中途半端な知識で異世界転生してみました

猫宮 雪人

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一年目の夏

19. お片づけ

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 妙なことで中断してしまったが、ともあれ地図である。資料を見ながら、セイリオスは慎重に書き写していくことにした。鉛筆なら書き直しができるが、羽ペンとインクだとそうもいかない。絵心に自信はないので余計に、そろりそろりと線を引いて行く。慎重すぎて若干、線ががたがたしているが、どうせ素人の書き写した地図なのだし、そこは大まかにでもわかればいいのだと開き直ることにする。この場合必要なのは詳細で精密なものではなく、ざっくりとした概要なのだから問題はないはずだ。
(それにしても……)
 出来上がった部分を眺めて、ため息をつく。
(侯爵領、さすがにでかい、んだろうなぁ……)
 大陸全土の地図はさすがに無いし、そもそもこのコーディーリア大陸がどれぐらいの大きさかはわからないが……ともあれ、大陸の1/4を有する帝国の、有数の大貴族である。そんなわけで、帝国の左上をどかんと領有するキタルファ侯爵領もまた、文句なしに広くても不思議はない。帝都から遠く離れた辺境の地とはいえ、領地が広い分それなりに街や村の数も多いということで……棚の資料がカオス状態なのも、納得である。
(えぇと……イザル地方。街の数は、と……)
 資料を見ながら考え込んでいると、ふと鼻先を柔らかいにおいが掠めていった。何の気なしに顔を上げると、そこには端正な顔立ちが鎮座していた。
「わ、わあああああ!?」
「あら、そんなに驚かなくても……」
 くすりと微笑んで、セイリオスの目と鼻の先にしゃがみこんでいたシュケディがふわりと立ち上がる。先ほどの匂いは、シュケディが纏っている香水の匂いだろう。甘く柔らかく、けれどどこか清々しい印象で、香水に詳しくないセイリオスでも素直に「いい匂い」といえる香りだ。
「い、いつの間にいらっしゃったんですか母上」
「ちょっと前ですよ。随分と熱心でしたから、いつ気づくのかと待っていたの」
「そーそー。さっきからシュケディ様が覗きこんでたのに、若ぜんっぜん気づかないんだもんなー」
「教えてくれればよかったのに……」
 面白がるようなウェズンの言葉に、思わず愚痴がこぼれ落ちた。小さく唇を尖らせたセイリオスに、シュケディがふふふ、と笑みをこぼす。
「そういえばセイリオス、何かお話があるのでしょう? 資料室では話しにくいから、隣の執務室でお話を聞きましょうか」
「あ、でも母上、隣の部屋にはその、なんかだれか居たみたいですけど……」
 ごろごろと死体のように転がっていた姿を思い出して、セイリオスは口ごもった。せっかく休んでいるところを、こちらの都合で動かすのは少し申し訳ない気もする。
 だが、シュケディは何のことはないようにあっさりと答えた。
「ちょうどいいですから、動かしてしまいましょう」
「えぇ!? それはちょっと……かわいそうじゃないですか?」
「いつまでも床に寝かせておくほうが可哀想でしょう?」
 思わず声を上げたセイリオスに、シュケディが不思議そうに小首を傾げた。
 散々デスマーチを経験したセイリオスとしては、デスマーチ明け(推定)の彼らを床の上であっても心行くまで寝かせてやりたいと思ったのだが、シュケディは違う考えらしい。合理性を考えれば、確かにシュケディの言う通り、家に帰ってゆっくりするのが一番ではあるが、とやきもきするセイリオスをよそに、シュケディはあっさりとウェズンに向き直る。
「ウェズン、彼らを送って行ってくださらないかしら?」
「かしこまりました、シュケディ様」
 表情を改め、ぴしりと背筋を伸ばしたウェズンが丁寧に頭を下げた。今まで気のいい兄ちゃんとしか見えなかったウェズンだが、そうしているときちんと「執事らしく」見える。マルフィクやセイリオスを相手にするのとはまったく違う、かしこまった態度に、セイリオスは思わず白い目を向けた。
「……母上には全然違う態度だなあ…」
「そりゃ当然だろ、若。俺は女性には下心なく紳士的なの!」
 胸を張ってむしろ堂々とウェズンがのたまう。いっそ清々しいほど態度を豹変させたウェズンに、慣れっこらしいマルフィクが肩をすくめて見せた。
「はいはい紳士紳士。いいかいセイリオス、コレはもう、珍獣というか例外というか……こういうやつだから。これが普通の執事だと思っちゃいけないよ」
「親友をコレ呼ばわりとかひどくね!?」
「うるさいな、君の呼び方なんか『コレ』で十分だ。それよりクルサ、悪いけど途中までウェズンを手伝ってやってくれるかい? 玄関まででいいよ、その代わり後で香茶を持ってきてほしい」
「かしこまりました」
 抗議の声を上げたウェズンを、マルフィクが適当にあしらう。セイリオスへの優しくも厳しい姿勢とは打って変わったぞんざいさだ。扱いが悪いウェズンには申し訳ないが、繕った感じのない、人間らしい雑味があって、セイリオスとしては見ていて面白い。
「うぇーい、お前ら起きろー」
「……」
 隣の執務室へウェズンとクルサが連れ立って移る。寝ていた男たちを叩き起こしているのだろう、しばらくがさごそという物音やぶつくさ文句を言う声が響いていたが、すぐにしんと静まり返った。
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