、コナーブスは傷ついた仲間を収容するよう指示を出します。
 ディオモレスは己が娘の活躍を見て言いました。
「どうやら我々の出番は無いようだな。・・・アーよ、傷ついた兵士の手当てを」
「はい」
 カーヌが倒れている兵士たちの方へ向かい、そうしているうちに最後の機械兵が倒れました。
「後退!!一旦後退して態勢を立て直す!陛下は!?」
「ご無事です!後衛の向こうに!」
「ようし!!仲間を見捨てるな!!追撃に注意!前方を確保しろ!また来るかも知れんぞ!」
 コナーブスがそう言い、カレラが息を弾ませて引き返そうとしたその直後。

 ゴッゴン・・・。

 塔の方で地を揺らし不気味に響く大きな音がしました。
「な・・・なんだあれは」
 ゴウン・・・。
 地の底から響くような音です。
 黒い大きな塊が起き上がろうとしているのが見えます。その機械兵の大きさは人の背丈をはるかに凌ぐ巨大なものでした。20メートルはあります。
 誰もが「で・・でかい・・・」それを見上げて息を呑みました。

 後方に避難した国王はアレスの肩を抱いて言いました。
「よく見ておくのだ」
 アレスは戦慄を含ませた目でじっと巨大な機械兵を見ています。
「信義という名の城を支える柱であり、強固な城壁とは何なのかがわかる」

「あんな大きいだけの・・・」
 カレラは肩で息をしながら岩塊の精霊兵にさらに魔力を注ぎ込みました。突進する岩塊の精霊兵。助走して跳躍し、機械巨兵の腹の辺りに一撃を食らわせます。しかし。
「ああ!!」
 機械巨兵は一撃した後に着地した精霊兵に腕を振り下ろし、そしてそれを受け止めた直後の精霊兵を反対の腕で吹き飛ばしてしまったのです。
「父上!」
「慌てるなアレス。動いてはならん」
 アレスは父にそう言われ、周りを見ました。そのうちの誰一人として逃げようとしていません。彼は父の手をぎゅっと握って固唾を呑み、機械巨兵がこちらに向かってくるのを凝視しました。
 唸りを上げる機械音。体重が重すぎるのか足取りはゆっくりとしたものでした。が、地面をめくり上げながらの一歩はさながら地震を思わせ、兵士たちを動揺させるには充分だったのです。
「こ、後退!!後退ぃぃ!!」
 兵士たちが潮が引くように後退して行き、それを機に魔法使いたちが火や風の属性魔法で攻撃を始めました。しかし巨大な鉄の塊は攻撃があたると立ち止まったりはしましたが、あまり効果が無かったのです。

 すぐ後ろにいた兵站管理長官の言葉がアレスに聞こえました。
「あれの機動原理を解くことが出来れば・・・」
 失われた種族の残した機械兵の機動原理はまったくといっていいほどにわかっていませんでした。
 ただジェミン族が失われた種族の遺跡から掘り出したり、ここエバキィルから奪取した機械兵の残骸から得た物を調査研究し、それらの動作条件を割り出したものをつなぎ合わせて作り上げた人機融合体という機械兵はありました。が、この世界の誰もゼロから同一のものを作ることはできなかったのです。
 魔法攻撃にもある程度の耐性があり、機動速度はサーリング発動機の比ではない。もしもその機動原理を説き明かすことができればこれ以上の兵器は無いだろう。ジェミン族である兵站管理長官のつぶやきはそういった諸々が実現できない口惜しさから漏れたものでした。

 機械巨兵がさらに速度を上げて迫ってくるのを見ながらツェーデルが言いました。
「ドルシェ公爵。ここは私が」
「いや。わたしも行こう。・・・1人では骨が折れよう」
 ツェーデルは頷いて前方に手を翳してサッと印を描きました。
「絶対防御」
 ツェーデルが放った魔法は絶対防御魔法。乳白色の壁が機械巨兵の行く手を阻み、兵士たちを安全な場所へ避難させる時間を稼ぎます。
 機械巨兵は動物型で、車輪ではなく四つの足で機動し、体には太い腕が二本ぶら下がっています。その腕をぶんぶんと振り回し、絶対防御壁に狂ったように拳を打ち付け、そのたびに赤い火花を散らせていました。
  もしも絶対防御壁に人が触れれば火傷ではすまない傷を負いますが、機械巨兵はお構いなしです。
「ドルシェ様。機械兵は塔からある程度距離を置けば追って来なくなります。この間に陛下を安全な場所へお連れしたほうが良いのでは?」
「うむ。そうだな。しかし私も初めて見るあれがそうとは限らない」
 ディオモレスが指先で印を描いて大きな魔法陣をいくつも浮かび上がらせました。「破壊する方がよかろう」彼の目配せでツェーデルが絶対防御を解きます。
 障壁を取り除かれた機械巨兵が機械の唸る音を響かせてツェーデルたちの方へ迫ろうとしたそのとき、ディオモレスの魔方陣からいくつもの白い大きな刃がしゅばっという音をあげて放たれました。
「風撃刃・・・」
 機械巨兵の胴体を直撃したそれは、大きな破壊音を響かせ、それでも怯まない機械巨兵に対して何度も叩き込まれます。やがて機械巨兵は鋼鉄の胴体にいくつもの切り裂かれたような傷を負わされ、一歩二歩と後退させられ始めました。傷からは複雑に絡み合った何かがまるで内臓のようにはみ出て、動きも緩慢になっています。
「ツェーデル。とどめを」
 うなずくツェーデル。
 今度はツェーデルが魔法陣を発生させます。その魔方陣の中央からメキメキときしむような音をたてながら巨大な氷の槍が現れると同時に風を切って放たれました。
 まっすぐに飛んだ氷の槍が機械巨兵を串刺しにすると、ようやく動きが止まったのです。
「あわれなものだな・・・」ディオモレスはウォーンウォーンという泣き声のような機械音を上げて動こうとあがく機械巨兵を見て呟き、背を向けました。「守るものなど何も無いだろうに・・・」
 ツェーデルもまた、哀れみを篭めた目で破壊された機械巨兵を見つめ、そして塔を一度見上げると背を向けたのです。


