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氷室の水禍
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俺は身構えたが、テナが「だいじょうぶ?」と言って近づいていく。どうやら危険な存在ではないらしい。
「あわやあわや、いいところに来てくれた。遠くより参ったがここは暑くていかん」
妙だな。ここは氷のダンジョン。
寒いの間違いではないか。
「どうか猫のお嬢さん、儂のこの白い髭に吐息を吹きかけてはくれぬかな。こう、ふー、ふー、という感じでな」
老人は口をすぼめて透明な息を吐いた。果たしてこの老人、大丈夫なのか。
テナの方を見たが、打って変わって険しい目で老人を見下ろしていた。右手の雪杖細剣を構え、若干戦闘態勢である。
「テナ、このお爺さんはただの変態かもしれない。もしくは寒さに頭をやられた哀れな人なのかも。とにかく、不用意に近づくのは危険だ」
老人は俺に気づいたらしく、俺の顔を見上げた。
「お前さんでもいいぞ」
「見境なし」
実に困ったお爺さんだ。だが、やはりどうも本当に苦しそうだった。
テナも見ていられなくなったのか「ねえルウィン……助けてあげよう?」といって、俺の裾を引っ張る。弱ったな。
「つまり、お爺さんの髭にこう、俺が息を吹きかければいいんですか」
「ああ……はぁはぁ、頼む。儂に、吐息を……はぁはぁ」
彼の苦しそうな息切れが、違った意味に思えてしまうのは俺が悪いのだろうか。
「ふー、ふー」
息を吹く度、心のどこかが冷えてくる。
俺は何をしているのだろうか。
老人の息は相変わらず荒い。
「ああ……助かる……」
少し黙っていてほしい。
目を瞑り、心を無にして吹いていると、テナが「え、ええー!」と何かに驚いた声を出していた。
何事か起きたらしい。「もうよいぞ。ありがとう」という老人の声を聞き、俺は彼から距離を取った。すると何が起こったのか、俺もようやく気がついた。
「ひげ伸びてるー」
老人の髭が最初に見た時よりもふさふさになっているのだ。人体の不思議、というレベルではない。
「あわやあわや、おかげで消えずに済んだ。ありがとう、地上の子ら。この髭は儂の命そのもの……失われれば儂も消えてしまうのである」
人間離れした説明に俺はテナと顔を見合わせる。テナの尻尾も?だった。
「儂の名はモルジャック。そなたたちの名前を聞きたい」
「俺はルウィンです」
「ボクはテナ」
普通に名前を教えてしまったが、大丈夫だろうか。キャルほどの恐怖はないから大丈夫な気がする。
そんな俺の懸念など知らないモルジャックは、「よき名だ」と言って満足げにうなずき、俺たちを見上げた。
「判断に困る迷い子らが、遺跡で難儀している。もし、優しき地上の子……ルウィン、テナ。見に行ってはもらえぬか」
「判断に困る迷い子?」
「いせき?」
俺たちが首をかしげていると、モルジャックは「そうじゃ」と言って髭を引っ張り始めた。
「地上の子らに儂の髭を授けよう」
老人のあご髭、果たしていくらで売れるのか。
モルジャックが自分の長くなったあご髭を二本引っこ抜いたかと思えば、それをこちらに息を吹きかけて飛ばしてきた。
「うお」
「にゃッ!?」
拒む間もなく、白いあご髭が俺たちの胸のあたりに張り付き、溶けるように消えてしまう。
「頼んだぞ」
モルジャックに目線を戻すと、驚くことに彼の姿は既に消えていた。
〈地上の子らよ。後は任せた〉
どこかともなくモルジャックの声がする。しかし、どこを見渡しても彼の姿を見つけることができない。
「うにゃにゃにゃにゃッ!」
テナが必死に毛を取り出そうとするが、それも徒労に終わるのだった。
「あわやあわや、いいところに来てくれた。遠くより参ったがここは暑くていかん」
妙だな。ここは氷のダンジョン。
寒いの間違いではないか。
「どうか猫のお嬢さん、儂のこの白い髭に吐息を吹きかけてはくれぬかな。こう、ふー、ふー、という感じでな」
老人は口をすぼめて透明な息を吐いた。果たしてこの老人、大丈夫なのか。
テナの方を見たが、打って変わって険しい目で老人を見下ろしていた。右手の雪杖細剣を構え、若干戦闘態勢である。
「テナ、このお爺さんはただの変態かもしれない。もしくは寒さに頭をやられた哀れな人なのかも。とにかく、不用意に近づくのは危険だ」
老人は俺に気づいたらしく、俺の顔を見上げた。
「お前さんでもいいぞ」
「見境なし」
実に困ったお爺さんだ。だが、やはりどうも本当に苦しそうだった。
テナも見ていられなくなったのか「ねえルウィン……助けてあげよう?」といって、俺の裾を引っ張る。弱ったな。
「つまり、お爺さんの髭にこう、俺が息を吹きかければいいんですか」
「ああ……はぁはぁ、頼む。儂に、吐息を……はぁはぁ」
彼の苦しそうな息切れが、違った意味に思えてしまうのは俺が悪いのだろうか。
「ふー、ふー」
息を吹く度、心のどこかが冷えてくる。
俺は何をしているのだろうか。
老人の息は相変わらず荒い。
「ああ……助かる……」
少し黙っていてほしい。
目を瞑り、心を無にして吹いていると、テナが「え、ええー!」と何かに驚いた声を出していた。
何事か起きたらしい。「もうよいぞ。ありがとう」という老人の声を聞き、俺は彼から距離を取った。すると何が起こったのか、俺もようやく気がついた。
「ひげ伸びてるー」
老人の髭が最初に見た時よりもふさふさになっているのだ。人体の不思議、というレベルではない。
「あわやあわや、おかげで消えずに済んだ。ありがとう、地上の子ら。この髭は儂の命そのもの……失われれば儂も消えてしまうのである」
人間離れした説明に俺はテナと顔を見合わせる。テナの尻尾も?だった。
「儂の名はモルジャック。そなたたちの名前を聞きたい」
「俺はルウィンです」
「ボクはテナ」
普通に名前を教えてしまったが、大丈夫だろうか。キャルほどの恐怖はないから大丈夫な気がする。
そんな俺の懸念など知らないモルジャックは、「よき名だ」と言って満足げにうなずき、俺たちを見上げた。
「判断に困る迷い子らが、遺跡で難儀している。もし、優しき地上の子……ルウィン、テナ。見に行ってはもらえぬか」
「判断に困る迷い子?」
「いせき?」
俺たちが首をかしげていると、モルジャックは「そうじゃ」と言って髭を引っ張り始めた。
「地上の子らに儂の髭を授けよう」
老人のあご髭、果たしていくらで売れるのか。
モルジャックが自分の長くなったあご髭を二本引っこ抜いたかと思えば、それをこちらに息を吹きかけて飛ばしてきた。
「うお」
「にゃッ!?」
拒む間もなく、白いあご髭が俺たちの胸のあたりに張り付き、溶けるように消えてしまう。
「頼んだぞ」
モルジャックに目線を戻すと、驚くことに彼の姿は既に消えていた。
〈地上の子らよ。後は任せた〉
どこかともなくモルジャックの声がする。しかし、どこを見渡しても彼の姿を見つけることができない。
「うにゃにゃにゃにゃッ!」
テナが必死に毛を取り出そうとするが、それも徒労に終わるのだった。
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