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「前夜祭」+関係性の小話
しおりを挟む今日はようやっとの結婚式……ではなくその前夜祭。
この国の貴族は贅沢思考だから前夜祭と後夜祭がある。
(まぁそれを実際に開けるのも金持ちだけなんだけど)
残念ながらマクロン侯爵家は貴族の中でも金持ちだ。なので前夜祭も結婚式も後夜祭もしなければならない。しなければ、ならない。
地域の付き合いより大変な貴族の付き合いは、いま最も私の頭を悩ませる問題だ。
名前も顔も覚えられない。これでもいっときは教師を目指していたけれど、さすがに会ったこともない人を直ぐに覚えられるほど優秀ではない。
私が招く友人はもちろん平民であるため、出来るだけ気楽にお喋りできるようにとウォルターが気を利かせ結婚式を含めた三日間はガーデンパーティーにしてくれた。
無駄に広い侯爵家の庭で三日間もパーティーをするのだ。非常に無駄である。
私が纏うドレスも、パーティーのセッティングや料理のメニューも全てウォルターのプロデュース。
素直に、凄いなと感心する。卑下するつもりもないけれど、私には到底出来そうもない。
本来ならば侯爵夫人の私がしなければならない仕事だと貴族の勉強で習った。
どうにかして私の粗を探したいご令嬢方は、「候爵夫人として、ましてや貴族女性としての仕事もしていないじゃないの」と陰口でも叩くのだろう。
ウォルター曰く、“パートナーにそういうものを求めているのならミアと結婚しないし、今後もそういうものは求めていない”という。こっちだってそんなもの求められても困るだけだ。
(努力はするけどさ)
「カレーン! アリアちゃーん! ジョージも、皆わざわざありがとう!」
「んなぁーに言ってんのよミア! 滅多にこんな場所入れないんだから来るに決まってんじゃないの!」
「なんてカレンちゃんは言ってるけどさっきまですっごい感傷に浸ってたんだからぁ」
「“あのミアがついにウェディングドレスかぁ……”って、な?」
「っちょ! 言わないでよっ!」
「あはは、本番は明日だけどね」
私が招く人は本当に心から祝福してくれるのだけれど、身分制度が目に見えて痛い。
貴族女性は上品にお食事してつまらなそうな会話をし、貴族男性は新たなビジネスチャンスを掴もうと難しい話に勤しんでいる。
ウォルターは差別や偏見を無くしたいみたいだけど、先はまだまだ長そうだ。
私達を見る目がとても痛いのだから。
「なんか感じ悪ぅ~」
「私はなんだかもう慣れてきちゃったわよ」
「ミアは元々気にしない性格でしょっ」
──「そうそう。昔からね」
よお、と片手を上げ調子良く会話に入ってきたのは、初めてのパーティーで給仕係をしていたステファンだった。
最近はウォルターに私の過去を根掘り葉掘り聞かれているらしい。随分怖い人に好かれたねと先日別のパーティーで言われたが、本当に一歩間違えば犯罪者だ。
(いや既に犯罪者……?)
見てよあのウォルターの外面を。気持ち悪いったらありゃしない。
ホストであるウォルターは主に貴族側の相手をし、私は普通に友人との会話を楽しんでいた。そんなパーティーが始まってから約二時間が経った頃──。
酒が全身に回るとようやく身分の壁を乗り越え混じり合う。
それでもやはり立場を馬鹿にするのだ。先のパーティーの件もあり、明ら様ではないが、決して気分が良いものでもない。
今現在も私が酒を取りに行った隙に若い貴族男性二人がカレンとアリアに絡んでいるではないか。
(ジョージとステファンもどっか行っちゃってるし。あぁ~~あの子たち名前何だったかなぁ……。年齢は16歳……や、お酒を飲んでるところをみると17歳にはなってるのか。二人とも確か伯爵家の子だったような……)
そんなことを考えながら、私の友人に失礼なことを言っていないか聞き耳を立てているのだが、どうやらこの貴族男性二人はナンパをしているらしい。
よりによってカレンとアリアにナンパとは。この子達は大丈夫だろうか。相手方の心配をしていれば、席でデザートを食べていた友二人の瞳がニヤリと哂った。
「レディ、今度僕たちと食事でもどお?」
「君たちが食べたことないぐらい美味しいもの奢ってあげるよ」
「へえー? 食べたことないぐらい美味しいものねえ?」
「いいけどぉ。食事した後はぁ? 何するのぉ?」
「平民じゃあ入れない素敵なお店で洋服を買ってあげよう」
平民の女を手駒にして優越感にでも浸りたいのだろうか。
考えが見え透いて幼稚だ。恐らく色んな意味でも幼稚だろう。私も貴族について習ったときは笑いが止まらなかったのを覚えている。そしてこの男達は相手を間違えた。
「それから?」
「え、っと人気のお店でスイーツでも。僕は顔が利くからVIPルームで楽しめるよ」
「ふぅーん? それで? その後は?」
「そ、その後……?」
「花を買って、帰りの馬車の中で甘い匂いに身も心も包まれるのはどう……?」
「んーー……その後は?」
「へ……?」
「そ・の・あ・と」
「分かるでしょ?」
「っ……!?」
カレンはきゅっと胸を寄せて男性の太ももに指を滑らせ、アリアはデザートスプーンのくびれを厭らしく舐めている。
あざとくて非常に感心する。さすが私の友人。
「さすが、ミアの友人だな」
「あらウォルター」
「彼らは17になったばかりだから教育を受けていない」
「でしょうね。あの反応」
由緒正しい家系、大雑把に言うと伯爵から上は、17歳になって初めて性についての教育を受けるんだとか。
何となくは知っているけれど、何となくしか知らないのだ。なんてったって婚約者が出来なければ恋人が居ないのと同じ、いや、婚約者が居ても結婚しなければヤれないからそれはそれはもう初心なのだ。
17歳になると、閨教育とかいう恥ずかしいものを目の前で見せてくれるらしい。そんな仕事があるのにも驚きだったが、ウォルターもそうした教育を受けたらしく、初めて知ったときは大爆笑してしまった。
つまるところウォルターが童貞を捧げた相手は私だった。
「ねぇーえ? 僕たちそういう経験したこと無いんでしょお?」
「おねーさん達が教えてあげよっか?」
「えっ、あっ……そのっ……」
「ッ……!」
狼狽える初心な貴族男性二人に、弄ぶ手練の平民女性二人。
からかうのは止めなさい、と直ぐに止めに入ったのは言うまでもなかった。
「あ”ーー、アリア。一回抜いて……」
「んもー、しょおがないなぁー。人が居ないとこ行きましょおねー」
「ジョージったら、あんた相変わらずね……何でアリアちゃんも嬉しそうにしてるのか意味分かんないわ……」
「っ、ジョージと、ミアは……恋人……だったんだよな……?」
「そうだけど? でももう別れてるし。今はアリアちゃんの恋人よ?」
「でもっ、身体の関係があったわけで、もう一度互いに求めたりとか……!」
「やだぁー! ウォルターさんってば心配性ーっ! アリアそんな子とは友達にならなぁーい!」
「あはは、確かに。それに、アリアちゃんを味わった人が私の元に戻って来るはずないわよ。脳筋は特にねー」
「コラ! 脳筋は言い過ぎだぞ!」
「あら、そう?」
「ウォルターさんもアリアとどお??」
「俺はミアにしか反応しないから」
「きゃーっ、さっすがミアちゃんの旦那様! クセしかなぁーい!」
「クセしか無いのよね……ほんと……」
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