あしたに一歩!

南木野ましろ

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第十章

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 翌日、昼過ぎに製作所に行って古谷に採型をしてもらった。年内は割れたソケットをガムテープで無理やり補正したもので過ごし、年が明けてから新しいソケットを受け取った。デザインはやっぱり真っ黒で一見面白味はないが、内側に樹生が希望した布をコーティングしてもらった。サッカークラブにいた頃に使っていたスポーツブランドのロゴが入った大判のハンカチ。母がよく弁当を包んでくれていたものだ。柄が入っただけで「自分だけの義足」という実感が急に湧いた。何より履き心地がよかった。ほとんど調整が必要ないくらいピッタリだったのだ。

「これなら入試もストレスなく行けそう」

「もうそんな時期か。面接で緊張してコケんなよ」

「そうなったら逆に覚えてもらいやすいかもね」

 古谷が戻ってきたことには相田からも感謝された。聞けば相田も古谷が辞職を申し出たさいに引き留めたらしいが、自分では説得しきれず半ば諦めていたと言った。

「古谷さんはなかなか自分では言わないだろうけど、きみが諦めずに説得して連れ戻してくれたことに感謝してると思う。僕もまた彼と一緒に仕事ができて嬉しいよ」

 そう言う相田からは仕事仲間としての信頼以上のものを感じ、樹生はやっぱり相田と古谷は互いに特別な感情を通わせているのではないかと思った。

 その後すぐに行われた入試は首尾よくいき、無事に合格通知をもらった。紡にはとりあえず滑り止めは押さえたことを報告し、本命の試験が終わったら会う約束をしている。できれば晴れやかな気持ちで会いたいので、残りの一ヵ月は死ぬ気で勉強した。古谷からは無理せずたまにはリハビリがてら息抜きをしに来いと言われたが、義足の調子はおかげですこぶる良かったし、樹生にはある企みがあったので古谷とも受験が終わるまで会わないと決めている。
 そうして第一志望の高校入試を翌日に控えた夜、古谷から一件のメッセージが入った。


『本命の入試前に話すことじゃないかもしれんが、激励ついでに報告。
 あのあと、アキちゃんと会って少し話をした。
 まず、樹生に申し訳なかったと伝えて欲しい、とのこと。
 学生相手にムキになって大人げなかったってよ。
 それから、お前に言われた言葉で、思い出したことがあるらしい。
 俺と奥さんが事故に遭う前、奥さんがアキちゃんに残した言葉。

 「浩介は私にも言えない悩みを持っている。だけど無理にそれを聞き出すことはしたくない。浩介が自分から言える時が来るのを待っている。もしそれを聞いた時、もしかしたら家族はバラバラになるかもしれない。けれども結婚したことは後悔していない。浩介が私をどういう風に見ていても、大事にしてくれているのは事実だし、好きな人と家族になれたことを幸せに思う。そして彼がそれを打ち明けた時、私は許そうと思う」

 みたいなことを言っていたと教えてくれた。
 奥さんは俺がゲイなのを気付いてたのかもしれない。
 アキちゃんは当時、意味が分からなかったから忘れてたんだと。
 それから今までの態度を謝ってくれた。
 これからは俺のしたいようにしてくれと言われた。
 今のままでもいいし、離婚してもいいし。
 俺自身はどうするか決めてない。(今ここ)
 お前が義足壊したのも無駄ではなかったってことだ。
 ってことで、明日の試験がんばってこい。
 まあ、期待はしてねーけど。』


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