婚約破棄はまだですか?「破棄を前提に婚約してくれ」そう告げてきた騎士団長様の愛が、なぜかどんどん重くなっていく。

藤 ゆみ子

文字の大きさ
8 / 33

第8話 国のための結婚

しおりを挟む

 音楽に合わせてステップを踏む。
 真っ直ぐに見つめるそのブルーの瞳には、同じ色のドレスを纏った私が映っている。

「ダンス、上手だな」
「学園の授業でしか踊ったことがなく心配だったので、こっそり練習してきました」
「わざわざ練習してくれたのか?」
「はい。クラージュ様に恥をかかせるわけにはいきませんから。でも、ずっと一人で練習していたので、こうやって手を取り合って踊るとまた少し違いますね。とても楽しいです」
「そうか、それは良かった」

 口元を緩めるクラージュ様。
 少し早くなったテンポに、鮮やかなブルーのドレスの裾がふわりと靡く。
 クラージュ様のリードが良いからなのか、練習の時よりも上手く踊れている気がする。

 すごく楽しい。この時間がいつまで続けばいいのに、なんて思ってしまう。

 一曲目が終わり、自然と手が離れる。
 名残惜しさを感じながら、少し乱れた呼吸を整えた。
 
 二曲目が始まる前、国王陛下から大事な話があるとのことで、会場にいる全員が壇上へと注目する。

 国王が立ち上がり、そしてマリアンヌ様も立ち上がった。

「この度、第一王女マリアンヌが、長年敵対していた隣国の王太子のもとへ和平の証として嫁ぐことが決まった」

「えっ……」

 参加者たちもみんな、驚いていた。それぞれの思いを口にする。

「やっと、和平交渉が上手くいったのか」
「敵国の王子に嫁ぐなんてマリアンヌ様がかわいそう」

 周りは口々に呟いているが、クラージュ様はただじっとマリアンヌ様を見ていた。
 ああ、そうだ。あの時の言葉はそういうことだったんだ。

『お前は立派だ』
『もちろん。この国の第一王女ですから』

 二人の会話が頭の中で繰り返される。
 クラージュ様は、マリアンヌ様が国のために嫁いでいくことを知っていたんだ。
 
 いったい、どんな気持ちでいるのだろうか。
 好きな人が、国のために、それを義務として嫁ぐ。
 いくら想っていても、どうにもならないこともある。
 
 それをわかっていて、好きな人と結婚したいだなんて私のわがままのために仮の婚約をしてくれたんだ。

 その時、国王陛下が、マリアンヌ様のはなむけとして、今夜は誰でも王女と踊っていいと宣言した。
 音楽が鳴りはじめ、貴族の男性たちが代わる代わる順番に王女と踊っている。
 
 その様子を、クラージュ様はじっと見つめていた。

「マリアンヌ様と踊らなくてよいのですか?」
「ああ。俺はいいんだ」
「ですが明日、出立するとおっしゃってましたし、嫁いでいけばめったに会うことも、ましてや踊ることなんてもう出来なくなります」
「それはそうだが」
「クラージュ様、これはマリアンヌ様へのはなむけです。踊ってきてください」

 私はクラージュ様の背中をそっと押す。
 少し戸惑った表情をしたが、ゆっくりと頷き、マリアンヌ様の元へと向かった。
 私にできることはこんなことしかない。

 手を差し出されたマリアンヌ様は驚いてたが、すぐに顔を綻ばせ、クラージュ様の手を取り踊りはじめた。

 さらさらのブロンドの髪と純白のドレスを靡かせるマリアンヌ様と、背が高く逞しい身体に、普段とは違う正装姿のクラージュ様。
 こうして見ると本当にお似合いだ。

 オルソン伯爵の言う通り、結婚は家同士の結びつきが大きく関係している。
 それが国同士であればなおさらその重要性は大きいものになる。

 きっと、クラージュ様は想いに蓋をしたままマリアンヌ様を見送るだろう。
 せめて、このひと時の間だけでも幸せを感じてもらいたい。

「アネシスちゃん」

 二人のダンスをじっと見ているとふいに名前を呼ばれた。
 振り返ると、騎士団の制服を着たキース様がいる。

「お疲れ様です。キース様はお仕事だったのですね」
「うん。自分で勤務に就きたいって志願したんだ。クラージュも志願してたけどすぐ国王から却下されてたね。まあヴァルディ公爵家の跡取りなんだから出席するのが当たり前だよね」
「だから、今日のためのパートナーを探していたのですね」
「んー。そういうわけではないと思うけどね」

