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一年目の夏
2. 異文化の味
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ベッドの上でごろんごろんしているうちに、うつらうつらとしかかっていたらしい。こんこん、と部屋の扉を軽く叩く音がして、計都ははっと跳ね起きた。失礼いたします、と声がかかって、扉があけられる。
「お待たせいたしました、セイリオス様。すぐに準備いたしますね」
現れたのは先ほどの女性だった。何かの料理を乗せているらしい、カートワゴンのようなものを引いている。
ベッドで食べるのか、どこかテーブルに移動するのか、まごついている計都をよそに、彼女は手際よく準備を始めた。体を起こしている計都の背中にクッションを当て、シーツを整え、小さなテーブルを計都の前に置く。
「少し熱くなっていますので、お気を付けくださいませね」
テーブルの上に、白粥らしきものをよそったボウルと小さな木の匙がおかれた。ちらりと女性を見上げると、にこにこと見守っている。
どうやらこれが、用意された朝食らしい。
「い、ただきます……」
小さくつぶやいて、計都は匙を手に取った。そろりとすくい、口に運ぶ。
「……ッ!」
いっそ噴出さずに済んだのが奇跡だ、と思った。熱い、とかそういう話ではない。
激烈に、まずいのだ。涙が出そうなまずさだった。
まず最初に、粥なのに甘かった。あと、何かねっとりとしている。米のでんぷんが溶けてどうのこうの、というものではなく、味が不思議にねっちょりとしているのだ。
白い色の粥だったので、当たり前のように普通に自分の知っている、白米を炊いた『粥』だと思っていたのだが、違うらしい。よくよく考えれば、洋風の部屋に加えて呼ばれた名前も洋風なのだから、当然、味付けだけが和風のはずもない。口に入れるまで気づかなかった自分が、迂闊なだけだ。
「これ……」
「ええそうです、セイリオス様がお嫌いな、ハティ麦のミルク粥ですよ」
してやったりと言わんばかりの笑みを浮かべて、女性がこたえる。
「寝込んだ後には、これが一番ですからね。今日は甘い味付けにしてもらいましたので、まだ食べやすいはずですよ」
「……カペラの意地悪……」
「なんとでもおっしゃってください」
するりと零れ落ちた抗議の声をぺしんと打ち返され、計都はため息をついた。……ついてから、気づく。
今、自分はなんと言った……?
「カペラ?」
「はい、なんでございましょう」
「……なんでもない」
ふるふると首を振って、計都は粥に視線を落とした……ふりをする。
無意識に呼んでいたが、彼女の名前は『カペラ』で間違いないようだった。計都が知らないはずのことを、なぜ『自分』は知っているのか。
ともあれ、このまま見つめていても粥はなくならない。カペラは仕事に忠実だから、自分が食べ終わるまで意地でも動かないだろう。つまりは、何が何でも完食しなければならない。
「……せめて、甘くない味がいい……」
「はいはい。次にセイリオス様が寝込まれたら、そういたしますね」
「……ミルク粥でなければ、もっといい」
「セイリオス様が当主になられましたら、そうお命じくださいませ」
適当にあしらわれて、計都はもう一度ため息をついた。
は、とため息をついて、計都は天井をぼんやりと眺めた。寝転んでいる状態のため、視界には天井しか映らない。
清掃の行き届いた室内は天井に至るまできちんとしているようで、埃とかシミとかそういうのはまったく見えなかった。年季の入ったぼろアパートの天井とは、雲泥の差がある。
口の中は、まだびっくりするほど苦い。食事を終えた後、今度は薬のようなものを飲まされたのだ。
カペラが薬湯と称して差し出した、どろりとした苔色の液体は、見た目通りのまずさと苦さで計都を打ちのめした。錠剤、あるいはオブラートを開発した人はもっと讃えられてもいいんじゃないか、と真剣に思ったほどだ。もし計都の前にいたら、感謝のあまり土下座して礼賛したに違いない。
