少年が気持ちよくなる方法

三木

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 紙袋を提げて帰路につき、橋に差し掛かると、強い西日を遮るものがなくなって裕司は目をすがめた。
 光から目を背けると、橙に染まるリョウの背中があった。
「……なんか、こういうの楽しいなぁ」
 裕司が言うと、リョウは振り向いた。
「お前がうちで、好きに暮らせればそれでいいって思ってたけど、二人でどっか出掛けたりするのもいいかもな。お前が嫌じゃなかったらだけど」
 リョウはしばらく裕司の顔を見て、静かな声で、いやじゃないよ、と言った。
「俺も……あんたと出掛けるのは楽しいかも」
「へえ。どっか行きたいところあるか?」
 リョウは考える顔をして、首を傾けた。
「……あんまり思いつかないけど、金かかんないとこがいいな。気ぃ遣うし」
 ははは、と裕司は声を上げて笑った。
「安上がりだなぁ、お前」
 そう言うと、リョウははにかむような顔をした。嫌ではないらしいと思って、裕司はほっとする。
 リョウに何を言うのも、何をするのも、正直まだ手探りだった。そうかといって腫れ物に触るような扱いをするのは、それはそれで違う気がした。
 彼はまだ子どもだけれど、限りなく大人に近かった。一個の人間として向き合いたかったし、できる限り嘘をつきたくなかった。
「じゃ、節約のためにもスーパー寄って帰るかぁ。お前食えないものないんだっけ?」
「絶対無理ってのはないけど……」
「けど?」
「すごく甘いのと苦いのは好きじゃない……」
 ぼそぼそとそう言って、リョウは気まずそうな顔をした。
 食べ物の好き嫌いをわがままだと感じたのか、それとも初日のコーヒーを思い出したのか。どちらだとしても可愛いものだと思ったが、つつくのはやめておいた。
「すごく甘いって、たとえば?」
「なんか砂糖の味しかしないみたいなのあるじゃん……カカオっぽさのないチョコとか」
「あー、なんとなくわかる」
 裕司は笑って言った。どうでもいいような会話をリョウとしているということが楽しかったし、彼はひどく甘いチョコレートをさぞ嫌そうな顔をして食べるのだろうなと想像できてしまっておかしかった。
「お前、料理はできるんだっけ」
「大したものできないけど。まあ、自分が食べる分くらいは」
「ふうん」
 最近は男子も家庭科があるしそんなものか、と思いつつ、一方で裕司はいらぬ憶測をしそうになる。
 彼の家庭環境に踏み込むのはまだ早いように思われたし、それは絶対に軽率であってはならないものだった。
「じゃあ、なおさら余分に買っとくか。俺も仕事で出たりするし。うちの台所勝手に使っていいからな」
 うん、と返事はずいぶんと素直なそれだった。
 自宅最寄りのスーパーで、安いだの高いだの、好きだの嫌いだのと言いながら買い物をするのはやはり楽しかった。些細なことにリョウの価値観が覗くのが興味深かったし、単純に彼の人間らしい好みを知ることができるのは面白かった。
 リョウは人との距離の取り方がひどく不器用なところがあったが、思っていたほど手間のかかる子どもではなかった。
 心の不安定な部分は仕方がないとして、ものの見方や考え方は、決して幼稚なそれではない。
 ただ、リョウの幼い部分は、たぶん心の底の方に堆積していて、普段は表に出ないだけなのではないかとも思う。だから、何かしらのきっかけで揺さぶられると、澱が舞うように表面化してしまうのではないだろうか。
 勝手にあれこれ推測してすまないな、と思いながら、裕司はリョウの心のことを考えずにはいられない。目には見えないものだから、考えることをやめたら何もわからなくなるような気がした。

「あー、めちゃめちゃ買ったな。ごめんな持たせて、重いだろ」
「いいよ、ほとんど俺のだし……」
 声に愛想はなかったが、リョウの表情に不満は見られなかった。
 話しかけたとき、問いかけたときに、リョウの返事が返ってくるまでの時間が短くなっている。それに、会話が続きやすくなっていることが、裕司には嬉しく思われた。
 けれど、その気持ちを伝えるべきかどうかがわからなかった。
 だからただ、またどうでもいいようなことを話しながら、裕司は自宅に向けて歩き出した。

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