■■塔の住人■■


「フン・・・」
 驚いたことにその老人は機械兵と王国軍の戦いの一部始終をエヴァキィルの塔の中腹当たりから双眼鏡を使って見ていました。
「三賢者か・・・。やはり大きくとも木偶人形は木偶人形じゃな・・・」
 老人は双眼鏡を片手に顎の長いひげをいじりながらつぶやきました。
「ワシの求める物には程遠いわい。あのポンコツの方がまだましじゃな・・・」
 眉間にしわを寄せてそう言ったきり黙りこむと、しばらく機械巨兵の残骸を眺め、そして静かにその場を立ち去っていったのです。





◆続く・・・・・・・・・・・・・>>>






情報◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

【機械兵】
失われた種族が遺したとされる殺人機械。作中でツェーデルが言ったように、エバキィルの塔から一定の距離を離れることが出来ないため塔の周りをうろついているだけで近づきさえしなければ害は無い。しかしどういうわけかどんなに壊されても、いつの間にか修理されているか再生産されて常に同じ数が存在する。確認されているのはおよそ70機。
車輪によって起動するものが殆どで動力源は不明だが、その機動力はサーリングの比ではない。この機動力が手に入れば更なる技術革新が可能であるとジェミン族が長年その謎を解く為に研究が続けられているが、詳細は不明のまま。推測では機械兵は塔からなんらかの動力補給を受けているのではないかと結論されている。


【人機融合技術】
ジェミン族が研究と称して失われた種族の遺した部品を寄せ集めて作り上げたもの。人が操縦する機械兵で、魔法力や霊牙力で反応する物を機動力にして動かす。形はゴリラに似ている。攻撃方法は殴打、人がもてないほどの重さの槍を放つ、投石など様々。しかし攻撃よりも混戦時における防御力に重きを置いているので接近戦のほうが得意な兵器である。
この機械兵の性能は非常に不安定でよく壊れる。中には長年動き続けているものがあるが、信頼性の面から軍事転用は難しいとされているのにレアン共和国では30体ほどのこの機械兵が軍に配備されている。
うまく動けばかなりの戦力になるが、霊牙力の注ぎ方や、その微調整など、細かい制御が必要でかなり操縦する者を選ぶ。
以前、この人機融合研究で事故が起こり、操縦者が機械兵の構造体に取込まれて死ぬという事件があった。

【風撃刃】
三賢者のひとりディオモレス=ドルシェが放つ大気属性の赤魔法。最大威力で放つと数発で魔法力が底をつくほどだが、今回は威力を抑えていた。それでも並みの魔法使いでは歯が立たない機械兵をズタズタにするほどである。

【氷柱槍】
ラットリア=ツェーデルの放つ水属性の赤魔法。ツェーデルは水属性魔法を得意とする魔法使いだが、今回放った氷柱槍はディオモレスと同様に威力を抑えていた。この魔法は本来雨あられのように氷の槍を降らせることで敵に大打撃を与える種類の、言わば数で勝負する型の魔法なのだが、今回は相手が巨大だったので氷柱槍も巨大な一本槍になった。

【岩塊の精霊兵】
近衛隊カレラ=ドルシェの召喚魔法によって現れた一般には精霊兵とよばれる兵士。岩塊に魔法力を注ぎ込むことで自由に操ることができる地属性の精霊兵。大きさは調整でき、今回は張り切りすぎたのかサイズは大きめだったようで、巨大ガレムに吹き飛ばされると同時にカレラの魔力が尽きてしまった。魔力が尽きれば当然召喚は出来なくなる。
機動力や打撃力は作中のとおりだが、巨大なロストガレムには一撃で吹き飛ばされてしまった。魔力の消耗で精霊兵の力が弱まっていたのかもしれない。
カレラはこのほかに大気の精霊兵、水の精霊兵などを召喚することが出来る。
四元素を元とするのが召喚精霊兵なので、他に確認されている精霊兵の種類として、氷、火、といったものがある。
カレラは単一の元素から作り出される精霊兵だけしか呼び寄せられないが、より高度な召喚術で生成されるものでは、土、水、空気を組み合わせた雷属性の精霊兵や、土と火、空気元素の組み合わせの火炎属性の精霊兵もある。噂では黒魔法によって闇に属する精霊兵を召喚できる者もいるらしい。
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