中途半端な知識で異世界転生してみました

猫宮 雪人

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一年目の夏

11. 問題は増えたけれど

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 夫婦より強い絆ってなんだ、とか、実は腹違いの姉妹だったりするのか、とか。百合ップルとかキマシタワーとか余計な単語が脳裏を駆け巡ったところで、カペラも自分の失言に気づいたらしい。こほん、とわざとらしく咳ばらいをして、カペラはややぎこちない笑みを浮かべた。
「……失礼いたしました。私と奥様は乳兄弟でして、奥様の幼い頃からお傍に置かせていただいておりました。今も、奥様ひいてはセイリオス様に、誠心誠意お仕えする気持ちに偽りはございません」
「『乳兄弟』か……そういうの、あるんだ」
 きっぱりと言い切ったカペラに、セイリオスはへぇ、と小さく呟いた。
 現代日本で生きてきていた計都セイリオスからすれば、乳兄弟という存在はいかにも「ファンタジー」だ。というよりも、乳母という立場自体がほとんどあり得ないだろう。
 乳母が育てる貴族の子息と、乳母の実子。兄弟のように育ち、けれども血を分けた兄弟と違って、競争相手とならない安心感がある。貴族の子を育てさせるとなると乳母の身元も確かだろうし、次世代の側近を育成するという意味でも、うまくできているシステムなのかもしれないと思う。
 それとは別に、単純に「乳兄弟」という言葉の響きが格好いい、という気持ちも否めないが。
(そういえば、セイリオスも貴族の子弟になるわけだけど……乳母っていたのかな)
 ちらりとカペラを見やる。もし乳母というスタンスの人間が居たとするならば、カペラが該当するのだろうか。乳児だったころの記憶はないので、はっきりとはわからない。シュケディの雰囲気を考えると、乳母に任せそうにも見えるし(なんといってもお嬢様なので)、逆に自分で子育てをしそうでもある。
 口には出さないセイリオスの疑問に気づいたのだろう、カペラがいつもの柔らかい笑みを浮かべる。
「セイリオス様は奥様が自らお育てになりました。乳母はついておりませんので、セイリオス様にとっての乳兄弟はおられませんが……」
 カペラの眼差しが、思案するように揺れる。
「……そうですね、乳兄弟が居ないのであればなおの事、遊び相手のことも考えねばなりませんでしたね。致し方ないとはいえ、毎日お一人でお勉強ばかりでは、セイリオス様も気づまりでしょう」
「あー……うん。いや、僕はまだいいんだけど」
 セイリオスは6歳、アルファルドは4歳。それぞれ、幼稚園や保育園に入る、そのあたりだ。家とその周りという小さな世界から、少しだけ行動範囲を広げる時期。家族以外の人間と知り合い、他人との距離感を学んでいくのも、社会の中で生きていくには必要なことだ。
 義務教育という制度があるのかはわからないが、教育の効率を考えると、ある程度は学校あるいはそれに類似する何かはあるとみても良いだろう。だが、セイリオスやアルファルドの身分を考えると軽々しく行くことはできないだろうとも思う。他の子供たちを威圧するとかそういう意味ではなく、身の安全が保障できないからだ。登下校の最中、あるいはそれこそ大人の目が届きにくい学校で、誘拐事件でも起きればことだ。余りこういう考えは好きではないが、それでも「侯爵の子」としての自分や弟たちには、それだけの価値がある。
 だから、家庭教師を屋敷に呼び、勉学に励む毎日も、仕方ないと思っていた。
 ……けれどそれはセイリオスが、一度いろんなことを経験し、仕方がないと諦めることができる程度には大人だからに過ぎない。
「アルファルドも友達作れるようにしたほうがいいよなぁ……」
 これから物事を見知っていくはずのアルファルドのことを考えると、そのままにしておいていい話ではないだろう。
(上手くいかないもんだなぁ……)
 むぅ、と眉間にしわを寄せる。
 カペラに相談して家庭問題の突破口を探るはずが、問題が増えただけだった。
(今のとこ思いついてる案は、一緒にご飯を食べよう! ぐらいだもんな)
 心理的な距離を縮めるには、まず物理的な距離を縮めるのも一案だとセイリオスは思っている。つまりは、飲ミニュケーションとかそういう類のものだ。食事の席を共にすることで、まずは家族内の距離を縮める……ついでに、周囲の使用人たちから見たアルファルドたちの立ち位置スタンスを明確にする。
 ぱっと思いつくのは、この程度の「当たり前」のことだけだ。それを劇的に上回るような、何か一撃必殺のアイディアが出れば、と思ったのだが、さすがにそう上手くはいかないらしい。
 さて、どうするか。
「セイリオス様」
「なに? カペラ」
 視線をテーブルに落とし、考え込みかけていたセイリオスだったが、カペラの呼びかけに顔を上げた。
「申し訳ございませんが、一度お話を止めていただいてもよろしいでしょうか。そろそろ、本日の教師が来られる時間ですので、セイリオス様は準備をなさってください。私はこちらを片付けておきますので」
「今日はなんだっけ」
「本日の講義内容は古典詩でございます」
「……」
 がっくりとセイリオスはうなだれた。
 文系・理系で分ければ文系に属する計都セイリオスの、唯一の苦手分野が「詩」の類なのだ。学生時代に「みんな別でみんないい」的な詩を見せられた時に、思いっきり素で「だから?」と聞き返してしまい、軽く引かれたのは今でも覚えている。ついでに、要点と結論を簡潔に述べたほうがいい、という正直な感想には、「なに言ってんだコイツ」みたいな目で見られた。
 とはいえ、カリキュラムの変更は今更できない。そもそも、教養として必要だから詰め込まれるのだろう。好き嫌いで動かしていいものではない。
 たぶん。
「……セイリオス様」
 ため息をついてのろのろと立ち上がったセイリオスに、カペラが片付ける手を止めて呼びかける。
「ご友人の件につきましては、私からクルサかウェズンに話しておきますが、セイリオス様からも伝えておいたほうがよいかもしれません。それから……」
「なに?」
 一度言葉を切ったカペラが、まっすぐにセイリオスを見る。
 その眼差しには、真摯な想いが滲み出ているようだった。まっすぐに、セイリオスを気遣ってくれる。
「僭越ながら……セイリオス様がアルファルド様がたを気遣っておられることを、奥様と旦那様は嬉しく思われてると存じます」
「……父上だけでなく母上も、認めてくれているんだね」
「はい。そして、何よりも、セイリオス様がそうして多くの者を気遣う姿、その健やかな成長ぶりをとても大事にされておられます。それを忘れないでくださいませ」
「……そっか」
 結局、アルファルドたちについて両親に確認をとれてはいないけれど。
 解決に向けて努力する方向性、それ自体は間違っていないのだと、カペラから確約をとれたのは、嬉しい。努力すること自体が嫌なわけではないが、それでもやはり、見てくれる人がいるとモチベーションが違う。
「うん。じゃあ、今日も頑張る」
「はい。では私はこれで失礼いたします」
 ぺこりと頭を下げたカペラに手を振り見送った後、セイリオスはぎゅっと手を握りしめた。
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