中途半端な知識で異世界転生してみました

猫宮 雪人

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一年目の夏

10. こどもという存在

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「それで、お話とはなんでしょうか」
「うん、えーと……」
 パンとチーズ、それに野菜たっぷりの温かいスープという、いつもの朝食をきっちり摂り終えたあと。
 おっとりと首をかしげたカペラに、どこからどう切り出したらよいものやらわからず、セイリオスは曖昧に笑った。
 よくよく考えれば、計都だったときは独身だったし、そもそもドラマチックで複雑な家庭で育ったわけでもないから、こうした家庭問題を解決する糸口なんてさっぱりだ。とりあえず身近なところで味方を増やそう、という思いつきだけで声をかけたのだが、もうちょっと慎重になるべきだったのかもしれない、と小さな後悔が今更ながらに浮かぶ。
 そもそもからして、コミュニケーション力が格別に高いわけでもないし、人身掌握術に長けているわけでもないのだ。大学で経営に関わる講義として心理学を学びはしたが、あくまで一般教養の範囲でしかとらなかったし、3年も経てばすっからかんになって覚えていない、その程度だ。
 そんな状態のセイリオスが現在取りうる戦術はただひとつ――吶喊とっかん、それだけだ。
 深呼吸をひとつして、まっすぐに向かいに座るカペラを見る。
 最初は向かいに座るなどとんでもない、と固辞されたのだが、半分命令のような形で座らせた。長くなるかもしれないのに立たせっぱなしは悪いとか、相手を立たせて自分は座っているのはちょっと居心地が悪いとか、理由はいろいろあったが、最大の理由は実のところこれだったりする。
 ……カペラが立ったままだと、目線が合いにくいのだ。ついでに言うと、ずっと見上げなければならないので、首が疲れる。
 嘘を見抜けるほどの洞察力はないが、それでも見ていればなにかに気づけるかもしれない以上、なるべくきちんと目を合わせて話をするのは大事だと思う。
「……あの。正直に答えてほしいんだけど。カペラは、アルファルドたちをどう思う?」
「どう、とはどのような意味でしょうか」
「その……僕、は。兄弟として仲良くできればと思ってる。けど、屋敷の中には、アルファルドたちを快く思ってない人もいるってわかってる」
 我儘を言うのなら、きっと簡単だ。メイドたちにそう命令すればいい。それこそ、アルファルドたちへの悪口を聞いたときに、「僕の弟たちを悪く言うな」と命じれば、使用人たちはみな口をつぐむだろう。子供とはいえ、セイリオスは屋敷の主人の子であり、そこには主従という明確な立場の差がある。
 だが、それをしてしまえば、より状況は悪化しかねない。押し込められた悪意は、決して消えはしないからだ。力ずくで押さえ込めば、余計に屋敷内がぎくしゃくしてしまう。
 ただの職場なら、金銭と労働力の交換だと割り切る事もできる。けれど、ここは、使用人たちにとっては「ただの職場」でも、セイリオスたちにとっては「大事な家庭」だ。仕事ビジネスの場ではない。
 従業員満足度を高めのびのびと働いてもらうことで、屋敷のなかの雰囲気をなんかふわっといいかんじにする。それも、自分たちのしあわせのために必要なことだとセイリオスは思っている。
「だから僕は、アルファルドたちも、父上や母上のように、みんなに認められるようになってほしい。そう思ってるんだけど……カペラは、アルファルドたちをどう思ってる?」
「なるほど……」
 最初の質問に戻ったところで、セイリオスの意図を理解したらしく、カペラは小さく頷いた。
「そうですね……私個人としましては、アルファルド様、アマルテア様、アドラステア様とも、特に好感情も悪感情も抱いておりません。セイリオス様にお仕えしていることもあり、特に接点もございませんので」
 ただ、とカペラは付け足す。
「私のように思っている者は、ごくわずかです。奥様も旦那様も、屋敷の者の多くに慕われておいでですから。だからこそ、事情を知らぬ者にとっては、アルファルド様がたは、旦那様が奥様を裏切った証拠に見えてしまい……複雑なのでしょう」
 貴族の中にはその血統の存続のために、妾を公然と持つものさえいるらしい。庶子を我が子と認めることすらせず、適当に放り出す貴族さえいる中で、きちんと引き取るマルフィクの姿勢はむしろ貴族の中では誠実な部類になるのだろうが……そう割り切れないのは、ファールバウティ家に理想を重ねたからだろう、とカペラは推測しているそうだ。
 確かに、セイリオスから見ても、マルフィクとシュケディは仲睦まじい様子だった。外に女を作るなどちょっと信じられないぐらいで……けれど現実に、アルファルドたちが庶子として存在する以上、愛人がいたことは明白で。
 結局、マルフィクが騙されている、アルファルド達の母親が悪い、ということにしなければ、主への敬愛や理想と現実との折り合いがつかないということなのだろう。
 理屈としては、まぁ納得できなくもない。問題は、ではどうするか、という部分だが。
「そういえばカペラは、なんでアルファルドたちが平気なんだ? 接点ないというなら、アルファルドたちは離れにいるんだし、他のひとたちだってそんなに接点ないはずだけど。仕事だと割り切ってるからとか?」
「まさか!」
 打てば響く速さで、声が返ってきた。常に淡い笑みを浮かべ、落ち着きを見せるカペラが、珍しく眉間にしわを寄せている。
 カペラの険のある表情なんて、初めて見る。ぱちりと目を瞬かせたセイリオスに、カペラはむっとした表情のまま言い募る。
「私が、旦那様はさておきお……奥様のことを仕事と割り切るなど、ありえません! 私と奥様は、奥様と旦那様よりも強い強い絆で結ばれているのですから」
「あ、うん。……ええっ!?」
 うっかりスルーしそうになってから、セイリオスは目を丸くした。
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