今なら口直しに甘ったるいミルク粥でも食べれるんじゃないか、と一瞬だけ思ったが、さすがにそれは口に出さなかった。言ったが最後、口直しにひと匙、どころか、もう一皿がっつりと食べさせられただろうから、口に出さなくて正解だったと思っている。
室内に、カペラの姿はない。計都に薬を飲ませた後、退出したのだ。自分の世話以外にも、仕事は山積みなのだろう。あるいは、余人が居れば計都がくつろげないと判断したのかもしれない。広い室内に自分以外の気配がないのを、少しだけさみしいと思う気持ちと、当たり前のように受け止める自分がいる。
(……不思議な気分だな……)
計都は、自分を『笹代計都』だと思っている。けれども、目覚めてすぐは思い出せなかったが、少しずつ『セイリオス』である自分のことも思い出してきていた。
セイリオス・ファールバウティ。侯爵家の嫡子にして長男で、先日6歳の誕生月を迎えたところだ。父の名はマルフィク、母はシュケディ。腹違いの弟妹が合わせて3人いたはずだ。顔は思い出せないが、カペラの名がわかったように、顔を合わせればすぐにわかるだろう。
「家族、か……」
計都に家族はもういない。それが、計都の主観ではいきなり増えたわけで、どう接すればいいのかわからない。子供らしく、セイリオスらしく、自然と接することはできるか不安だが、成り行きに任せておけばいい気もする。
(どうせ、なるようにしかならないんだし)
計都自身としては、『計都』としての意識が強いのだが、ところどころ違う部分がある。たとえば、『計都』は家族に対して思うところは少ないのだが(何しろ居ない生活に慣れてしまっていたし)、『セイリオス』にとって家族はとても大事らしい。元気になったら顔を見せに行かなければ、とぼんやり思った後で、そうした違いに気づいた。
おそらく、なんとなく両者の意識が混じりあって、純粋な『計都』ではないのかもしれないとも思う。このあたりは深く考えてもわからないのだから、考えるだけ無駄だろう。
「……」
とろりとした睡魔が忍び寄ってくる。腹が膨れたからか、あるいは薬湯の効果か。目が覚めたらあのぼろアパートの自室に戻っているんじゃないか、と一抹の期待を抱きながら、計都はゆっくりと目を閉じた。
「お待たせいたしました、セイリオス様。すぐに準備いたしますね」
現れたのは先ほどの女性だった。何かの料理を乗せているらしい、カートワゴンのようなものを引いている。
ベッドで食べるのか、どこかテーブルに移動するのか、まごついている計都をよそに、彼女は手際よく準備を始めた。体を起こしている計都の背中にクッションを当て、シーツを整え、小さなテーブルを計都の前に置く。
「少し熱くなっていますので、お気を付けくださいませね」
テーブルの上に、白粥らしきものをよそったボウルと小さな木の匙がおかれた。ちらりと女性を見上げると、にこにこと見守っている。
どうやらこれが、用意された朝食らしい。
「い、ただきます……」
小さくつぶやいて、計都は匙を手に取った。そろりとすくい、口に運ぶ。
「……ッ!」
いっそ噴出さずに済んだのが奇跡だ、と思った。熱い、とかそういう話ではない。
激烈に、まずいのだ。涙が出そうなまずさだった。
まず最初に、粥なのに甘かった。あと、何かねっとりとしている。米のでんぷんが溶けてどうのこうの、というものではなく、味が不思議にねっちょりとしているのだ。
白い色の粥だったので、当たり前のように普通に自分の知っている、白米を炊いた『粥』だと思っていたのだが、違うらしい。よくよく考えれば、洋風の部屋に加えて呼ばれた名前も洋風なのだから、当然、味付けだけが和風のはずもない。口に入れるまで気づかなかった自分が、迂闊なだけだ。
「これ……」
「ええそうです、セイリオス様がお嫌いな、ハティ麦のミルク粥ですよ」
してやったりと言わんばかりの笑みを浮かべて、女性がこたえる。
「寝込んだ後には、これが一番ですからね。今日は甘い味付けにしてもらいましたので、まだ食べやすいはずですよ」
「……カペラの意地悪……」
「なんとでもおっしゃってください」
するりと零れ落ちた抗議の声をぺしんと打ち返され、計都はため息をついた。……ついてから、気づく。
今、自分はなんと言った……?
