中途半端な知識で異世界転生してみました

猫宮 雪人

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一年目の夏

20. 家族会議と杞憂

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「それで……わたくしたちに、セイリオスからお話があると伺いましたけれど?」
「あぁ。すまないがセイリオス、もう一度言ってもらえないかな」
 執務室のソファに移動して早々に、シュケディが切り出した。親子向かい合わせで座ったソファは、さすがに領主が客人を迎え入れるものにふさわしく、柔らかい感触でセイリオスを受け入れてくれる。惜しむらくは、客が成人であることを想定しているためか、今のセイリオスにはやや大きすぎるようで、普通に足がぷらんぷらんと宙に浮いてしまうことだろうか。行儀が悪いと、後ろに控えるカペラから厳しい視線が背中にざくざくと突き刺さるが、こればかりは仕方のないことだ。
 ともあれ。
「えっと、その……アルファルドたちと、ちゃんと兄弟として暮らしたいんです。父上と母上と一緒に、ちゃんと……家族として」
 マルフィクやシュケディにはきちんと考えがあって、アルファルドたち異母弟妹を離れで生活させているのかもしれない、とも思う。あるいは、この世界ではこれが当たり前で、セイリオスが日本人であった頃の常識に引きずられているだけかもしれない。それでも、家族というには互いに距離がある今の生活は、セイリオスにとって少しおさまりが悪いような思いは抜けない。
「……ねぇ、セイリオス」
 うまく言葉に出せなくてもどかしいセイリオスに、シュケディのまっすぐな眼差しが向けられる。
「貴方にとっては突然出てきた弟と妹だけれど……貴方はあの子たちを家族と思ってくれていると、そう考えても良いのかしら?」
「もちろんです、母上」
 突然現れたという意味では、正直マルフィクやシュケディも、計都セイリオスにとっては「突然出てきた家族」に変わりはない。それでも、マルフィクは尊敬すべき父で、シュケディは敬愛すべき母で、アルファルドとアマルテア、アドラステアたちは可愛い弟妹たちだと、素直に思っている。
 ためらわず間髪入れずに答えると、シュケディがそう、と柔らかく微笑んだ。
「……貴方がそう思ってくれたなら、本当に嬉しいわ。早速、明日からあの子たちを本館に呼び寄せましょう」
「え、いいんですか?」
 受け入れてもらえると嬉しいとは思っていたし、マルフィクに先に聞いてみた感触は悪くはなかったが、だからといってあっさりさっくり了承されるとそれはそれで驚く。反射的に、ぽろりと言葉が零れ落ちた。
「もともと、貴方があの子たちに少しずつ慣れていってくれれば、と思っていたの」
「だから、どこかの段階で君にアルファルドたちをどう思うか、聞いてみようと考えていたんだよ。それよりも先に、君から言われるとは思いもよらなかったけれどね」
「そうなんですか……」
 自分の心配はどうやら杞憂だったらしい。両親は両親なりに、弟たちを気にかけていたのだとわかって、セイリオスはほっと胸をなでおろした。
「ちょうどいい機会だ、ついでに何か要望はあるかい?」
「えーっと……」
 いろいろあったはずだが咄嗟に思い出せない。助けを求めるように後ろのカペラを振り返ると、助け舟を出そうとしたのだろう、カペラが小さく口を開く。
 と。
「お話し中、申し訳ございません旦那様。香茶をお持ちいたしました」
「あぁ、クルサか。入ってくれ」
「失礼いたします」
 軽く扉を叩く音とともに、外からクルサが声をかけてきた。マルフィクが入室を許可すると、大きなお盆を手にしたクルサが執務室に入ってくる。お盆の上にはカップやポットなどが乗せられているが、片手でそれを持つクルサからは重さがまったく感じられない。それなりに重量があるはずなのだが、クルサの足運びなどひとつひとつの動作には安定感があった。セイリオスが同じことをすれば、一歩も踏み出さないうちにお盆をひっくり返しているに違いない。
 思わず凝視するセイリオスに穏やかな笑みを浮かべて、クルサはカップを並べた。お茶が注がれて、湯気とともにふわりと香気が漂う。
