それは醜いアヒルの子だった

ぱっつんぱつお

文字の大きさ
1 / 13

満月の夜

しおりを挟む

 私はとても臭くてとても汚い。

「う"……」
「ん"ん"、ごほんっ……。では、これを」

 だから御役所の人も鼻を曲げる。
 とある田舎町のそのまた外れに住むひとりの幼い少女。
 その幼い少女は、大きな町にある役所にて低所得者層の為に配られる食料を毎日貰っていた。

 田舎の外れの家から、御役所のある大きな町まで歩いて行くには片道二時間は掛かる。
 帰りは荷物もあり行きより時間が掛かる。そうまでしないと生きてはいけない。

 実際にはその幼い少女の年齢は14歳になろうとしていた。
 しかし、栄養が十分に行き届いていないせいで、見た目は9歳程だ。
 産まれる前から貧しく、洗うも直されもしていない服はもう服とは呼べないほどの布切れ。
 少女を産んで死んだ母。病気で起き上がれもしない父。父親は当然働けもしない。
 畑をする土地もない。そもそも土地があったとしても此処は土壌が悪く何も育たない。周りの家々も同じく貧しく、自分達を生かすのに必死だった。


 少女の名は〈エラ〉といった。
 その名をわざわざ呼ぶものは居ない。呼ぶ必要もない。
 エラは配られた食料を見て思う。
 今日は何時もより少ないな、と。

 父は病気を患っているから栄養を摂らねばならない。医者に看せる金は無いのでどんな病気かは分からないが、己の分まで食べさせればいつか良くなるのではないか。
 そんな願いを込めて、限界まで腹を空かせて父を看病する。

 この配給が本当に本当に少なかった日に、エラはそのまま倒れてしまったことがある。
 這つくばりながら草むらまで行き、蟻や何か分からない幼虫を食べ、なんとか起き上がった。
 本当はもう少しだけ配給が多ければ助かるのだが。
 いや、戴けるだけ有難いのか。
 この御国の王族様が民の事をきちんと考えてくれてる証拠だから。
 己には到底関わりのない人達。


 毎日、生きることで必死だった。
 死ぬ覚悟はいつだってあるし、死んだ方が寧ろ楽だとも分かっている。
 でも何故、死なないのか。
 それは自身でも分からない。
 周りに住む人々も、何故自ら命を絶たないのか。死んだ方がよっぽど楽なのに。

 「死んだ方が楽」 「では何故生まれたのか」

 子を産めば生活がもっと苦しくなるのに、父と母は己を産んだ。
 何故だろう。
 結局いつもその疑問にぶつかり、「生まれたなら生きるしかない」と、茨の道を選択する。
 御役所の人の噂で聞くと、破産した貴族は生きていけなくなり家族共々自ら命を絶つと言う。
 ──こんな私たちでも生きているのに?
 不思議に思うが、低所得者層が知らないルールでもあるのかも。そう思うと、いくらお金を持っていたって貴族も大変なのだなぁと感じる。

(あぁもう。そんな事をうかうか考えている暇はないのだった)

 頭の中の会話を掻き消して、月に一度訪れる準備を始める。
 今日は満月。沼地が綺麗な泉に変わる日。
 あれは三年前のことだったか。
 それは偶然で突然だった。家の裏手にある沼地が、月が満ちる日だけ、綺麗な泉に変わることを知ったのは。

 その日は夜だというのにやけに外が眩しくて、目も冴えて、割れたまま直せていない窓から夜空を眺めていた。
 月の光が差し込んで、「あぁ今日は満月か」と納得するも、それでもやけに眩しい。

 今日もよく動いて疲れているし明日もまた同じく疲れるだろう。
 それでも、何故こんなにも眩しいのか。知りたいという衝動に突き動かされ、重く、けれど脂肪なんて無い身体を起こし、ドアを開け、外に出た。

 辺り一面──、綺羅綺羅していた。
 水面みなもが風で揺れる度、月の光が無数のランプのような輝きを放っている。
 沼地は、反射なんてしない。
 こんな美しい満月を反射なんてしない。
 さらさら、清らかな水。
 少し、温かいような。

 手を、脚を、全身を。吸い込まれるように泉へ入った。
 水浴びをしたのは何時振りか。
 しかしおかしい。
 水浴びをしただけでこんなに綺麗になるだろうか。長年蓄積された汚れが瞬く間に落ちていく。汚れて指さえも通らない髪は滑らかな絹糸のよう。
 己の髪が金色だなんて知らなかった。

 父にも水浴びをさせてあげたいけれど……、起き上がることさえ自分で出来ない。
 せめて、身体を拭いてあげれるように、この泉の水を、瓶にでも溜めておこう。そうすれば飲み水にも出来る。

 はてさて一体どうして沼地が泉に変わったのか。とても不思議で理解も出来ない。
 もしかしたら己の頭がおかしくなって、本当は沼地のままなのではと、そうも思ったけれど。
 これが夢でも幻でも、もうどちらでも良い。
 どちらにしろ己ではどうにも出来ない事なのだから。
 ただ、目の前の事を受け入れるだけ。

 今は、この泉に包まれているのが、心地良い──。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

従者に恋するお嬢様

よしゆき
恋愛
 従者を好きなお嬢様が家出をしようとして従者に捕まり閉じ込められる。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

お飾りの妃をやめたら、文官様の溺愛が始まりました 【完結】

日下奈緒
恋愛
後宮に入り、妃となって二年。 それなのに一度も皇帝に抱かれぬまま、沈翠蘭は“お飾りの妃”としてひっそりと日々を過ごしていた。 ある日、文部大臣の周景文が現れ、こう告げる。 「このままでは、あなたは後宮から追い出される」 実家に帰れば、出世を望む幼い弟たちに顔向けできない――。 迷いの中で手を差し伸べた彼にすがるように身を預けた翠蘭。 けれど、彼には誰も知らない秘密があった。 冷たい後宮から始まる、甘くて熱い溺愛の物語。

処理中です...