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星の砂時計
香茶の正しい淹れ方
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「違いますよ」
おっとりとユリシアが言い切る。声音こそ柔らかいものの、どこか反論を許さない響きがあった。
どこが間違っているかわからないが、とにかく何かが違うらしい。がっくりと肩を落として、セキトは目の前のポットを見やった。先ほどユリシアに教わりながら茶葉を入れ、おっかなびっくり湯を注いだところである。
セキトが基本的に働くのは、<星彩堂>の中である。料理や掃除といった「屋敷の中」に関してはユリシアの独壇場で、セキトが出る幕はない。とはいえ、だからといって何もしないのは、小市民的に気が引けた。
なにしろ、<星彩堂>でセキトが働き出して十日ほどが経つが、いまだに店に一人の来客もない。働いているとはとても言えない状況なのだ。むしろ、衣食住を無償で提供してもらっているのだから、ただの居候である。「無駄飯食らい」の単語が、セキトの脳裏をちらちらとよぎるのも当然だろう。
同じような立場であるはずのシアンディーは、堂々としたものだが……あちらは長年の付き合いもあるらしいし個人的な友人でもあるようなので、簡単に比較はできない。
せめて、自分ができることを少しずつでいいから増やしたい。そんな思いで、ユリシアの手伝いをしつついろいろと教わっているのだが、なかなか道のりは厳しい。今日は朝食後、店の手伝いに行く前のちょっとした空き時間に、ユリシアから茶の淹れ方を教わっているのだが、結果的にユリシアの仕事を増やしただけのような気がして仕方がない。
「正しくは」
眉をしかめ唸るセキトの隣から、すっと細い手が伸ばされた。しわが刻まれた指が、セキトが先ほどひっくり返した砂時計を、そっと押しのける。代わりに置かれたのは、別の砂時計だった。
「こちらでございます。この茶葉ですと、こちらで抽出時間を計るのがよろしいかと」
「……う、う、ううん?」
ユリシアの説明に、セキトは思わず砂時計を見比べた。
先ほどユリシアが押しのけたものと、新たに置かれたものと、大きさは同じである。砂の色も同じ白。中に入っている砂の量も、ほぼ同じに見える。
「えーとユリシアさん、違いがまったくわからないんですが……」
「今は砂が落ちている最中なので分かりにくいかもしれませんが……少々お待ちくださいませ」
セキトが見守る前で、最初の砂時計がさらりと最後の一粒を落とす。ポットに手を伸ばそうとしたセキトだったが、手の甲をぺちりと軽くたたかれた。
「えっ!?」
「お使いになった砂時計が違いますからね。……はいセキトさんお待たせしました、どうぞ」
「は、はいっ」
ユリシアに促され、セキトは慌ててポットにもう一度手を伸ばすと、慎重に持ち上げた。
ポットの白く滑らかな表面には、青い顔料で描かれた精密な蔦模様が、ぐるりと一周している。派手ではないが、控えめな華やかさがあった。
父の隊商では陶器類も多少扱っていたこともあり、セキト自身、多少はモノの良しあしがわかるつもりだ。だからこそわかるのだが……これは恐ろしく高価なもののはずだ。少なくとも、「ちょっと上流の家庭」程度では気軽に使えない価格だろう。それを、当たり前のように自分に使わせる感覚が、すごいと思う。
……そんなことを考えていたからか。
「……え、えーと」
お茶を注ごうとした持ち運び用ポットには、湯が入っていた。いくら熱したお湯でも、冷たい器に入れれば、お茶の温度が下がってしまう。それを防ぐために湯を入れていたのを、すっかり失念していた。
慌てて手にしていたポットを下ろし、大きな持ち運び用のポットを流し台に持っていく。綺麗にお湯を流し終わってから、大急ぎでユリシアの待つテーブルに戻る。
改めてお茶を入れたポットを手に取り、中のお茶を注ぐと……今度は、茶葉も一緒に流れ込んでいった。
「……」
「……セキトさん」
「……はい」
「もう少し、落ち着いて行動しましょうね」
「……ですね」
我ながら、ぐだぐだすぎて情けない。どうしたものかと考えあぐねている間に、ユリシアが手早く、茶こしを通して元のポットにお茶を戻した。空になった持ち運び用ポットをお湯で軽く洗い、再度お茶を移す。
「おおー……」
その手際の良さに、思わず声を上げる。
「少し冷めてしまいましたが、これぐらいなら大丈夫でしょう。ただ、多少渋くなってしまいましたので、飲むときにはお砂糖か蜂蜜を入れると良いでしょうね」
「はい」
「あと、ご存知かと思いますが、これはセキトさん用ですから。お嬢様にはお出ししないでくださいね」
「あ、もちろんです」
ユリシアの言葉に素直に頷いてから、セキトは勢いよく顔を上げた。
「……て、これ僕の分ですか!?」
「ええ、その予定でしたが……何か問題ございましたか?」
「えーと……いや、無いです」
逆に不思議そうに問い返されて、セキトは曖昧に否定した。
セキトの立場は、あくまで使用人だ。今までなんとなく一緒のテーブルについていたが、あれはあくまで「ついで」だから許されているのだと思っていた。なのに、わざわざ練習の成果とはいえ、自分専用の茶を飲ませてくれるのだという。
茶葉とて、無料ではない。湯を沸かすにも、多少の金はかかる。そのあたりきっちりしていた隊商での生活とは、えらい違いだと思う。
「では、セキトさん。今日もお嬢様のお手伝い、お願いいたしますね」