「カペラ?」
「はい、なんでございましょう」
「……なんでもない」
ふるふると首を振って、計都は粥に視線を落とした……ふりをする。
無意識に呼んでいたが、彼女の名前は『カペラ』で間違いないようだった。計都が知らないはずのことを、なぜ『自分』は知っているのか。
ともあれ、このまま見つめていても粥はなくならない。カペラは仕事に忠実だから、自分が食べ終わるまで意地でも動かないだろう。つまりは、何が何でも完食しなければならない。
「……せめて、甘くない味がいい……」
「はいはい。次にセイリオス様が寝込まれたら、そういたしますね」
「……ミルク粥でなければ、もっといい」
「セイリオス様が当主になられましたら、そうお命じくださいませ」
適当にあしらわれて、計都はもう一度ため息をついた。
は、とため息をついて、計都は天井をぼんやりと眺めた。寝転んでいる状態のため、視界には天井しか映らない。
清掃の行き届いた室内は天井に至るまできちんとしているようで、埃とかシミとかそういうのはまったく見えなかった。年季の入ったぼろアパートの天井とは、雲泥の差がある。
口の中は、まだびっくりするほど苦い。食事を終えた後、今度は薬のようなものを飲まされたのだ。
カペラが薬湯と称して差し出した、どろりとした苔色の液体は、見た目通りのまずさと苦さで計都を打ちのめした。錠剤、あるいはオブラートを開発した人はもっと讃えられてもいいんじゃないか、と真剣に思ったほどだ。もし計都の前にいたら、感謝のあまり土下座して礼賛したに違いない。
今なら口直しに甘ったるいミルク粥でも食べれるんじゃないか、と一瞬だけ思ったが、さすがにそれは口に出さなかった。言ったが最後、口直しにひと匙、どころか、もう一皿がっつりと食べさせられただろうから、口に出さなくて正解だったと思っている。
室内に、カペラの姿はない。計都に薬を飲ませた後、退出したのだ。自分の世話以外にも、仕事は山積みなのだろう。あるいは、余人が居れば計都がくつろげないと判断したのかもしれない。広い室内に自分以外の気配がないのを、少しだけさみしいと思う気持ちと、当たり前のように受け止める自分がいる。
(……不思議な気分だな……)
計都は、自分を『笹代計都』だと思っている。けれども、目覚めてすぐは思い出せなかったが、少しずつ『セイリオス』である自分のことも思い出してきていた。
セイリオス・ファールバウティ。侯爵家の嫡子にして長男で、先日6歳の誕生月を迎えたところだ。父の名はマルフィク、母はシュケディ。腹違いの弟妹が合わせて3人いたはずだ。顔は思い出せないが、カペラの名がわかったように、顔を合わせればすぐにわかるだろう。
「家族、か……」
計都に家族はもういない。それが、計都の主観ではいきなり増えたわけで、どう接すればいいのかわからない。子供らしく、セイリオスらしく、自然と接することはできるか不安だが、成り行きに任せておけばいい気もする。
(どうせ、なるようにしかならないんだし)
計都自身としては、『計都』としての意識が強いのだが、ところどころ違う部分がある。たとえば、『計都』は家族に対して思うところは少ないのだが(何しろ居ない生活に慣れてしまっていたし)、『セイリオス』にとって家族はとても大事らしい。元気になったら顔を見せに行かなければ、とぼんやり思った後で、そうした違いに気づいた。
おそらく、なんとなく両者の意識が混じりあって、純粋な『計都』ではないのかもしれないとも思う。このあたりは深く考えてもわからないのだから、考えるだけ無駄だろう。
「……」
とろりとした睡魔が忍び寄ってくる。腹が膨れたからか、あるいは薬湯の効果か。目が覚めたらあのぼろアパートの自室に戻っているんじゃないか、と一抹の期待を抱きながら、計都はゆっくりと目を閉じた。
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