 あれ? 違った?
 クラージュ様から、キース様だけは事情を知っていると聞いていたけど、仮の婚約の理由までは知らないのだろうか。

 私たちはそのまま並んで、クラージュ様とマリアンヌ様のダンスを眺める。

「マリアンヌ様、本当にお綺麗ですね。クラージュ様がお慕いするのもわかります」
「お慕い? クラージュが王女を好きってこと? それはクラージュから聞いたの?」
「いえ。直接聞いたわけではありませんが、クラージュ様を見ているとそうなのかなと」
「ははっ、そうなんだ。それ、クラージュに直接聞いてみるといいよ」
「ええ! 聞けるわけありませんよ」
「そうかな。ははっ、まあいいけど」

 なぜかキース様はずっと笑っていたが、そんなこと絶対に聞けないと思った。
 私は手を取り合い踊る二人を見ながら、それぞれどうか幸せな未来がありますように、と願うばかりだった。

 ◇ ◇ ◇

 無事に舞踏会が終わり、私は馬車で家まで送ってもらっていた。
 クラージュ様はずっと黙っていたが、おもむろに口を開く。

「キースと、何を話していたんだ?」
「え? キース様?」
「何やら楽しそうに会話しているように見えたが」
 
 話していたことろを見ていたとは思っていなかった。
 キース様はあの後すぐに、仕事に戻っていった。
 クラージュ様が踊り終え私のところに戻ってきた時にはもういなかったので、踊りながら私たちを見ていたということだろうか。

 確かにキース様はなぜか楽しそうに笑っていたが、クラージュ様がマリアンヌ様を慕っている話です、なんで到底言えない。

「えっと……、他愛のない話ですよ」
「他愛のない、話……か」

 クラージュ様はそれ以上何も聞いてこなかったが、口をつぐんだまま少し拗ねたような表情になる。
 そんなに、キース様との会話が気になるのだろうか。
 私もそれ以上何も言わなかったが、拗ねた表情のままこちらをちらちらと見るクラージュ様はなんだか可愛かった。
 
 家に到着し、クラージュ様に手を引かれながら馬車を降りる。

「アネシス」
「はい」
「マリアンヌが明日、出立の見送りにぜひアネシスに来て欲しいそうなんだが、どうだろう」
「私が、行ってもよろしいのですか?」
「もちろんだ。それに、マリアンヌがどうしてもと」
「マリアンヌ様の大切な門出に立ち会えるなんて光栄です。ぜひ行かせていただきます」
「よかった。それではまた明日迎えに来る。今日はありがとう」
「こちらこそありがとうございました」

 今日はいろいろあったけれど、私はちゃんとクラージュ様のお役に立てただろうか。
 舞踏会のパートナーという役目は果たせたかもしれないけれど、やるせない気持ちだけは残ったままだった。
 
 でも、楽しかったな。ダンスの練習しておいて良かった。
 こんなに綺麗に着飾ることももうないだろう。
 今日の舞踏会は私にとって特別で、忘れられない出来事になった。
 
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、すれ違いの末に離れ離れになった夫婦の物語。 再会したとき、二人が選ぶのは「離婚」か、それとも「再構築」か。 妻を一途に想い続ける夫と、 その想いを一ミリも知らない妻。 ――攻防戦の幕が、いま上がる。

【番外編も完結】で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?

Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。 簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。 一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。 ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。 そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。 オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。 オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。 「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」 「はい?」 ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。 *--*--* 覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾ ★2/17 番外編を投稿することになりました。→完結しました! ★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓ このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。 第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」 第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」 第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」 どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ もしよかったら宜しくお願いしますね!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※ベリーズカフェにも投稿しております。

【完結】『推しの騎士団長様が婚約破棄されたそうなので、私が拾ってみた。』

ぽんぽこ@3/28新作発売!!
恋愛
【完結まで執筆済み】筋肉が語る男、冷徹と噂される騎士団長レオン・バルクハルト。 ――そんな彼が、ある日突然、婚約破棄されたという噂が城下に広まった。 「……えっ、それってめっちゃ美味しい展開じゃない!?」 破天荒で豪快な令嬢、ミレイア・グランシェリは思った。 重度の“筋肉フェチ”で料理上手、○○なのに自由すぎる彼女が取った行動は──まさかの自ら押しかけ!? 騎士団で巻き起こる爆笑と騒動、そして、不器用なふたりの距離は少しずつ近づいていく。 これは、筋肉を愛し、胃袋を掴み、心まで溶かす姉御ヒロインが、 推しの騎士団長を全力で幸せにするまでの、ときめきと笑いと“ざまぁ”の物語。

処理中です...