少年が気持ちよくなる方法

三木

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「海! 海海! ねえ!」
 そう言ってバシバシと叩かれて、裕司は思わず、痛えよ、と声を上げた。
 良はちっとも悪いと思っていなさそうな声でごめんと言って、車両の反対側の窓を指さした。
 明るい日射しにきらきらと光る鱗のような波が見え、その水面ははるか水平線に続いていた。
「おー、海だなぁ」
 裕司が呟くのも聞こえていないような様子で、良は椅子から身を乗り出さんばかりだった。本当ならきっと窓に張り付いて見たいのだろうが、あいにくと反対側の席は埋まっていた。
「デッキ出るか」
 裕司が言って立ち上がると、良は目を瞬かせながら見上げてきた。
「ほら、財布はちゃんと持っとけよ」
 そう言って良を促して、デッキ部分に出ると、扉の向こうに水面が輝いていた。
「わぁ……」
 良はあまりにも素直に声を漏らして、窓ガラスに両手を付ける。南国のように青く澄んでいるわけでもない、海岸近くに行けばどこででも見られるようなそれに見入る良を眺めて、裕司は微笑んだ。
「海水浴には行ったことあるのか?」
「子どもの頃行ったよ。でも、海とか見るのすごい久しぶり……」
 時折木々や建物で隠れて見えなくなる遠い水面を、良は眩しげに見つめていた。
「テレビとかで観たことあるだろうけど、南国のスゲー透明度の高い綺麗な海、あれ生で見ると感動するぞ。水があるとは思えないくらい澄んでてな」
「行ったことあるの?」
「社員旅行で一度だけな」
「いいな……そんなの見てみたい……」
「行ったらいいじゃねえか」
 裕司が言うと、良は目を丸くして見返してきた。
「お前これから何十年人生あると思ってんだよ。沖縄でも海外でも行ったらいい」
 良は唖然としたように裕司を見つめて、ひどく頼りない声で言った。
「行けると思う……? 俺……」
「むしろ何で行けないんだよ。何なら俺が連れて行ってやろうか?」
 裕司の言葉に良は黒い瞳を揺らがせ、窓の外の遠い海を眺めて、呟いた。
「……温泉でも夢みたいなのに、そんなの想像できないな」

 特急列車の旅だけで満腹になったような顔でホームに降りた良を引っ張り、さらにローカル線に乗り換えた。
 昼を過ぎたばかりの車内はガラガラで、それなのに良は裕司の袖を引いてやけに声を潜めて言った。
「こんな短い電車俺初めて見たんだけど……」
 何を言っているのか、と裕司は一瞬怪訝に思い、そして良の言わんとすることを察した。
 乗り込んだ電車は二両編成で、前方も後方も線路を見渡すことができた。
「もっと田舎だと一両だけの電車も走ってるぞ」
「電車って一両で走るの!?」
 良は声を上げてから、我に返ったように自分の口を押さえた。裕司は耐えきれずに肩を震わせて笑う。
「ろ……路面電車なんか一両が普通だろ……」
 笑いながら言う裕司に、良は顔を赤らめて唇を尖らせた。
「路面電車なんか乗ったことないし」
「そうか……そりゃ仕方ねえよな」
「ねえ、いつまで笑ってんの」
 すまん、と言いながら、裕司はなかなか平静を取り戻せなかった。
 良は照れ隠しに怒ったような顔をしながら、目はそわそわと外の風景と車内とを行ったり来たりしていた。
「……あんたの地元もこんな感じなの」
 横目にそう訊いてきた良の頭越しの風景は、遠景は山でその手前に住宅が寄り集まり、周囲には畑が広がっていた。
「いやあ、俺の地元はもっと田舎だよ。電車なんか通ってねえしな」
「……じゃあバス?」
「バスは一応あるけど、普段の移動は車か自転車だなぁ。バス通学のやつは多かったけど」
 良がよくわからないという顔をしているのを見て、裕司は笑った。
「通学の時間帯はそれなりに本数があったけど、昼間とか夜だと2、3時間に1本とかだからなバスは。自転車の方がマシだろ」
 良は目がこぼれるんじゃないかと思うほど丸い目をして裕司を見た。それがほぼ予想通りの反応だったので、裕司は楽しくなってしまう。
「今は少しはマシになってんのかなぁ。過疎化で悪化してるかもな」
 良は声も出さずに裕司を凝視していた。知らない世界の人間だとでも思われているのかもしれなかった。
「いやぁ、いっぺんお前連れて帰ってみてえな。道端で死んでる狸見たら気絶しそうだもんなお前」
 やめてよ、と手の甲を叩かれて、それなりに痛かったが裕司はやはり笑い続けていた。
 
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