 クルサは家令である。セイリオスにはぴんとこない話だが、家令というのは領地や使用人たちの管理などを行うものらしい。主人の身の回りの世話なども行う『執事』とは、役職の分野がやや異なるのだそうだ。茶を淹れたりといったことは仕事の範囲に入らないのではないか、怪しい物体が出てくるのではないかと、失礼なことを考えていたが、セイリオスの予想はいい意味で裏切られたようだった。
(てか、この世界の人の標準スキルだったりしたら怖いな……)
 計都だった時は、お茶なんてコンビニやスーパーで買うものであり、自分で淹れるなど選択肢にも入ったことがない。
 テーブルについて茶を飲むのは、マルフィク、シュケディ、セイリオスの3人だけだ。給仕をしてくれたクルサも、セイリオスの背後に立つカペラも、人数には入っていないようだった。
 ここに居るのが自分だけなら、カペラとクルサも座らせるのだが……マルフィクとシュケディがどういう方針なのかはわからない以上、迂闊に勧めるのもためらわれた。優しく誠実な人たちだけれども、使用人と家族とを厳然として分けているのか……あるいは別の理由があるのか。ウェズンへのゆるゆるな対応を見ていると、そのあたりどういうことなのかよくわからなくなる。
 ともあれ。
「え、と……い、たただきます」
 立っている大人がいるのに、子供の自分がちゃっかり椅子に座ってお茶までもらうのは、なんとなく気が咎めないでもない。そろりと声をひそめて、カップに手を伸ばす。
「……あ、おいし」
 子供であるセイリオスの味覚に気を遣ってくれたのだろう。一口含んだお茶は、思ったよりも渋みが少なめだった。キャラメルを思わせる甘ったるい香りが、ふんわりと鼻をくすぐる。好みなどクルサに話したことはないはずだ(そもそも、クルサと顔を合わせたのは今日が初めてだ)が、きちんと把握していてくれていたということだろうか。あるいは、この短期間の間に探ったのか、推測したのかもしれない。
 なんにせよ、プロフェッショナルだなぁ、と思ったところで、唐突に思い出した。
「あ、あの、父上、母上」
「なんだい?」
「なにかしら」
 ゆったりと椅子にもたれていたマルフィクが、緩く首をかしげる。
「今朝、カペラと話していたんですけど……カペラって母上の乳兄弟なんですよね」
「えぇ、そうね。……カペラから聞いたの?」
 幼い頃を思い起こしたのか、シュケディがどこか遠く懐かしいものを見るような眼差しをカペラに向ける。
「そうね、この屋敷では一番一緒に過ごした時間が長いのは、カペラになるわ。……余計なことは聞かなかったわよね?」
 シュケディの念押しに、にっこりとカペラが笑みを浮かべた。セイリオスが初めて見る、「悪い笑顔」だ。
「えぇ、もちろんです。木登りをしてみたいとおっしゃったお嬢様が、木から落ちたときに父君を下敷きにした話や、『より美味しいお茶を淹れるために』とあらゆる種類の茶葉を混ぜ、得体のしれない液体を作成した話などはしておりませんよ」
「……そんなことしてたのか。私も初めて聞いたな」
「カペラ……あなたって人はもう……!」
 澄ました顔で、過去の悪戯をさらりと暴露するカペラに、シュケディは頬をぷっくりと膨らませた。おっとりとしていかにも貴婦人、といった感じの母親の、意外な姿にセイリオスとマルフィクは目を丸くする。
「……なんか、意外というか、その……お転婆だったんですね、母上も」
「ほら、カペラのせいで、セイリオスがびっくりしちゃったじゃないの」
「過去の行いは消せませんから。大丈夫ですよお嬢様、セイリオス様やマルフィク様は、お嬢様が過去どんな悪戯をしていても、きっと愛してくださいますよ」
「……あなたのせいでヒビが入ったらどうしてくれるのよ……!」
 フォローを入れるふりをして何気なく追撃にかかるカペラと、可愛らしく抗議するシュケディの姿は、容易にマルフィクとウェズンの姿を思い起こさせるものだった。あれも、乳兄弟という形で、幼い頃からそばにいたからこその気安さだ。
 計都にも、小学生のときの友人は居たが……そのあと高校、大学と進路がわかれるにつれ、次第に疎遠になっていってしまった。社会人になったときには、もうお互い音信不通になっていたぐらいだ。
 マルフィクたちのように、職住近接でずっと一緒というのは、相性が悪ければ気づまりかもしれないが、普通に仲が良ければ羨ましいとさえ思える。
(あ、思い出した)
 アルファルドたちに友人を、という当初の目的を思い出して、セイリオスは小さな声を上げた。
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