「はい!」
茶の詰まったポットを受け取り、セキトは元気よく返事をした。
おっとりとユリシアが言い切る。声音こそ柔らかいものの、どこか反論を許さない響きがあった。
どこが間違っているかわからないが、とにかく何かが違うらしい。がっくりと肩を落として、セキトは目の前のポットを見やった。先ほどユリシアに教わりながら茶葉を入れ、おっかなびっくり湯を注いだところである。
セキトが基本的に働くのは、<星彩堂>の中である。料理や掃除といった「屋敷の中」に関してはユリシアの独壇場で、セキトが出る幕はない。とはいえ、だからといって何もしないのは、小市民的に気が引けた。
なにしろ、<星彩堂>でセキトが働き出して十日ほどが経つが、いまだに店に一人の来客もない。働いているとはとても言えない状況なのだ。むしろ、衣食住を無償で提供してもらっているのだから、ただの居候である。「無駄飯食らい」の単語が、セキトの脳裏をちらちらとよぎるのも当然だろう。
同じような立場であるはずのシアンディーは、堂々としたものだが……あちらは長年の付き合いもあるらしいし個人的な友人でもあるようなので、簡単に比較はできない。
せめて、自分ができることを少しずつでいいから増やしたい。そんな思いで、ユリシアの手伝いをしつついろいろと教わっているのだが、なかなか道のりは厳しい。今日は朝食後、店の手伝いに行く前のちょっとした空き時間に、ユリシアから茶の淹れ方を教わっているのだが、結果的にユリシアの仕事を増やしただけのような気がして仕方がない。
「正しくは」
眉をしかめ唸るセキトの隣から、すっと細い手が伸ばされた。しわが刻まれた指が、セキトが先ほどひっくり返した砂時計を、そっと押しのける。代わりに置かれたのは、別の砂時計だった。
「こちらでございます。この茶葉ですと、こちらで抽出時間を計るのがよろしいかと」
「……う、う、ううん?」
ユリシアの説明に、セキトは思わず砂時計を見比べた。
先ほどユリシアが押しのけたものと、新たに置かれたものと、大きさは同じである。砂の色も同じ白。中に入っている砂の量も、ほぼ同じに見える。
「えーとユリシアさん、違いがまったくわからないんですが……」
「今は砂が落ちている最中なので分かりにくいかもしれませんが……少々お待ちくださいませ」
セキトが見守る前で、最初の砂時計がさらりと最後の一粒を落とす。ポットに手を伸ばそうとしたセキトだったが、手の甲をぺちりと軽くたたかれた。
「えっ!?」
「お使いになった砂時計が違いますからね。……はいセキトさんお待たせしました、どうぞ」
「は、はいっ」
ユリシアに促され、セキトは慌ててポットにもう一度手を伸ばすと、慎重に持ち上げた。
ポットの白く滑らかな表面には、青い顔料で描かれた精密な蔦模様が、ぐるりと一周している。派手ではないが、控えめな華やかさがあった。
父の隊商では陶器類も多少扱っていたこともあり、セキト自身、多少はモノの良しあしがわかるつもりだ。だからこそわかるのだが……これは恐ろしく高価なもののはずだ。少なくとも、「ちょっと上流の家庭」程度では気軽に使えない価格だろう。それを、当たり前のように自分に使わせる感覚が、すごいと思う。
……そんなことを考えていたからか。
「……え、えーと」
お茶を注ごうとした持ち運び用ポットには、湯が入っていた。いくら熱したお湯でも、冷たい器に入れれば、お茶の温度が下がってしまう。それを防ぐために湯を入れていたのを、すっかり失念していた。
慌てて手にしていたポットを下ろし、大きな持ち運び用のポットを流し台に持っていく。綺麗にお湯を流し終わってから、大急ぎでユリシアの待つテーブルに戻る。
改めてお茶を入れたポットを手に取り、中のお茶を注ぐと……今度は、茶葉も一緒に流れ込んでいった。
「……」
「……セキトさん」
「……はい」
「もう少し、落ち着いて行動しましょうね」
「……ですね」
我ながら、ぐだぐだすぎて情けない。どうしたものかと考えあぐねている間に、ユリシアが手早く、茶こしを通して元のポットにお茶を戻した。空になった持ち運び用ポットをお湯で軽く洗い、再度お茶を移す。
「おおー……」
その手際の良さに、思わず声を上げる。
「少し冷めてしまいましたが、これぐらいなら大丈夫でしょう。ただ、多少渋くなってしまいましたので、飲むときにはお砂糖か蜂蜜を入れると良いでしょうね」
「はい」
「あと、ご存知かと思いますが、これはセキトさん用ですから。お嬢様にはお出ししないでくださいね」
「あ、もちろんです」
ユリシアの言葉に素直に頷いてから、セキトは勢いよく顔を上げた。
「……て、これ僕の分ですか!?」
「ええ、その予定でしたが……何か問題ございましたか?」
「えーと……いや、無いです」
逆に不思議そうに問い返されて、セキトは曖昧に否定した。
セキトの立場は、あくまで使用人だ。今までなんとなく一緒のテーブルについていたが、あれはあくまで「ついで」だから許されているのだと思っていた。なのに、わざわざ練習の成果とはいえ、自分専用の茶を飲ませてくれるのだという。
茶葉とて、無料ではない。湯を沸かすにも、多少の金はかかる。そのあたりきっちりしていた隊商での生活とは、えらい違いだと思う。
「では、セキトさん。今日もお嬢様のお手伝い、お願いいたしますね」
「はい!」
茶の詰まったポットを受け取り、セキトは元気よく返事をした。
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