少年が気持ちよくなる方法

三木

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 外は暑くも寒くもなく、心地いい風が吹いていた。
 リョウが来て三日目にして、初めて二人で外出をしたわけだが、裕司は空の広いのを見て、もっと早く連れ出してやればよかったな、と思った。
 犬の散歩じゃあるまいし、と思う自分もいたが、同時に、自分が連れ出さなければリョウはどこにも行けなかったのではないかという気もした。
 出がけにリョウの靴がひどく汚れていることに気付いて、靴も買った方がいいな、と言うと、リョウは何か言い訳をしかけて、結局やめた。何を言おうとしていたのか気になったけれど、逸らされた目を見て触れるのはよした。
 自然光の下で見ると、リョウの髪も、肌も、瞳も、どこか印象が違った。すれ違う人々に比べると、顔色はどこか青白いような気がして心配になったし、一方で黒い瞳は光を含んでいっそう輝いて見えた。
 朝食の遅かったリョウがまだ腹は減っていないと言うので、駅前まで歩いて服を探すことにした。
「お前、どういうのが好きなんだ?」
「別にそんな……こだわりはないよ」
「こだわらなくても、好き嫌いはあるだろ。好きなの選べよ」
 俺の財布が持つ範囲でな、と笑うと、リョウは興味のなさそうな顔で、そんな高いのいらないよ、と言った。
 裕司もさほど服にこだわる質ではなかったし、流行にも疎かったが、自分の服ではなくリョウの着るものだと思うと、店先を見るのも楽しかった。
 身長はほとんど変わらないくせに、こうして並んで歩いていると、リョウの手足や首のすらりと長いのがよくわかった。今どきのやつはどうしてこうスタイルがいいのかと思ったが、それを言うと自分がいかにもオッサンじみるような気がして黙っていた。
「……モノトーンだなぁ」
 リョウの手に取る服が白と黒ばかりなのに気付いて、裕司は呟いた。
「明るい色好きじゃないのか?」
「好きじゃないっていうか……」
 リョウは口ごもり、少しうなだれて言った。
「あんまりはっきりしない色着ると、似合わないから……」
「……へえ」
「……中学の制服のシャツがなんかぼんやりした色で、似合わないってよく言われたし」
 そうか、と呟きながら、こいつも中学生だったんだなぁと、当たり前のことを裕司は思う。同級生とどんな話をしていたんだろう、と、そんなことが気になった。
「じゃあ、似合う色で言ったら、原色とか、派手な感じになっちまうのか」
 そう、とリョウは頷いた。裕司がためしに近くにあった真っ赤なTシャツを取って当ててみると、似合うは似合ったが本人が気恥ずかしそうな顔をしていたので棚に戻した。
 その後もしばらくどっちが似合うだのかっこいいのと言い合って、シャツやパンツを数点選んで会計を済ませた。
「あ、パジャマもねえか。どうする?」
 考えてみれば、リョウは本当に生活に必要なものを何も持っていなかった。裕司の問いかけに、リョウは戸惑いがちに、いいよ、と言った。
「いやよくねぇだろ。無いんだから」
「そうじゃなくて……」
「ん?」
「…………あんたが嫌じゃないなら、あんたの貸してよ」
 裕司はぱちぱちと瞬き、リョウの真意がわからないながらも言った。
「俺は全然構わんが……必要になったら言えよ?」
 リョウは頷く。その態度が素直な様子だったので、いったんはそれでよしとした。
「じゃあ、靴買って、飯かな」
「……うん」
 リョウの表情を見て、裕司は微笑む。おそらくは、遠慮をするなと言った言葉を守ってくれているのだろうと思った。
 リョウが人から何かを与えられ慣れていないのは察していたし、会話をしていても物欲はあまりないように感じられた。そしてその割に、食事はよく食べるのが面白かった。
 ──色気より食い気か。
 人は見た目によらないという気がして、何だかおかしかった。裕司の目にはリョウは今どきの若者らしい顔立ちと雰囲気をまとっているように見えたが、若者らしい趣味や遊びを好む気配は見えてこない。
 靴選びもリョウはあまり積極的ではなかったが、とりあえずは動きやすいものがいいだろうという意見は一致して、スポーツメーカーのシンプルなデザインのものを一足買った。
 さすがに腹も減ったろう、と思って、裕司は店を出ながら、何が食べたいか訊いてみた。
 リョウはたっぷり考えた後、遠慮がちに、
「……ハンバーガー食べたい」
と言ってきたので、裕司はこらえきれずに笑ってしまった。

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