中途半端な知識で異世界転生してみました

猫宮 雪人

文字の大きさ
9 / 21
一年目の夏

8. 新しい朝

しおりを挟む
 全身が映るほどの大きな鏡を見る。日本での鏡ほどくっきりとしたものではないが、少しぼやけて平坦に広がる世界には、最近ようやく見慣れてきた少年が映っていた。
 両親の色をちょうど混ぜ合わせたかのような、薄い薄い水色の髪は癖がなくまっすぐだ。双眸は、父譲りの瑠璃色。
 これが――自分だと、ようやく言い切れる気がする。覚悟を決めたせいかもしれない、とも少し思う。『他人』ではなく、『自分』なのだと、今は違和感なく見ることができた。きっともう、「セイリオス」と呼ばれてもすぐに自分の事だと反応できるだろう。
(顔色は……まぁ普通だな)
 姿見の中に映る自分の顔色を確認して、計都――否、セイリオスはうんうん、と頷いた。
 両親と夕食をともにしたのは一昨日のことだ。考えすぎたせいというわけでもないだろうが、自室へ戻った後熱を出して寝込んでしまい、昨日は久々に一日中ベッドの住人となっていた。考えすぎて熱を出すなんて知恵熱かよどんな子供だよ、と思ったところで、実際に子供なのだから仕方がない。
 おかげで、またもや激烈にマズい麦のミルク粥を食べさせられる羽目になった。もちろんおまけの、『マズイ』という評価さえ生ぬるい、地獄のような薬も付いていたことは言うまでもない。セイリオスはカペラに盛大に文句を言ったのだが、今回も華麗に聞き流された。正直、せめてミルク粥ではなく出汁茶漬けにしてくれたら、と思う。麦と米では違うだろうが、どうせなら慣れた味付けの方がまだ許せる気がする。
(……に、しても)
 じっと見返してくる自分の姿を見ながら、セイリオスは小さく眉をしかめた。
(我ながら目つき悪いなー)
 よく言えば、6歳という年齢の割にはやや大人びた表情といえるが、セイリオス自身の正直な感想としては、「わりと可愛げのない顔つき」といったところだろう。顔立ち自体は両親のおかげで整っているのだが、そこに浮かぶ表情が、徹底的に愛嬌がない……ように、見える。セイリオスの中で比較対象といえば、天真爛漫・純真無垢な弟アルファルドなので、余計に差異が目立つ。
 どこぞの名探偵のように見た目は子供・頭脳は大人なので、もう少し不審を抱かれないよう、年齢相応の可愛らしさを演出したいところだが……。
(うん、無理だな)
 入社してすぐに営業に回されたこともあり、愛想笑いぐらいはできるが、子供らしい演技ができるかというと、断じて否だ。力量的に演技が出来そうにないということもあるが、それ以上に、精神的に恥ずかしくて出来そうにない。いい年した成人男性に幼児のふりをしろとかどんな罰ゲームだ、と思う。
 鏡をみながら、両手でぐにぐにと目じりのあたりを揉む。鋭い目つきが若干、和らいだような気がした。ふっと口の端に笑みを浮かばせると、立派な「小生意気なガキ」が出来上がる。
(……なんか、違うくね?)
「セイリオス様、何か気になる事でもございましたか?」
「わああああああ!」
 ひょいと横からのぞき込まれて、セイリオスは思わずのけぞった。その反応が意外だったのだろう、原因であるカペラが僅かに眉をひそめる。
「……その反応はいかがなものかと」
「びっくりしたし! というか、ノックぐらいはしてほしい!」
「しましたが、お返事がなかったので、勝手に入らせていただきました」
 控えめにめいいっぱい抗議すると、さらりと言い返された。
 カペラはセイリオスのほぼ専属侍女メイドである。セイリオスが家庭教師について勉強している間は屋敷の雑事などを行っているが、基本的にはセイリオスの世話がメインの仕事だ。
 今思えば、初日の一人でお屋敷探検は、カペラの隙をついたからこそできたことだろう。今まで熱を出した翌日はずっと、ベッドで微睡んでいることがほとんどだったので、すぐに部屋から抜け出すとはカペラも予想していなかったらしい。アルファルドと会った後、部屋に戻ったときにカペラからがっつり怒られた記憶は、まだ鮮明に残っている。
 本来ならば屋敷で働く侍女といえど、主の許可なく私室に入ることは許されないが、専属であるカペラの仕事には、朝セイリオスを起こすことも含まれている。そのため、許可なくセイリオスの私室に入ることが許されているのだ。
 ましてや今回は、一応声をかけられたのに気づかなかったわけだから、どちらかというとセイリオスの失態だろう。
 そこまで思い至って、セイリオスははっ、と表情を変えた。気づかない間に室内にいたということは、セイリオスが鏡を相手にいろいろと表情を研究していたところも見られていたのかもしれない。
 はた目から見れば、鏡を相手にうっとりしていると思われてもおかしくはない構図である。
 そろりとカペラの方を見上げると、生暖かい視線とぶつかった。……ばっちり見られていたらしい。恥ずかしさで死ねそうだ。
「……あのね、カペラ」
「お気になさらず。セイリオス様も、いろいろと気になるお年頃になられたということで、カペラは嬉しゅうございますよ」
「いや、あのね」
「思えばセイリオス様も6歳になられたのですものね……。最近はお着替えの手伝いもさせていただけなくなりましたし」
(それは当然だと思うけど)
 ほぅ、と頬に片手を当てたカペラが、わざとらしくため息をついた。
 カペラに着替えを手伝ってもらったのは、着方がわからなかった最初の数日だけだ。それ以降は全て、セイリオス一人で着るようにしている。外見は6歳でも中身は成人男性なのだからして、妙齢の女性に着替えを手伝ってもらうのには抵抗があったのだ。身動きしにくい病人ならいざ知らず、まっとうな状態ではいささかどころでなく気恥ずかしい。
 いくら、セイリオスがもっと幼い頃に湯浴みやらなにやらをしてくれた相手といっても、だ。
(……やめよう)
 朧気とはいえいらないことまで思い出し、のっそりと背中に影を乗せながら、セイリオスは深々とため息をついた。
「……とりあえず、着替えようか」
「はい、セイリオス様」
 ぐったりとした声音でそう告げると、カペラも素直に頷いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします

未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢 十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう 好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ 傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する 今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

転生能無し少女のゆるっとチートな異世界交流

犬社護
ファンタジー
10歳の祝福の儀で、イリア・ランスロット伯爵令嬢は、神様からギフトを貰えなかった。その日以降、家族から【能無し・役立たず】と罵られる日々が続くも、彼女はめげることなく、3年間懸命に努力し続ける。 しかし、13歳の誕生日を迎えても、取得魔法は1個、スキルに至ってはゼロという始末。 遂に我慢の限界を超えた家族から、王都追放処分を受けてしまう。 彼女は悲しみに暮れるも一念発起し、家族から最後の餞別として貰ったお金を使い、隣国行きの列車に乗るも、今度は山間部での落雷による脱線事故が起きてしまい、その衝撃で車外へ放り出され、列車もろとも崖下へと転落していく。 転落中、彼女は前世日本人-七瀬彩奈で、12歳で水難事故に巻き込まれ死んでしまったことを思い出し、現世13歳までの記憶が走馬灯として駆け巡りながら、絶望の淵に達したところで気絶してしまう。 そんな窮地のところをランクS冒険者ベイツに助けられると、神様からギフト《異世界交流》とスキル《アニマルセラピー》を貰っていることに気づかされ、そこから神鳥ルウリと知り合い、日本の家族とも交流できたことで、人生の転機を迎えることとなる。 人は、娯楽で癒されます。 動物や従魔たちには、何もありません。 私が異世界にいる家族と交流して、動物や従魔たちに癒しを与えましょう!

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...